「あなたが〈百目〉さんですか?」
懐疑を滲ませ、レインは口を開いた。
「さっき返事をしただろう。」
目の前の男は、へらりと笑った。 美女が出て行ったあと、ランとレインは備え付けの二脚の椅子に腰掛け、男はベッドに腰掛けている。
窓を背にしている男の髪は、白金色で、昼の強烈な太陽光のせいで本当なら輝いて見えるはずだが、レインの目にはくすんで見えた。 顔は端正とも取れるが、へらへらとしている口元のせいで軽薄な印象は拭えない。 年齢はレインの年齢と近く感じられ、20代前半のように見える。 レインは若すぎることと、軽薄な容貌に落胆した。 ランの想像力の賜物の話しを聞きすぎて、我知らずレインも〈百目〉が立派な人物だと思い込んでしまったようだ。 目の前にいる男のことをどうしても信用しきれず、口が勝手に開いてしまった。 レインの横に腰掛けているランは、いまだに自分の空想から立ち直れず固まっている。 想像を否定されたことと、さっきのベッドシーンはランには衝撃的過ぎた。 実際は、ベッドに胡坐をかいている男の膝に、美女が身体をあずけ、男と戯れていただけなのだが、男女のことなど知らないランにとっては、それこそ雷が落ちてきたような衝撃だった。
可哀想に。 レインはいまだに隣で呆然といしているランを憐れに思ったが、ランには何もいわずに男に視線を合わせる。
「では、〈百目〉さんなんですね。 私はレイン。そしてこっちはランです。」
レインはもう一度、自分のために確認を取り、ついで自分の名と隣で固まっているランの名を言った。その際に、レインは密かに一つ息をつき、気合を入れなおした。
「何のようだい?」
軽く、そしてやや怠惰にも見える様子で〈百目〉がレインに笑いかけた。 その顔は一見、はじめの印象通り軽薄に見えるが、目の奥には老獪な光がちらついていた。
「あなたが、噂どおりの方なら、是非教えていただきたいことがあるのです。」
ごくりと唾を飲み込み、レインは話し始めた。
レインの話は、ごく短く簡潔に語られた。
『神の涙』を求めて旅をしているが、どこにあるのかの検討すらつかずに困り果てている。『神の涙』の場所を知っているようなら教えて欲しい。
といったものだった。 〈百目〉は簡潔に語るレインを見、ついで低い口調で口を開いた。
「俺のことは誰から聞いた?」
「ここから南に広がるタキ砂漠で、旅の男からだが……」
レインは〈百目〉の口調に眉根を寄せて、注意深く〈百目〉を見た。 だが、〈百目〉はそんなレインの様子を全く意に関していない調子で、
「あのジャガルめ。」
とふて腐れたようにつぶやいただけだった。
ジャガルとは。 とレインは〈百目〉の口から飛び出した単語を頭の中から探した。 ジャガルは、砂漠の民が崇める神、〈シャン〉に仕えるとされる巨鳥のことだ。 〈シャン〉を助け、空中から〈シャン〉の意志を砂漠の民に伝え、砂漠の民は〈シャン〉へ意志を伝えることで神に仕えるとか何とか…… レインは、なんで目の前の男が、今ジャカルのことを言っているのかわからなかったが、きっと神の使者ともいえる巨鳥にあやかって、その名を名乗るものもいるのだろうと軽く考えるに止めた。 というよりも、止めさせられたといったほうが正しい。 レインが考えを廻らそうとした瞬間、ガタッと勢いよく隣の椅子が後ろに転げたのだ。 その音に慌てて横を向くと、怒りも露にランが立っていた。
「どうしたお嬢ちゃん。」
〈百目〉はさして驚いた様子もなく、ランのことを面白そうに見ている。
「ど、どっどうしたも、何もっっ」
ランは、怒りのためか真っ赤になって言葉につまり、
「なんで、あんたが、〈百目〉なのよ!!」
と。一語一語区切るように、ハッキリと大声で怒鳴った。しかも、ズビシッと行儀悪く〈百目〉を指差しながら。
「〈百目〉様だったら、もっとこう、なんていうか… カッコよくて、ステキじゃなきゃダメなのに! なんで、あんたみたいな奴が〈百目〉様なのよ!! 信じられない!!! なにかの間違いでしょう。そうよね、レイン!」
身振り手振りで、騒ぎ立て、最後にはレインにも懇願交じりに同意を求めてきた。 ランは完全に頭に血が昇ってしまい収集がつかなくなっていた。 肩で息をし、語調厳しく、真っ赤になっているランを見て、〈百目〉はブハァッと堪えていたものを噴き出すと、盛大に笑い出していた。 レインはなんと言ったらいいものかと、一人苦悩してしまった。
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