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作品名:パラディウムの炎 作者:凡次郎

第5回   タロウ
 「君こそどこへ行くんだい。」
 「さ〜ね。道があるってことは、どこかに通じてるってことだろ。
  だから多分そのどこかさ。」
 「答えになってないね。」
 「答えが欲しいのは俺の方なんだよ。」
 
 功大は犬の口元を見て、思わず吹き出しそうになった。
 吠える口の形と動きで言葉を紡いでいるからだ。
 
 「それじゃあ、どこから来たのさ。」
 犬の反応が変わった。
 功大を見上げて、小首をかしげている。
 「それが不思議なんだ。気がついたら、あそこに座っていたんだよ。
 実際、自分が誰で何でこんなところにいるのかさえ分からないってのは、
 おかしくないか?」
 
 犬も功大と全く同じ状態らしい。情報源としての価値は無さそうだ。
 犬は饒舌に先を続ける。
 「それであそこで固まってた訳さ。その時坂をおりてくるお前を見つけた。
 お前に訊けば、何か分かるかと思ったんだよ。ところが..................」
そう言って、犬は首を軽く振った。

 埒が明かないので、功大は最後の質問をぶつけた。
 「普通犬はしゃべらないもんだよ。」
 「ちぇっ、差別かよ。」犬の口調はせせら笑っているかのようだ。
 「犬と人間の違いって何なんだ?お前がいた所では、犬がニャーとでも
 ないてるのかよ。」
 功大はあっけにとられた。犬はしゃべることが出来ないもので、人に従属する
ものとばかり思っていた。
 「結果が全てなんだよ。少年。俺はしゃべってる。だから犬はしゃべるもんなんだよ。」
 
 その言い草が詭弁であることが分かっている。しかし反撃するための論拠が見つからない。
 それにつけても犬の口調が気にくわない。
 仮に犬が人と対等だとしても、話しぶりで功大を見下しているのが明らかだ。
 功大は我慢の限界に達した。
 
 「ねぇ。僕をお前呼ばわりするのはやめてくれないか。僕には功大って名前が
あるんだよ。」
 「プッ」犬が噴いた。
 「コーダイって............高校大学の省略形みたいだな。変なの。」
 
 功大は自分の名前が気に入っていた。『功が大きい』将来成功する男の名前だと
誰かが言っていた。
 頭の片隅が疼く。思い出せそうで思い出せない遠い昔の思い出。
 犬の方が一枚上手だ。しかし名前だけは呼ばせたかった。
 そうしなければ、自分自身を見失いそうで恐かった。
 
 「どうでもいいけど、これからは名前で呼んでもらうよ。」
 そう告げると、ガラス球のように見えた犬の瞳に、おどけた色が浮かび上がった。
 「コーダイ、高大。そう呼べばいいんだな。ちなみに俺の名前はタロウだ。
 シンプルでインパクトのある名前だろ。」
 
 全くもって可笑しな犬だ。
 功大は半ば諦め顔で犬の顔を盗み見た。
 犬も彼を見返した。そして口角を吊り上げて、綺麗にそろった鋭角の三角歯をさらした。
 
 タロウは完全に笑っていた。


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