功大の説明にタロウは黙って耳を傾けている。 しかし功大の熱気を帯びた口調とは裏腹に、タロウの眉をひそめている。 功大は夢中で、そんなタロウの様子にはおかまいなしだ。 「・・・・・僕がかけ声をかけるタイミングは分かったね。 敵は飛び掛かってくるはずだ。その時反動をつけるために、必ずいったん 体を沈めるんだ。僕がかけ声をかるのは、その瞬間だよ・・・・・・・」
最後まで横槍を入れずに聞き終えたタロウは、一言問うた。 「この作戦の成功の鍵は、コーダイが握ってるな。いいか、先頭のコーダイが 怖気づいたら、すべては水の泡なんだぞ。」 「大丈夫、僕は逃げないさ。」 功大の瞳が煌く。 じっとその目を見据えていたタロウの心の声がつぶやく。 『是非そうあってもらいたいものだ。もう裏切られるのはまっぴらだ。』 その言葉にタロウもまた、厚い霧の向うに記憶の断片を垣間見た気がした。 『ずっと前に、俺は裏切られて痛い目にあっているのかもしれない......................』
二人はもときた道にとって返すことにした。 この空き地が敵の狩場であると同時に、身を隠す場所などどこにもないからだ。 功大は、去り際に簡単な武器をしつらえた。
自分の背丈をこえる太い枝に細工をした。 先端部に、切れ目を入れ、うさぎをさばくのに使ったナイフ状の石をはさみこんだ。 その出来具合をためすすがめつした後で、功大は満足したように何度かうなずいた。
暗闇が支配する森へ入ったとたん、下草をかき分けて走る獣の足音を耳にした。 「あいつかな?」と功大が問う。 耳をぴくつかせながら、「たぶんな。」とタロウが答える。 「こんな所で襲われたら、一巻の終わりだね。」 「それは無いな。ただ俺たちをビビらせてるだけだ。 あいつは最高の登場の仕方をするはずだ。」 「どういうこと?」 「天国から地獄へ突き落とすってことだ。まあ今に分かるさ。」
何事も無く、道に戻った時には、細い空はオレンジ色に染まっていた。 「どこで寝ようか。」 功大の声は心もとなげだ。 「道の周りしかないだろう。心配するな。お楽しみはこれからなんだからさ。」 タロウの口調は落ち着いている。 「俺の耳や鼻は、コーダイよりも効く。今のところ敵の気配は感じられないよ。」 コーダイは不安を紛らわすように辺りを見回す。 そして、タロウの目を覗き込んだ。 そこには、もとの感情を宿さないガラス球に似た瞳があるだけだった。
二人は、森の下草を集め、道端に寝床をしつらえた。 コーダイはすぐに眠りに落ちていった。 タロウは五感のスイッチをいれっぱなしで、そっと目を閉じた。
森の暗闇では、一対の瞳が緑色に輝いていた。
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