ウサギの死骸40体ほどが、規則正しく並べられている。 それらの配置は、まさに数字の2をかたどっている。
しかもウサギの死骸一体一体に凝った細工が施されている。 顔の半分が食いちぎられたもの、腹部が食いちぎられたもの、 四肢のみ食いちぎられたもの等だ。 そしてとどめは、2の先端と末端の死骸だ。 それら2羽は、首が食いちぎられていた。
「これが何だか分かるか?」とタロウが問う。 功大には、これを作った者の意図が分かるような気がした。 「2って数字は僕らのことを指していると思うよ。」 「俺もそう思う。そして首の無い奴は俺たちそのものなんだろう。」 「僕達を殺すってことかな?」 「間違いないな。」 「だったら何故、こんな手の込んだことをするんだろう?」 タロウは訳知り顔で功大の方を見据えて言った。 「楽しんでるんだよ。俺たちを震え上がらせて。 いいか、これだけのことができるんだったら、とっくに俺達を 襲ってるはずだ。」 「......................そんな。」 「圧倒的な力を持つ者が、弱者を餌食にする時、ただ食うだけじゃ 満足できないらしい。だから遊ぶんだよ。弱者をいたぶって。」 「相当嫌な奴だね。」 「ああ、悪意に満ち満ちてるな。邪悪だ。」 「どんな奴だろう?」 「よし調べてみるとするか。」
二人(タロウにも人のカウントを用いる)はウサギの死骸を丹念に 調べ始めた。 そのうちの一体の背中に、3本の爪のあとが残っている。 太い爪あとが背骨に達している様が見てとれる。 「一撃だ。背骨が砕かれてるぞ。」 タロウの言う通りだ。しかしそれ以外の目ぼしい痕跡は無い。 肉を口で切り裂いた時にできた歯型は判別しづらい。また、草地だと 足跡も残らない。
「これだけのウサギをとらえたんだから、結構広い範囲で狩りを したはずだよね。」と功大が同意を求める。 「ああ、でもこの空き地で狩りをしたことだけは確かだ。 あの暗闇が支配する森では、ウサギは生きられないからな。」 「泉の周りのぬかるみに、そいつの足跡があるかも知れないね。 行ってみよう。」
功大の提言をのみ、二人で泉の周囲を調べてみることにした。
そこで、いくつかの足跡と狩りの痕跡を見つけた。 肉球の形や足の大きさはどれも同じに見える。 「一匹だね。そうだろ。」 期待を込めて、功大はタロウに問いかける。 「泉の周りで狩りをした奴は、一匹のようだな。」 あくまでも慎重なタロウの物言いに、功大はうなだれる。 タロウには頭数以上に気になることがあった。 それは敵の飛躍力だ。 草むらに潜み、助走なしで一気に泉のそばまで飛んだ距離に唖然とした。 『逃げようと思った瞬間に襲われているだろう。』 敵の戦闘力の高さを思うと、功大の上ずった口調に同調する気にはなれない。 「それで相手はどんな奴だと思う。」 と功大の問いかけがタロウの思考を中断した。 「猫科の大型肉食獣だろう。森に住む虎の類だと思う。」 功大の目が輝く。 「虎か〜。でも一匹なら勝目はあるよ。僕にいい作戦がある。」
功大は一つの記憶を取り戻した。 自分が戦略に詳しいことだ。 長篠の戦いにおける鉄砲隊の集団戦法、東郷平八郎のL字旋回、 真珠湾における航空機による魚雷作戦。次から次へと頭の中を さまざまな戦略が駆け巡る。
そんな功大の様子を傍で見ていたタロウは驚きを禁じえない。 と同時に、少しこの子供が頼もしくさえ感じ始めた。 良く言えば勇気があるということだし、悪く言えば常識知らずと いったところではある。しかし命知らずであることは心強い。
「いいかい。この作戦は二人のチームワークとタイミングが大切なんだ。 もし、二人の息がそろわなかったら、確実に一人は死ぬことになるからね。 最も大事なことは、やられるまえにやるってことなんだ。」 興奮した功大の口調にさらに拍車がかかり、熱を帯び始めた。 「相手が僕らより力で勝っているなら、こちらは頭で勝たなきゃならない。 いい作戦だよ。僕らは撹乱戦法を使う。」 と言って、功大は一息入れてタロウの反応をうかがう。それにほだされて 「それはどんな作戦なんだ。」と思わずタロウも問い返す。
「僕らは分身の術を使うんだ。」
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