「会社やめて何するの」と聞くと「うーんロマン達成」と夢見る夢男くん。 まるで独立心旺盛な年頃の子供が、東京に行きたい、ふんふん、で何をするために。 何となく夢を見つけられそうな気がして、みたいな。 こりゃダメだ、何とかしなくてはと思う反面、私も大変な時期の子育ても一段落して何か仕事がしたいなと、考えていたところだった。 「ねえ、夢のある商売として輸入雑貨のお店なんて素敵じゃない」 私が提案したところ夫も乗り気になり早速準備を始めた。 なにはともあれまずは、よいロケーションの店舗取得からスタートしなければとあちこち不動産屋を当たっていると、一階部分がおしゃれな店舗仕様になっている新築の商業ビルが見つかった。 まるで、アナタ様が来るのをお待ちしていましたとばかりに新築店舗即入居可の旗が、風になびき、まるで往年の夏木マリが誘い指を駆使するが如く私達を煽っていた。 夫も開店費用のため走り回り、銀行からの大口融資も取り付け何とかオープンに漕ぎつけた。 「ねえ、私たちの店は他の輸入雑貨屋さんとは違うお客さんに強烈な印象を与える目玉的な内装を考えましょう」 という私の意見で大好きだった海水魚を導入することが決定した。 どうせ設置するのなら度肝を抜く大きさにしようと夫は走り回る。 一週間後私達の小さな店は、星空のごとくきらびやかなライトで装飾が施され、入ってすぐのところには、海水魚を泳がせるための、2メートルはあろうかと思われる大型の水槽が設置された。 白いさんご礁のまわりには、クマノミ、ルリスズメダイ、ナンヨウハゲなど南海のサカナ達が優雅に泳ぎまわるスペースが完成された。 水槽だけで30万、海水魚等を入れると50万の出費だった。 白いさんご礁と七夕飾りのような魚たち、静かに音を発する大きな浄化装置は、夢の世界のような空間を演出していた。 そしてキラキラ輝くガラスの飾り棚には、世界各国の珍しい商品が所狭しと並べられた。 その出来映えに、私たちは大満足。 オープンフェアは大盛況でスタートし、毎日毎日お客さんが耐えることはなかった。 店頭には、お店に携わった人達からの花輪が、燦燦と降り注ぐ太陽にまぶしいぐらい光り輝きその時は成功の予感さえ感じ始めていた。 当時、銀行も好きなだけお借り下さいが、まかり通るバブル期だった。 私達夫婦もいつのまにか、熱病にかかった子供のように焦点が定まっていなかった。 何でも病理学観点から40度以上の熱に冒されると脳が一種の陶酔状態に陥り気持ち良くさえなるらしく、まさに夫婦そろってハイな状況が続いた。 「おいおい、この分で行けば多店舗展開も大丈夫だよ」 と夫は言い放った。 上昇気流に乗ったと思った夫はさらにファーストフードの店、アパレルの店と次々にショップ展開を開始した。 いつのまにか4店舗に膨れ上がり毎日戦場のような忙しさになってきた。 もちろん借入金も多店舗展開に比例して私達にとっては天文学的な数字に増えていった。 あまりにも急激なまわりの変化について行けず不安を感じ始めた頃、夫は各問屋さん達から青年実業家なる実態のない肩書きで呼ばれ裸の王様よろしく、わが世の春を謳歌していた。 ある昼下がり夫は私に言った。 「祐ちゃん、僕サウナに言ってくるわ、昼過ぎからサウナに行くってサラリーマンには出来ないよね」 「やっぱ、社長でしょ」 そんなノー天気な夫に対して問屋さん達の新商品の売り込みは熾烈を極め、商売の世界でまだ若葉マークのとれない夫を攻めたてた。 夜は夜で毎晩のように仕事関係の人達と飲み歩きアルコールでパンパンに膨れた体は浜辺に打ち上げられたクラゲのようにブヨブヨの骨抜きになっていった。 催眠商法とは最初に買う気がなくても販売会場自体が熱気を帯び、買う雰囲気になっていく、1人2人と購入者が現れると自分も乗り遅れてはいけないという焦りが生まれその勢いに押されて比較的高いものでも無意識のうちに買ってしまうことらしいのですが、すでに催眠商法症候群に陥っている夫にそれとなく話しかけた。 「今の尚ちゃんを見ていると、まるで幸運の女神が微笑みをやめないかのようね」 すると夫は「微笑みなんて次元じゃないよ大笑いして、女神さんあごが外れてんじゃないの」 私には返す言葉が見当たらなかった。 この頃から夫は有頂天になり数字を読むことを怠り始めたのだ。 その時日本経済は一転不況の沼地へと下降していく事になる。 それに伴い各店舗の業績は悪化の途をたどって行った。 大手の同業者が進出して来てお金に任せて広告を打ち始めた。 こちらも負けないように宣伝費を倍に増やし抵抗したが焼け石に水で借金だけが膨らんでいった。 今にして思えば坂道を転げ落ちる途中だったのだろう。 それも赤字という名前の雪だるまになって。 それから3ヶ月後とうとう銀行から貸し渋りを宣告されたのだ。 まだ、貸し渋りと言う言葉が新鮮な響きを持っていたころだ。 今までは電話一本で融資係が飛んできていた、水や空気のように当たり前に感じていた追加融資。 私達のハイペースな回転がスローモーションのごとく、ゆっくり動きを止めた瞬間だった。
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