りゅうじの携帯電話が鳴った。 「あっ、サッチーからだ。」 『…』 「見つかったの?」 『…』 「あっ、そう。良かったじゃん!」 りゅうじは携帯電話を切った。 「自殺志願者。見つかったんだって!」 茶髪の男が尋ねた。 「で、どうしたの。」 「止めて、帰ったんだって。」 「人騒がせなやつだなあ。」 ピンクのサングラスをかけた茶髪の女が上目遣いで尋ねた。「ほんとに終わったの、それで。」 「らしいよ。海も満ちてるし、風も強くなってきたし。帰ろう。」 編み笠をかぶった、お地蔵さんが座っていた。 「あっ、お地蔵さんだ。」 りゅうじは、お地蔵さんの前で両膝を曲げて姿勢を低くすると、手を合わせた。 「お参りしていこうっと!」 「お参り?」 りゅうじは、心の中で祈った。
ばあちゃんの足が治りますように! 元気になって歩けるようになりますように! どうかおねがいします!
「なんて祈ったの。」 「それは、内緒!言うと御利益がなくなっちゃうから!」 「どう〜せ、女のことだろう。」 「あたり〜〜〜ぃ!」 「やっぱしな!」 女も言った。 「ちゃちな奴だなあ〜。男が、女ごときに願い事して!」 りゅうじは、手に缶コーヒーを握っていた。お地蔵さんの前に、それを置いた。 「それ、飲まないの?」 「これは、お地蔵さんが飲むんだよ。」 「よっぽど惚れてんだな〜。」 女も言った。 「女ごときに!」
浜辺を、ホームレス風のおじさんが、バケツを持って鍬(くわ)を肩に担いで歩いていた。 「なんだ、あのおじさん。海で鍬なんか担いで。」 「おそらく、シャコでも取りに行ったんだろう。」 「シャコ?」 「海老みたいなやつだよ。殻(から)が柔らかくて甘くて美味しいだよ。」 「けっこう詳しいじゃん。」 「小さい頃、ばあちゃんにつれられて、よくここに来て取ってたよ。」 「ふ〜ん。」 「鍬で砂浜を少し掘って、隠れてる穴に筆を入れんだよ。」 「筆を?」 「そしたら、敵と間違えて筆を押し出してくんだ。そこを洗濯ハサミで捕まえるわっけ。」 「洗濯ハサミで取んの。」 「挟まれると痛いから、ばあちゃんは、そうやってたな。」 「ふ〜ん。」 「いいね。そういうの。あたしなんか何んにもないなあ。ばあちゃんもじいちゃんもいなかったから。」 「俺も。でも、そういうのっていいよなあ。ロマンチックで。」 りゅうじは、空を見上げた。 「なんだか雲行きが怪しくなってきたじゃん。」
突然、どこからか甲高い声が発せられた。 「大雨が降ってくるよ〜!」 ピンクのミニ自転車に乗って、上空を指差していた。 「あっ、けんけんけんのけんけん姉さんだぁ!」 「けんけん姉さん、どこに行くの〜?」 「我が家の温泉よ〜〜!」 けんけん姉さんは、ぴょんと漫画のヒーローのように飛び降りると、 「早く帰ったほうがいいよ〜!」と言い残し、「けんけんけん。」と言いながら、けんけん女乗りで、三人とは逆の方向に走って行った。 「けんけん姉さん、百鬼夜行(ひゃっきやこう)海岸のほうに行っちゃったよ。」 「温泉なんてあったっけ。あっちは、松の木ばっかりで何もないよ。」 「夜になると、妖怪が大声で唄いながら行列して歩くとこじゃん。」 「顔面血だらけの運転手の幽霊観光バスとか。」 「やっぱ、けんけん姉さんは妖怪だな。」 風を見ると、風はケラケラと嘲(あざけ)るように笑っていた。 「逃げろ〜〜!」 三人は、風に向かって無邪気な子供のように走り出した。
ここにあるのは とんでもない毎日 頷(うなづ)くほどに 納得できない毎日 死んで行った人たちが 笑いながら走って行った毎日
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