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作品名:パラディウムの炎 作者:凡次郎

第3回   邂逅
 草原を行く道は、やがて高台を経て下りに入った。
 高台の縁を穿つ狭い道は、急傾斜で一直線に伸びている。
 周りの土壁がそそり立ち、陽光を遮っている。
 そして道は、再び平坦な土地に達した。
 その先には群生した巨大な針葉樹が、黒々とした影を投げかけている。

 大木の森のとば口に、そいつはいた。
 道の真ん中にちょこんとかしこまって座っている。

 逆光でその容姿の詳細はつかめない。
 背景の天を突く大木と得体の知れぬ犬の出現にとまどい、しばし功大は歩みを止めた。
 背筋に悪寒が走る。その犬との邂逅は災いの前触れのような気がしてならない。
 あまりにも唐突に、そして舞台の視覚効果よろしく逆光を巧みに利用した
 登場の仕方に、謀の訝しさが感じられる。

 距離をおいてしばし対峙した後、功大はゆっくりと歩を進めた。
 徐々に太陽は大木の背後に隠れ、逆光も和らぎ、犬の表情が見て取れるようになった。

 薄茶色の毛を纏った中型犬のミックスだ。
 小さな三角耳がピンと立ったところは、柴の血が色濃く反映されているようだ。
 しかしその眼は原猿類のそれと同じく、感情の光を宿していない。

 功大にとって今最も大切なことは、この道を進むことだけだった。
 それは強迫観念にも似たもので、立ち止まることは呼吸を止めることに
等しかった。
 何故そう感じるのかは分からない。ただ心の奥底に埋もれていた記憶の断片が、
功大を駆り立てていることだけは意識できた。

 意を決して犬の脇を通り過ぎる。
 犬はこちらに視線を向けようともしない。
 だらりとたらした舌が、呼吸のリズムに合わせて微かに揺れている。

 しばし歩を進め、研ぎ澄ましていた全神経の緊張を解こうとした時だ。
 「ちょっと待てよ。」という声を耳にした。
 反射的に振り返った功大の前には、今来た道が高台に続いているだけだ。
 しかし、犬に変化があった。
 こちらに向きを変え座りなおしていたのだ。

 あくまでも礼儀正しく、ガラス球に似た眼を煌かせながら。


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