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作品名:シュールミント 作者:六角オセロ

第1回   1
若者が中年のホームレスの男に問いかけた。
「一万円で私を殺してくれませんか?」
ホームレスの男は、目を丸くして答えた。
「一万円…」
「ええ、なんだったら二万円でもいいです?」
「あんた、からかってんの?」
「本気ですよ。」
若者は、上着の内ポケットから財布を取り出し、ホームレスの男に一万円札を二枚手渡した。
「お願いします!」
男は驚いた。
「あんた、頭おかしんじゃないの?」
そう言うと、慌てて二万円を若者に戻した。
「そんなことしたら、人殺しで警察に捕まっちゃうよ!」
ホームレスの男は逃げるように去って行った。
若者は、悲しい顔をして、海に向かって歩き出した。
二人の会話を、不良の若者たちが四人、近くで歩道に両膝を立て座って聞いていた。
ピンクのサングラスをかけた茶髪の女が、上目遣いで言った。「今の聞いた?」
おどけた感じの兄ちゃんが、顔を斜めにして答えた。「聞いた、聞いた。」
風が、ひゅ〜と言って流れた。
スカイブルーのジャンパーを着た少女が叫んだ。
「逃げろ〜〜!」
若者たちは、風になびいて走り出した。

 逃げろ 逃げろ
  逃げないと 貧乏神に捕まるぞ
 逃げろ 逃げろ
  逃げないと 死神に捕まるぞ
 捕まったら大変だ
  捕まったら御終いだ
   捕まったら御陀仏だ

走ると、風は止んだ。だが、黒い雲が不気味に妖精のようにはしゃぎながら上空を泳いでいた。
若者の一人が止まって見上げた。
「変な雲だな〜?」
みんなも走るのを止め、見上げた。
階段があったので、若者たちはあっけらかんとそこに座った。

「俺よ〜、考えたんだけどよ〜〜、さいきんやったらとよ、人命がおろそかになってんじゃん。」
「おろそか…?」
「おろそかだよ、お・ろ・そ・か、漢字書けっか?でよ〜お、考えたんだよ。」
「何をだよ?」
「歳をよ〜〜、何年何歳って数えんだろ、ふつう。」
「なにが言いてえんだよ。はなしがさっぱし見えねえよ。」
「でよ〜お、そこんとこ日数でよ〜お、数えんだぁよ。今日から。」
「今日から?」
「今からにしよう!」
「何言ってんだよ?」
「何歳じゃなくってよ、何日で数えんだぁよ!」
「何言ってんだ、おめえ?」
「例えばよ、お前、いま16歳だべ。それを、日数でやんだょ。え〜〜っとょ、十六掛ける三百六十日は、お前暗算、得意だべ…」
「…五千七百六十だよ。」
「そうそう、お前は、五千七百六十日だ。」
「それがどうした?」
「歳で言うと長く感じんだべ。でも、日数だと短く感じんだべぇ。」
「何が言いてえだよ?さっぱし見えねえよ。」
「つまりよ、短く感じることが大切なんだょ。そうすっとよ、人生とか、人命とかがよ、大切にするべ。」
「…なんだって?なに言ってんだ、おめえ?」
「いや〜〜、俺ってすげえなぁ。やっぱ天才!」
「ば〜かじゃねえの。」
「でよ、今日から、何日で行こうぜ。」
「ああ。どうでもいいよ。」
「けって〜〜〜ぃ!」
「おい、今日、正月だぜ。そんなのどうでもいいよ。初詣に行こうよ。」
「謹賀新年〜〜〜!」
「お〜らい〜〜!」
「じじいがうるさくてよ。あたし帰る!」
「なに帰っちゃうの!?」
「わりい。」少女の一人は、ピンク色の爪で髪を撫でながら、帰って行った。
「あらら、一人減っちゃったよ。」
通りすがりの老婆が、彼らの前で転んだ。手さげ袋からキュウリが飛び出して、道路に落ちた。
あわてて若者の一人が飛び出し拾ってやった。
「ばあちゃん、だいじょぶかよ!」
老婆は、小さな声で答えた。「だいじょうぶだ。」
なかなか立てそうになかった。
「ほんとにだいじょうぶ?」
かなり立てそうになかった。
「家、どこなの?」
「あの赤い家。」
「おぶってやるよ。」
「いいよ、いいよ。」
若者は、老婆の前で腰を下ろした。「いいから、のんなよ。」
「ありがとう。」
「おい誰か、手提げ袋持ってやれよ。」
スカジャンの若者が慌てて出てきた。
「俺持つよ。俺持つよ。」
若者たちは、老婆の家に向かって歩きだした。
心を引き裂くような乱暴者の風が、彼らを後ろから押し相撲のように押していた。
「風がすごいね。ばあちゃん」
「そうだね。」
家に着くと、玄関の前で老婆を下ろし、手提げ袋を老婆に静かに渡すと、小指で呼び鈴を押し若者たちは名も告げずに風のように走り去って行った。

