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作品名:人間村 作者:六角オセロ

第5回   5
保土ヶ谷龍次は、恐縮していた。
「橘さん、大変申し訳ない!とんだ迷惑をかけてしまって!」
橘順子は、いたって冷静だった。
「とんでもありませんわ。とても感謝してます。」
「ほんとうにすみませんねえ、こんなことになっちゃって!」
「保土ヶ谷さんも、指名手配されていらっしゃるんですか?」
「そうらしいですけど。もう何も物騒なことはやっていないんだけどなあ。」
「そうですよねえ。」
「ショーケンさんも?」
龍次は、ショーケンを見た。
「俺?」と言って、ショーケンは自分を指差した。
「なんか、そうみたい。」
苦笑いした。
「ショーケンさんは、何やったの?」
「何やったって、極秘のクローン人間逃亡で、極秘に指名手配されてるんらしんですよ?」
「極秘に指名手配?」
「そう、見たことないでしょう。そういう手配書とか?」
「そう言えば、そうですね。」
「クローン人間自体が秘密だから、まずいんでしょうね。」
「それはひどい話だなあ、勝手に作っておいて、逃げたら極秘裏に指名手配。」
橘順子もびっくりしていた。
「それはひどい話だわ。あなたって、クローン人間だったの?本物のショーケンの?」
「そうです。」
「物凄いそっくりさんと思ってたんだけど、クローン人間だったとは思いもよらなかったわ。」
母は、娘の歩(あゆみ)を見た。
「歩(あゆみ)、知ってた?」
「うん、なんとなくね。クローン人間の話は、学校でときどきやってたわ。」
「そうだったの。」
「マイケル聖(ひじり)は、マイケルジャクソンのクローンとか。」
「ああ、そう言えば、よく似てるわねえ。」
「あの人、わざと似ないように化粧してるわ。」
「そうなの〜!」
「そういう噂。」
ショーケンは、深刻な表情になっていた。
「だったら、やっぱり俺を探しているのかも知れないなあ。」
龍次は、自分の膝をぽんと叩いた。
「とにかく、しつこくって嫌な連中だなあ。」
歩(あゆみ)が右手を握って突き上げた。
「クローン人間にだって、自由に生きる権利はあるわ!」
龍次は納得したように頷いた。
「そうだ、そうだ!」
誰かが、停留所の小屋に入ってきた。高野町の町長だった。町長を知らないショーケン以外は驚いた。三人は一斉に声を出した。
「町長!」
「やあ、みなさん。猪レースの見物ですか?」
龍次が答えた。
「そうです。町長は?」
「わたしは、仕事です。保土ヶ谷さんは、肺は完全に治ったんですか?」
「はっ?」
「肺の病気で入院されてたんでしょう?」
「えっ、どうしてそれを?」
「地獄耳でしてねえ。」
「あ〜〜〜、あそこで寝てた人、町長!?」
「えっへへ〜。」
「なぁあんだ!」
「聞くつもりはなかったんですけどね。」
「昼寝ですか?」
「そうです。昨夜は、仕事でまったく寝てなかったもので。」
「大変ですねえ、町長も。」
「別荘を見に来たんですよ。」
「別荘ですか?」
「友人の別荘なんですけどね。ぜひ見て欲しいということで来たんですよ。」
「そうだったんですか。」
「これで、十件目ですよ。」
「別荘がですか?」
「はい。温暖化の影響でね。最近は、ここは避暑地なんですよ。」
「避暑地ですか。軽井沢化ですね。いいじゃないですか。」
「どういうもんですかねえ?」
「いいことですよ。」
バスのクラクションが鳴った。
「あっ、お母さん、バスが来たわ!」
みんなは小屋から出て、バスに乗り込んだ。龍次たちの他に、乗客はいなかった。後ろの席に座った。
龍次と町長は一緒の席に座った。その後ろに、ショーケンが座り、反対側の席に橘親子が座った。
町長は、大きくあくびをした。眠そうだった。
「高野山も野迫川村(のせがわむら)も、シェア別荘なんですよ。」
「シェア別荘?」
「夏場は日本人の避暑地で、冬場は外国人の雪別荘なんです。」
「外国人の雪別荘?」
「主に、台湾とか中国南部の雪の少ない人が来るんですけどね。」
「ああ、そうなんですか?」
「野迫川村(のせがわむら)の冬は、奈良県の北海道と呼ばれているくらいに、雪が多いんですよ。」
「それを目当てに来るんですか?」
「雪そのものが、面白いんでしょうね。」
「その方々は、雪を見てるだけなんですか?」
「雪だるまや雪合戦をして、はしゃいでますよ。子供のように。」
「きっと、楽しいんでしょうね。」
「まあ、雪を知らない人にとっては、新鮮なんでしょうねえ。」
「そうかも知れませんね。」
「わたしは、新潟生まれ新潟育ちなもので、雪は見たくないです。」
「ははは、そうですか。」
「大変なんですよ。雪国の屋根に登っての雪下ろしは。」
「そうなんですか。わたしは、鹿児島生まれの鹿児島育ちなもので、そういう経験がないもので。」
「保土ヶ谷さんは、鹿児島?」
「はい。」
「わざわざ外国まで雪を見に来るなんて、世に中って面白いもんですね。」
「高野山にも来るんですか?」
「はい、弘法大師に逢いに来る人もいます。」
「弘法大師に逢いに?」
「はい。台湾にも弘法大師の信仰があるんですよ。」
「え〜〜、そうなんですか?」
「台北の天后宮というところに、祀られています。」
「それは知りませんでした。」
バスは、次の猪レース場前で止まった。六人が乗り込んんで来た。
ショーケンが、窓の外を見ながら考えていると、橘順子が声をかけた。
「ショーケンさん、隣に座ってもいいかしら?」
「どうぞ。」
順子は、嬉しそうに顔で、丁寧に座った。お尻が少し触れたので、座りなおして離した。歩(あゆみ)はショーケンの後ろに席を移した。ショーケンは、相変わらず、窓の外を眺めていた。順子が質問した。
「何を見てるんですか?」
「猪です。」
「そんなに珍しいんですか?」
「珍しくはないんだけど、変な猪ですね。」
「変って?」
「猪って、知ってますけど、あんなに人に馴れるのかなあと思って。」
「不思議ですか?」
「とっても不思議。」



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