「どういう人かしら。」
3階に上る階段で、ランは目を輝かせて満面の笑みを見せる。
「まだ、ここにいるかどうかもわからないし、本当に知っているかもわからないだろ う。」
興奮しているランに、レインは冷静に対処する。 砂漠で出会った男を信じたいが、「何でも知っている」なんてことが本当かどうかは別だ。 「何でも」ということは、「全て」知っているということになる。 だが、この広い世界の「全て」を知る人物などいないだろうとレインは思っている。
「そんなことはわかっているわよ。だけど、いてもらわないと困る。 ここがダメだったら……」
満面の笑みだったランは、だんだんと顔を俯けてしまった。声も張りがなくなっていく。 そんなランを見て、レインはハッとした。
「そうだよな!きっとここにいるし、教えてもらえるよな。」
はつらつとした口調でレインが言えば、
「そうよ!ここにいるわ! そして、きっと立派で、端正でカッコよくて、すばらしい人に違いないのよ。」
ランはグッと握り締めた手を頭上に掲げた。 その顔は夢見る少女の輝きに満ちていて、
「そう思うわよね。」
とレインに向けた顔は、悪戯っ子の顔だった。 レインは額に手を当て、やられたと思った。 先ほどのランのしおれたセリフは、レインを慌てさせるためのもので… つまりは、レインはランに遊ばれていたのだった。
―それにしても… 立派で、端正でカッコよくて、すばらしい人っていうのは…
レインはランの顔をさりげなく見て、ランの豊かな想像力に嘆息した。 砂漠の旅人に聞いた話は、ランの中では日々脚色されている。
バメロに到着するまでの旅の間、日に何度も〈百目〉の話を2人はしてきた。 主に話していたのはランなのだが。 砂漠の旅人と別れて、一日、二日と経つうちに、いつの間にか「立派で、端正でカッコよくて、すばらしい人」になり、ランの期待は急上昇だ。 確か、男は〈百目〉の容姿については何も言っていなかったはずなのだが。 「何でも知っている」という言葉と、「占術師ではない」という言葉がランの想像力をたすけているようだった。 曰く、占術師でもないのに何でも知っているような人は、賢者に他ならない。というのがランの言だ。 賢者が立派ですばらしい人物というのはすぐに繋がるのだが。 端正で恰好良いというのは、完全にランの希望に他ならない。 がっかりしないといいけど。
レインはランの興奮し、期待に満ちた顔をもう一度見て、もう一つ溜息をついた。 そして、レインの予想はばっちり当たった。
控えめなノックのあとに部屋に入ったランは、頭が真っ白になった。 ランの隣でレインも固まってしまった。 2人の目の前には、ベッドの上で美女を抱く男が軽薄そうな笑みを浮かべていた。
「またね。」
長い髪をさらりと流し、艶のある美女が、男にしなだれかかっていた身体を、未練がましく離した。 去り際には、ベッドの男に向かっては媚を含んだ目を向け、ランには自分の豊満な肉体を見せつけ、貧弱な肉体のランを小馬鹿にし、出て行った。 レインは挑発的な美女をちらりと見たが、ランはそれどころではなかった。 女の挑発なんぞ目に入っていなかった。 というよりも、何もかもがランの目には入っていなかった。
部屋に入ったときの光景のせいで、ランは完全に凍りついたままで、そこから思考が動いてくれなかったのだ。 今のランは、半ば気を失っていた。
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