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作品名:パラディウムの炎 作者:凡次郎

第4回   しゃべる犬
『空耳だ!』
 心の声が叫びをあげる。
 功大はきびすを返し、森の方へと足早に歩を進める。
 関わり合いにならなければ、自分に災厄がふりかかることも無い。
 それが最善の策のように思えた。

 「訊きたいことがあるんだよ。」
 一段と音量が上がった。
 もう疑いようが無い。犬がしゃべっているのだ。

 功大はなおも無視を決め込んだ。
『振り返るな!見たくないものは、見なければいい。』
 彼の思いは頑なで、歩調はさらに速まった。
 五感を総動員して後ろの気配を探る。
 犬の存在は感じられない。

 しかし犬は、功大の左手にぴたりと寄り添っていた。
 視線が絡み合う。
 「な〜、おまえどこに行くんだ?」
 犬は自然体で話しかけてくる。
 『どこへ?』
 それこそ功大が知りたいことだ。

 なかば諦めの胸中で歩みを止め、犬に向き合った。
 「分からない。」
 「じゃあ何で先を急いでいるんだよ?」
 『おまえから遠ざかりたいからさ。』とは、さすがに言いにくい。
 少なくとも友好的な態度を保っている獣に、しばし付き合ってやることにした。

 「この道の先には、何かがあるんだ。」
 「ふ〜ん。どうせその何かってのも分からないんだろ。
 仕方ない。簡単な質問をしてやるよ。お前はどこから来たんだ。」
 「.............分からない。」
 「お前はバカだろう?」
 そう言って犬は鼻を鳴らした。

 犬ごときに小馬鹿にされて黙っているほど功大は酔狂ではない。
 一矢報いるべく、こう言い放った。
 「そんな言い方されては、何にも答える気にならないな。
 もう僕に話しかけないでくれ。」
 「何だよ。ちゃんと話せるじゃないか。まっ、何か思い出したら
 話してくれればいいさ。」
 犬はまるで馬のトロットのようにリズミカルに小さく跳ねながら、
 軽やかに歩を進めている。
 小癪な物言いに憤りを覚えるものの、10歳の功大は、この犬を
 さばく力量に欠けていることを認めざるを得なかった。
 
 この一ヶ月程、お気楽な旅を楽しんできた。
 しかし、自分が『どこから来て、どこへ行くのか』すら知り得ない。
 それは尋常なことではない。
 はからずも情報源がそこにいる。
 嫌悪の情をぬぐって、今度は功大がこの犬を問い質してみることにした。


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