「〈百目〉と呼ばれる男がいる。」 その情報を手に入れたのは、西の都バメロから、遥か南に広がるタキ砂漠でのことだっった。 《神の涙》が湧くという泉を探し始めてすでに半年。各地の伝承をあらかた回った挙句に、何も見つからなかった半年であり、ランもレインも落ち込んでいた。 ランは目に見えて気落ちし、レインは一見するとそうは見えないようにしていたが、明らかに疲れきっていた。 そのため、〈百目〉なる人物の情報に、一も二もなく飛びついたのも当然のことだった。 情報をもたらしてくれた男は、赤茶けた髪を揺らして聞き入っているランに気をよくしたのか、それともただおしゃべりだったのか…… 取りあえず、よくしゃべった。眠気を催すほどに。
〈百目〉という男は、よく物を知っているのだという。 〈百目〉にわからないことは無く、世界を知り尽くしているようなのだと。 ランが占術師かと聞くと、男は首を振った。
「〈百目〉はただ知っているんだ。占術師の視れない場所まで彼は知っている。ただ し、〈百目〉は『ただ』では教えてくれない。彼が情報をくれるのは代償を払った 時だけだ。」 焚き火の火に照らされた男の顔が、微妙に暗くなった。 ランはごくっとつばを飲み込んだ。
「それは、高額のお金が必要ってこと?」
口に出した言葉が擦れた。 ランとレインの所持金はすでに底をつきかけている。高額のお金がいるのなら、どこかの街で留まり稼がなければいけなくなる。 そうなれば、どれほどの月日が必要になるというのか。
「そうじゃない。〈百目〉の望む代償のことだよ。」 ランの様子に微笑み、男はこともなげに言った。
「〈百目〉の望む……」 「そう。〈百目〉の望むものを払わなければならない。聞いた話じゃぁ、依頼人の髪 だったり。指輪だったり。秘宝だったり。いろいろらしい。」
男は焚き火に木をくべ、苦笑した。
「ここらあたりのはずだが……」
レインはぼそりとつぶやいた。 「そうだよね。」
ランもまた、レインの声であたりを見回す。 ランとレインは、人の込み合っていない、裏寂れたとおりに出ていた。 旅の間に出会った男は、〈百目〉はこのあたりに目印があると言っていたが… ランとレインは目印を見つけようと、キョロキョロと目を配った。
―〈百目〉はシビの木の植えてある建物にいる。 〈百目〉がいる建物には、シビの木に黄色い布が結んである。 その布が結んである枝を下から数えろ。 その数の階に〈百目〉はいる。―
ランは男の言葉を頭の中で反芻した。その横で、 「もしかして、あれかな?」
レインがぼんやりと言った。 ランがレインを見上げると、レインが一本のシビの木を指差していた。 シビの木は、その白い樹皮に太陽光を受け、淡く輝いていた。 すらりと伸びた幹は案外太いが、それでも女性が腕で抱えることができるぐらいの大きさでしかない。だが、天を突けとばかりに伸びている先は、近くの5階建ての建物よりも高い。 レインの指の先を、太陽光を避けるように手をかざしてランは見た。 そこには確かにシビの木が一軒の建物の前にあり、黄色い布がわずかな風にはためいていた。 シビの木には、下から3番目の枝に黄色い布が結んである。 〈百目〉が目前の建物の3階にいる証拠だ。 ランは、シビの木を見て、その後ろに隠れるようにある建物を見上げた。 さすがというべきか、風と砂の国〈バメロ〉と呼ばれているだけはある。 建物は、日干し煉瓦で造られ、元々は白かったのだろうが、吹き付ける砂のため汚れ、ざらざらとした表面が建物に近づけ近づくほどはっきりとしてくる。 ランはふと、緑に包まれ、ぬくもりがある故郷を思い出し、ついでかぶりを振った。 今、思い出すようなことではない。 それより今はすべきことがある。
「ここにいるのよね。」
ランは入口の前で一度立ち止まり、期待に満ちた目で〈百目〉がいるという3階を見上げた。
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