「君こそどこへ行くんだい。」 「さ〜ね。道があるってことは、どこかに通じてるってことだろ。 だから多分そのどこかさ。」 「答えになってないね。」 「答えが欲しいのは俺の方なんだよ。」 功大は犬の口元を見て、思わず吹き出しそうになった。 吠える口の形と動きで言葉を紡いでいるからだ。 「それじゃあ、どこから来たのさ。」 犬の反応が変わった。 功大を見上げて、小首をかしげている。 「それが不思議なんだ。気がついたら、あそこに座っていたんだよ。 実際、自分が誰で何でこんなところにいるのかさえ分からないってのは、 おかしくないか?」 犬も功大と全く同じ状態らしい。情報源としての価値は無さそうだ。 犬は饒舌に先を続ける。 「それであそこで固まってた訳さ。その時坂をおりてくるお前を見つけた。 お前に訊けば、何か分かるかと思ったんだよ。ところが..................」 そう言って、犬は首を軽く振った。
埒が明かないので、功大は最後の質問をぶつけた。 「普通犬はしゃべらないもんだよ。」 「ちぇっ、差別かよ。」犬の口調はせせら笑っているかのようだ。 「犬と人間の違いって何なんだ?お前がいた所では、犬がニャーとでも ないてるのかよ。」 功大はあっけにとられた。犬はしゃべることが出来ないもので、人に従属する ものとばかり思っていた。 「結果が全てなんだよ。少年。俺はしゃべってる。だから犬はしゃべるもんなんだよ。」 その言い草が詭弁であることが分かっている。しかし反撃するための論拠が見つからない。 それにつけても犬の口調が気にくわない。 仮に犬が人と対等だとしても、話しぶりで功大を見下しているのが明らかだ。 功大は我慢の限界に達した。 「ねぇ。僕をお前呼ばわりするのはやめてくれないか。僕には功大って名前が あるんだよ。」 「プッ」犬が噴いた。 「コーダイって............高校大学の省略形みたいだな。変なの。」 功大は自分の名前が気に入っていた。『功が大きい』将来成功する男の名前だと 誰かが言っていた。 頭の片隅が疼く。思い出せそうで思い出せない遠い昔の思い出。 犬の方が一枚上手だ。しかし名前だけは呼ばせたかった。 そうしなければ、自分自身を見失いそうで恐かった。 「どうでもいいけど、これからは名前で呼んでもらうよ。」 そう告げると、ガラス球のように見えた犬の瞳に、おどけた色が浮かび上がった。 「コーダイ、高大。そう呼べばいいんだな。ちなみに俺の名前はタロウだ。 シンプルでインパクトのある名前だろ。」 全くもって可笑しな犬だ。 功大は半ば諦め顔で犬の顔を盗み見た。 犬も彼を見返した。そして口角を吊り上げて、綺麗にそろった鋭角の三角歯をさらした。 タロウは完全に笑っていた。
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