市浦春風、齢十七にしてこの世を去ったと聞いたのは、わたくしの大学合格が決まったまさにその日のことであった。 他殺であったと言う。 春風が人に憎悪の念を抱くことがあっても別段おかしなところはない。しかし、恨まれる、となると全く別の話になる。春風には人から恨みを買うような要素がまるでない。あるはずがない。 春風は中学卒業後、進学していない。かといって就職したわけでもない。恐らくは家事手伝いということになるのだろうが、定かではない。 春風の経緯を例え話に置き換えるならば、有名な女優が人気絶頂の最中に失踪した、これが一番春風に近いような気がする。 よって、人との接触がなかった春風が人に恨まれることはないはずであった。 それでは中学校までに春風と関わった人間の所業ではないか、という線だがこれもまたありえない。なぜなら春風の両親は、春風が六歳のときに離婚しており、故にいじめの対象にもならず、皆一同、春風を悲劇の少女として扱っていたからだ。その容姿の美しさから男の注目を集めていたようだが、清楚で淑やかな雰囲気が春風をどこか遠い存在のように感じさせていた。近寄る男は皆無だった。よって、女子から顰蹙を買うようなこともなかった。 と知った風な口をたたいてみたものの、実のところ全て、後に人伝に知ったことである。 春風の葬儀には皆どのような思いで出席するのかとわたくしは、真に礼儀知らずこの上ないことではあるが、少し楽しみにしていた。だから、中学時代に春風と同じクラスだっただけの関係でしかなかったわたくしは、皆の顔色を見るためだけに葬儀に参列した。 しかし春風の葬儀は、わたくしの失礼極まりない期待とは裏腹に、真に遺憾に思われる結果が待ち受けていた。 少なくとも、わたくしが見知っている人間は見当たらなかったのだ。それどころか、葬儀に参加している人すら疎らで、春風及び市浦家の人々の人間関係の希薄さが露呈していた。同じ場所を行ったり来たりし、誰かが来るのではないかと少々待っていたのだが、結局、一時間程待っても知るものはとうとうやって来なかった。 わたくしは本来の目的を諦め、帰宅することにする。 春風の死はお悔やみ申し上げるが、気持ちだけで十分だろうとお焼香はすませずに帰路につこうとした、その時だった。 やはり、気持ちのみではなく形も大事だったのであろうか。わたくしの幻覚でなければ目の前、十メートル程先に立っているのは、わたくしの記憶する市浦春風その人である。 わたくしは市浦春風を遠目でしか見たことがない。中学生当時の春風しか知らないのに、そのような記憶が当てになるものか。言われても仕方のないことだ。しかし、あの端整な容姿、感情を出さない顔は市浦春風にしか作り出せない。故に目の前にいるのは春風以外、わたくしには思いつかない。 特に物の怪やら幽霊を信じることのないぼくではあるが実際目の前にいるものの存在が異常なものであるから自然とその場を去る本能が働く。そう、ぼくの意思ではない。これは本能だ。生きるための自己防衛機能なのだ。 無我夢中で走ったわたくしは、気がつくと実家の前にいた。玄関の明かりが妙にわたくしを安堵させる。呼吸を整えながら、玄関のドアを開け、そこにいたのは市浦春風…といったオチなどもちろんない。霊であることが他人の家に勝手に入るのを許される理由にはならない。 ただいま、と言うといつもより上機嫌の母が出迎えてくれる。 現役で国立大学に合格できたのだから母の歓喜もわかる。ただし、付き合いきれるものではないが。 喜ぶ母を落ち着かせ、部屋に戻ると当然のおようにいつもと同じような家具やや小物やらが配置されている。けれども、物の配置というのはわたくしの意思でいつでも変えることができる。 しかし、春風の部屋の物は恐らく二度と配置が変わることはない。死んでしまった当時の形を残しておきたいというのが遺族の気持ちなのだろう。 わたくしは先程見た春風が怨霊などではなく、またわたくしの人生に何らの障害とならないことを、自分勝手と自覚しながらも切に願った。
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