 北風小僧がやってくる
  北風小僧は意地悪だ
   早く逃げないと大変だ
 黒い雲が走ってる
  黒い雲が泳いでる
   早く逃げないと食われるぞ

自殺志願の若者は、町の神社にいた。
「神頼みか…」
若者は、一万円を賽銭箱に入れた。
隣の着物を着た三人組の娘たちが、若者を横目で見ていた。
若者は手も合わせないで、警察官のように敬礼をすると去って行った。
「変な人ね。」「一万円も入れてたよ。」
娘たちは、彼の後姿を風のあえぎを聞きながら眺めた。
「風みたいな人ね…」風が娘たちの唇を舐めた。
「なんか、ぞくぞくってしてきたわ。」
「きっと、北風のせいよ。」

 北風が止んだら カラスが飛んできた
  北風が止んだら カラスがあくびをするわ
    そしたら春が 知らん顔してやってくるわ きっと
 死んだら終わりなのに 人はなぜ死に急ぐの
   死んだら終わりなのに 人はなぜ暗黒を信じるの
 そんなときには 風が心を癒して 冷たい風が心を癒して
   あの人 きっと一人なのよ 心は風のなか
    どこに行くんだろう 風の中を 一人ぼっちで

「あの人、きっと死ぬんだわ…」
「えっ、いまなんて言ったの?」
「うん、なんか言った、わたし。」
「だいじょうぶ?」
「…死なせない。」
「えっ、どうしたの?」
「あの人、死んだ兄さんと同なじだわ。」
「ほんと!?」
「ええ!」
三人は風に向かって走り出した。彼の姿を追って。

 働いてばかりだと 大切な自分の人生が終わってしまう
   テレビばかり見てると 大切な自分の人生が終わってしまう
  遊んでばかりいると 大切な自分の人生が終わってしまう

「風が止んだわ!」
「どうしましょう?」

 心のなかで 風車だけが くるくる回る
   夢を眺める余裕も 昨日を振り返る余裕もない 磨耗した毎日
 焦っても焦っても 日々はちっとも変わらない
  疲れ果て 老人のようにベッドに身を横たえる
   それでも いつかは見知らぬ旅人に出会える日を夢見てる
 いちじくの香りの 少女の頃の風は もうどこにも吹いていない

神社の階段を下りると、不良の若者たちがいた。
「初詣っと、きたもんだ。」
「れっつご〜〜!」

初詣の娘たちは、足を止めた。
「きみたち〜!」
「おっ、サッチーじゃねえかよ。初詣?」
「ええ、そうよ。」
「三人そろって、着物。いいねえ。」
「あのさあ、白いコートの人見なかった?」
「白いコート?白いねえ…」
「自殺志願者みたいなの。」
「自殺志願者?」
「スカイブルーのジャンパーの少女が答えた。
「さっき見た、あの人じゃない?」
「えっ、知ってるの?」
「さっきって、一時間くらい前だけど。」
「同じ人かも。」
「で、どうするの?」
「止めるのよ。自殺を!」
「えっ!?」
「とにかく、止めるのよ!親や兄弟が可哀想よ。」
「そりゃあ、そうだな。」
「あんたたち、海岸側を探してくんない。わたしたちは森に行ってみるわ。」
「ああ、分かった!」
不良の若者たちは海岸に向かって走り出した。
着物姿の娘たちは森に向かって駆け出した。

 森の中の風は 恥ずかしがり屋 聞き耳を立てないと風の歌は聞こえない
  いつかの風は もう吹いていない どこを探しても どこにも吹いていない
 さびしがり屋の木々たちが なにかざわざわと話してる
  森の中には もう人はいない 老人の踏んだ足跡はない
 いつか出会えると思っていたのに もう誰もいない ここには誰も
  見知らぬ無言の風を残して 見知らぬ一人を残して 去って行った

「聞こえない!」
「えっ?」
「風の声が。」

 風の中を走る娘たち 落ち葉が振袖の近くを舞う 音の無い風
  呼吸の音だけが 耳に入って心を乱す 音の無い風が笑ってる
 おまえたちよりも何億年も前から あざけるように笑ってる

「分かったよ!降参するよ!だから教えて!」

 なぜあたしたちは 見知らぬ一人のために 駆けているの
  なんのために 必死で駆けているの 生きるための芝居のため
 もう誰も教えてはくれない こんなに叫んでいるのに 誰も教えてはくれない
  死ぬために人は生きているの 涙を流すために人は生きているの
 ねえ 誰か教えて どうすれば素直に生きられるの 風のように



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