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作品名:シュールミント 作者:六角オセロ

第3回   シナモンの香りの風
「君、背中曲がってる!」
突然、背後から声がした。白い上着の若者は振り向いた。
『わたしのことですか?』
「そういうこと〜〜。」ピンク色のキラキラ光るミニ自転車に乗った若い女性だった。
「曲がってますか?」
「大いに曲がってます!」
「そうですかあ。」
「なおしたほうがいいですよ!」
「あっ、はい。」
女性は、自転車をおりると、若者の背後に回った。そして、背中をポンと叩いた。
「はい。もう大丈夫!」
可愛い顔をした。ロック歌手のような身なりの、一メートル五十センチほどの少女みたいな女性だった。
自転車は、ウィ〜〜ンと唸って、スタンドなしでも不思議と倒れずに立っていた。
「この自転車、不思議ですねえ。」
「あっ、これ。コマが回ってるの。」
「コマ?」
自転車の前籠には、手まりよりも少し大きい金色のボールが乗っかっていた。
「でもやっぱり、死神がついてるなあ!」
「えっ、死神。」
「右手に鎌、棺桶を背中にかついでる。怖いなあ。」
「えっ、ほんと!」
「急がないと死んじゃうよ!急がないと殺されちゃうよ!」
「えっ、どこへ急ぐの?」
「急いで生きないと、死んでしまうよ。」
「どうやったら、いいのかなあ?」
「急いで生きないと、命が無くなっちゃうよ。」
「だから、どうやればいいの?」
「あなたの命だから、あなたしか助けられない。」
「えっ!?」
「だって、あなたの命は、あなたのものでしょう。」
「はい。」
「大変!死神の好きな黒い雲だわ。また出てきたみたい。」
「ほんとだ。」
「死神が手を叩いて喜んでいるわ。まあ、怖い。妖精の好きな風も出てきたみたい。」
「ほんとだ。」
「こういうときには、腐った肉の好きな風の死の妖精がはしゃぎだすの。」
「風の死の妖精?」
「きっと、あなたには見えるわ。風の死の妖精が。」
「…」
「その子は、ぞっとするように肩を撫でてから話しかけるわ。」
「…」
「紫色の服を着た小さな女の子。」

 産まれそこないの 風の子
   死んだ風の子が ひらひらと揺れながら 命を求めて泳いでる
     親風をすがって ひらひらと揺れながら 泣きながら泳いでる
 それは殺された 昨日の風 それは殺された青い風
   さすらってさすらって 風はいろんな歌を唄いながらやってくるの
 そして ヒューヒューと笑いながら 容赦なく命を殺すの

ギア比の大きい4輪自転車屋台が、鐘をチリンチリン鳴らしながら、おでんを売って人の歩くほどのスピードでやってきた。
おじさんが自転車屋台をこぎながら歌っていた。
「大根、ちくわぶ、薩摩揚げ、がんもどき、こんにゃく、おいしいよ〜〜んとね〜♪お正月の赤餅もあるよ〜〜〜ん♪」

「じゃあね。気をつけて。」
「どうしたらいいんですか?」
「急いで生きなさい!そしたら死神は去って行くわ。」
その不思議な少女のような女性は、ピンク色のミニ自転車に、「けんけんけん。」と言いながら、けんけん女乗りで去って行った。ピンク色のシナモンの香りの風が吹いていた。
「ふふふ。」
空から笑い声が聞こえた。若者は、何気に空を見上げた。風がヒューヒューと笑いながら彷徨っていた。そして、その風が降りてきて頬を撫でた。
若者は両肩に冷たくてぞっとするものを感じ、思わずのけぞった。後ろに殺気を感じた。
振り向くと、紫色の服を着た一メートルほどの少女が立っていた。少女は眉間に目玉を寄せ、口を尖らせて口笛を吹いていた。
 ヒュ〜ピュ〜 ヒュ〜ピュ〜 ヒュ〜〜〜ル ピュ〜ピュ〜〜♪
気がつくと、冷たく感じた風がいなくなっていた。
少女はバック転をしながら、飛んでいる枯葉を右手で叩いた。猫のように着地すると、微笑んで言った。
「一月なのに温かいですにゃあ。」
若者は答えないで、少女を睨んだ。少女には殺気が漂っていた。少女は首を傾げた。
「どうしたんですかにゃあ?」
少女の目は、野獣が獲物を襲う目だった。
「近づくな!」若者は叫んだ。
少女は甲高いしゃがれた声で歌いだした。

  いつの間にか 冬は春の嵐になってしまったにゃあ♪
   いつの間にか 春は夏の太陽になってしまったにゃあ♪
     いつの間にか 夏は灼熱の地獄になってしまったにゃあ♪
   とっても楽しいにゃあ♪
  地獄になったら 人がいっぱい死ぬにゃあ 腐って死ぬにゃあ♪

「さあ、いっしょに行きましょうにゃあ。」
少女の手が伸びて、若者の左手をつかんだ。少女の手は冷たく、手の甲には獣のような毛が生えていた。
「ぅわ〜〜〜、気持ち悪い!さわるな!」
若者は少女の手を振り解いた。そして風に向かって走り出した。
少女は猫が走るように、ちょろちょろと四つ足で追ってきた。
「地獄は、そっちじゃないにゃあ〜!」
若者は大声で叫んだ。「死ぬのはいやだ〜〜!」だが、声は出なかった。
「さっきまで死にたがってたにゃあ〜!」
「いやだ〜〜!」声は出なかった。
「どうしただにゃあ〜!」
少女は大きく口を開けて牙を出していた。
「喉を噛み切ってやるにゃあ〜!」
「やめろ〜〜!」声は出なかった。
「おまえは産まれたときから死神に呪われているにゃあ〜!」
少女は左側面から飛びかかってきた。
若者は、とっさに身を屈めた。
少女は、右側に着地すると、身を屈めている若者に飛びかかってきた。
若者は前向きに倒れこんだ。少女の爪が、若者の右肩に食い込んだ。若者は叫んだ。
「助けて〜〜!」声は出なかった。
「おまえは腐ってる。死んだほうがいい。旨そうな肉だにゃあ。」
「いやだ〜〜!」声は出なかった。
少女は紫色の舌を出して若者の頭に鼻を押しつけた。
「人間の肉は、腐ったキャベツに巻いて食べると、ほっぺたが落ちるほど旨いにゃあ。」
「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏!」若者は無意識に、お経を唱えていた。必死に起き上がろうとした。でも身体は動かなかった。
「それじゃあ、遠慮なくいただきますにゃあ!」
「ずかちゃ〜〜ん、助けてぇ〜〜!」

 未来がやってきて 僕をボコボコにして殺すんだ
  もういやだ だれか助けてくれ!
 心が今にも止まりそうなんだ 消えてなくなりそうなんだ
  それでも 僕は生きなければいけないのか
   幸せは ここにあるのか この世界のどこかに



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