「与え合うものが同じでなければ、二人の関係は破綻する...................」 耳になじんだフレーズ。功大は確かにこの言葉を聞いたことがある。 しかし、思い出そうとしても全ては闇の中だ。 タロウは続ける。 「俺はコーダイに食い物を捕ってやる。 その代わりコーダイは、俺に何を与えてくれるんだ。」
功大は途方にくれた。 この森では自分ができることなど、何も無いと思える。 しかし、タロウの足元のウサギが放つ肉の誘惑には抗し難い。 そこで、咄嗟に思いついたことを口にした。
「タロウを守ってやる。」 言った後で、しらじらしく感じる。 自分の無力さに気付いていながら、何故そんなことを言えるのか。 またタロウに鼻で笑われると思いつつ、タロウの目を覗き込む。
タロウは俯き加減に思案した後で言った。 「いいだろう。俺はコーダイに守ってもらうとしよう。 いいか約束だぞ。裏切るなよ....................... もう二度と裏切られるのは御免だからな。」
タロウの物言いに腑の落ちないところがある。 しかし、功大は「分かったよ。」と言うと、ひったくるように ウサギをとり上げた。 どうすれば、ウサギを食えるかを考える。 どこかで学んだ剥片石器のことが頭をよぎる。
泉の脇にある石同士を何度かぶつけ、ナイフ状の石片を作った。 それでウサギの頭を切断する。 そして尻尾を握り振り回す。血抜きだ。 どうしてそんな知識が自分に備わったのか、考えもせず、 すぐに、ウサギの皮を剥ぐ作業に取り掛かる。
ようやくウサギを剥き身にしたところで、功大は肉にかぶりつく ことをためらった。 薄桃色の肉に滲んだ血がてらついている。 『このままじゃ食べられない。僕は獣じゃないんだ!』
左手にぶらさげたウサギに目をやりながら、功大は呆然自失のていに陥った。 『焼かなきゃだめだ。』 しかし縄文人のように摩擦熱で火をおこすことなど、10歳の少年に 出来うるはずもない。 その時、功大の頭の中で聞き覚えのある声が響いた。 『ポケットをさぐってみろ。』
言われるままに、ポケットに手を突っ込む。 すると、そこには手に納まりきらないほどの円形状の硬い物がある。 取り出してみると、それは真鍮の枠がはまった凸レンズだった。
空腹感を凌ぐ驚きに全身が震える。 『一体どういうことだ。』 思考が止まってしまった。 「早く食ってくれよ。まだ話しの続きがあるんだよ。」 そのタロウの一言で、功大は我にかえった。 「うるさいっ!」 犬の命令口調に大声で返した。 すこし気分が良くなる。
『まずこれを食ってからだ。余計なことを考えるのはその後でいい。』 そう思うと、後の行動は早かった。 拾った枝の上に、枯葉を敷き、その上に枯れた芝をのせる。 そして陽光にかざした凸レンズの焦点を合わせる。 ためらいがちに芝がくすぶった後、火はほどなくして枯葉と枝に燃え広がった。
枝で串刺しにしたウサギを、火で炙る。 そして焼けた箇所に食らいつく。 肉の熱さなど気にも留めず、レア同然で全てを平らげた。
肉汁の濃厚な味が舌に絡み付いている。 満腹感には至らないものの、一ヶ月ぶりの肉は、功大の精神を高揚させた。
功大の満足そうな顔を見やり、タロウは話しを切り出した。 「くつろいでいる暇は無いぞ。食い物がいるってことは、それを食らう 奴がいるってことだ。いい物を見せてやる。付いて来い。」
功大はタロウの後姿を横目で見た。 『まったく煩い犬だ。いい物だって?ウサギの肉よりいい物じゃないことは、 確実だな。』 タロウの口ぶりから、そう判断できた。 不承不承立ち上がると、主導権を握った小憎らしい犬の後を追った。
泉の脇の広葉樹の林を抜けてすぐの草地に、それはあった。 「いったいこれは何だ!」 問う相手も定まらぬままに、功大は口走った。 「見れば分かるだろ。死骸だよ。」 「でも、この形は................」
功大は言葉を失った。
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