草原を行く道は、やがて高台を経て下りに入った。 高台の縁を穿つ狭い道は、急傾斜で一直線に伸びている。 周りの土壁がそそり立ち、陽光を遮っている。 そして道は、再び平坦な土地に達した。 その先には群生した巨大な針葉樹が、黒々とした影を投げかけている。
大木の森のとば口に、そいつはいた。 道の真ん中にちょこんとかしこまって座っている。
逆光でその容姿の詳細はつかめない。 背景の天を突く大木と得体の知れぬ犬の出現にとまどい、しばし功大は歩みを止めた。 背筋に悪寒が走る。その犬との邂逅は災いの前触れのような気がしてならない。 あまりにも唐突に、そして舞台の視覚効果よろしく逆光を巧みに利用した 登場の仕方に、謀の訝しさが感じられる。
距離をおいてしばし対峙した後、功大はゆっくりと歩を進めた。 徐々に太陽は大木の背後に隠れ、逆光も和らぎ、犬の表情が見て取れるようになった。
薄茶色の毛を纏った中型犬のミックスだ。 小さな三角耳がピンと立ったところは、柴の血が色濃く反映されているようだ。 しかしその眼は原猿類のそれと同じく、感情の光を宿していない。
功大にとって今最も大切なことは、この道を進むことだけだった。 それは強迫観念にも似たもので、立ち止まることは呼吸を止めることに 等しかった。 何故そう感じるのかは分からない。ただ心の奥底に埋もれていた記憶の断片が、 功大を駆り立てていることだけは意識できた。
意を決して犬の脇を通り過ぎる。 犬はこちらに視線を向けようともしない。 だらりとたらした舌が、呼吸のリズムに合わせて微かに揺れている。
しばし歩を進め、研ぎ澄ましていた全神経の緊張を解こうとした時だ。 「ちょっと待てよ。」という声を耳にした。 反射的に振り返った功大の前には、今来た道が高台に続いているだけだ。 しかし、犬に変化があった。 こちらに向きを変え座りなおしていたのだ。
あくまでも礼儀正しく、ガラス球に似た眼を煌かせながら。
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