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不惑〜催事業の世界を知る
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第1回
1
けたたましい電話のベルが先程から続いている。電話の相手は分かっていた。 覚悟を決め受話器を静かに取り上げる。 「はい、もしもしどなた様でしょうか」 平然を装いながらも声が震える、突然甲高い威嚇するような声が耳を直撃してくる。 「ふざけるな!何がどなた様でしょうかだ、 居留守使うのもいい加減にしろ」 受話器を遠ざけても怒鳴り散らす声は部屋中に響き渡る。 「だから何度電話されても一銭も残っていません」 応えながら電話の先に視線をやると部屋の隅ではまだ幼稚園に入ったばかりの子供達がおびえた表情で私を見つめている。 「ふん、開き直りか、お前ら人間として恥ずかしくないのか、今からそっちに行くからな」
五月十五日とても気持ちの良い晴れ。 初夏の日差しが、道路中央の植え込みにまぶしいくらい照りつけている。 昨日までの豪雨の後がアスファルトの表面に落下し大きなシミとなって、陽炎のように蒸気が立ちあがる。 空には描き始める前のキャンパスのように一点の雲も見出せないほどの青空が広がっていた。 安定したハンドルさばきで、私は目的の場所に向かって車を走らせている。 最近どうも原因の分からないぼんやり感に襲われてしまう。 あの当時のことがトラウマとなってしまったのだろうか? 無音の車内にふと不安を感じカセットテープの頭を押し込んだ。 大好きなテレサ・テンの曲が流れはじめ、急に現実に戻されたような気がした。 テレサ・テンの物悲しい伸びる歌声が、するすると耳に流れ込んでくる。 確かにリセットされたのが分かる。 女心を切々と歌い上げる彼女の歌はいつ聞いてもしびれてしまう。 「ちょっと、朝からの歌には相応しくないかな」と一緒に歌いながら思わずつぶやいてしまった。 先程からすれ違う対向車の人がこちらを見ながらニヤニヤ笑っている。 そりぁそうでしょうよ、相手には曲が聞こえないんだもの、運転しながら口をパクパクさせてる変な女ですか。 ひとりで苦笑しているうちに、見覚えのあるスーパーマーケットの看板が近づいて来る。 今朝は娘と言葉使いの事で喧嘩して家を出るのが少し遅くなり、朝の渋滞に巻き込まれてしまった。 朝からついてないや、と思いつつ娘とのやり取りを思い出す。 どうして最近の若い子は、チョベリバ、ミスドなんて短縮した言葉づかいをするんだろう。 チョベリバはチョーベリーバッドの略で凄く最悪の意味らしく、ミスドはファーストフードのミスタードーナツの略だそうで困ったものだ。 娘が母親になった時、子供にどんな躾をするのか楽しみになった。 無国籍人の会話が展開されて結構面白いかもしれない。 一応今夜にでも夫に相談しようと思った頃目的の場所に着いた。 静かにエンジンを止め後ろのハッチを開けながらあと何回ハッチの開け閉めをすれば解放されるのか考えてしまった。 整然と並んだ私の可愛い道具たち。 一番手前の定位置にある台車を降ろし各道具たちを運び始める。 「そうそう、軍手をしなくちゃ」 何故こんなきれいな手に軍手をして作業しなくてはいけないのか判断に苦しむ。 ゆっくりとお店の自動ドアを手で開ける。 まだ開店前で自動ドアの電源が入っていないのだ。 「おはようございます」 元気良く挨拶して台車をすすめて行くと、店内では早朝パートの女性達が忙しそうに荷出し作業をしている光景にぶつかる。 彼女達は朝の八時から昼の二時まで各フロアの棚に商品を並べる仕事をしている。 所謂分担時間性のパートの人たちだ。 お菓子売り場に着くとチョコレートを並べていた刈谷さんが声をかけてきた。 彼女は私より五歳若いシングルマザーだ。 中学生になる女の子がいる、みんないろんな家庭の事情を抱えながらも逞しく生きてるんだなと自分とダブらせてみる。 「クレープ屋さん、今回はいつまで」 「日曜までよ、よろしく」今私はクレープの移動販売を生活の生業としている催事業者だ。 お店の中の催事コーナーでクレープ販売のための小さなお店を組み立てる時、すべてを失ったあの日の記憶を辿ることがある。
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