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作品名:終焉の先 作者:TAK

第9回   01-9 変化(前編)
暖かな春の後の雨季も過ぎ、萌えるような青葉の季節になった。
太陽は強い日差しを大地に落とし、茶色だった畑は鮮やかな緑に染まっている。

ヒロオミの怪我は、充分に回復していた。
日常生活に困らないことはもちろん、最近では棒を片手に子供たちに剣を教えることもある。元々明るく竹を割ったような性格だからか子供にすっかりと懐かれて、村で出会うと「教会の兵隊さん」「お兄ちゃん」と、囲まれて遊び相手を求められることも多い。
怪我がなおってしばらくすると、午後の一般礼拝の時間帯は、鍛冶屋に頼み込んで出入りを始めた。鍛冶屋の親父は頑固者という評判だったが、何故かヒロオミとは意気投合したらしく、夜の酒まで付き合ったりもした。鍛冶屋で肩のリハビリ代わりに農具や日用品の修理を手伝ったりしているうちに、村人ともすっかり打ち解けてしまい、すっかり「村の人」になっている。

レジェは、そんなヒロオミの日常を、喜びの気持ちで受け入れていた。
本当はヒロオミは故郷に帰らなくてはならないのかもしれないが、できればこのまま、ずっと村で生活を続けて欲しいとも願っている。ここには剣を握った時のような、刺激に満ちた生活は欠片もないのは知っているけれど、ヒロオミの穏やかな顔を見ていると、戻らずにいて欲しいと願わずにはいられない。

ヒロオミは相変わらず、レジェの手伝いもよくしていた。
午後に鍛冶屋にでかけ、時々は子供の相手をするという毎日の日課、それに夜に時々酒に誘われるという用事以外は、極力教会で過ごすようにしている。穏やかで、単調な繰り返しが続く、何もない生活。
レジェは心から幸せを感じている。

やがて畑の緑が黄金色に変わりつつある頃、そんな生活に静かに変化が訪れた。

「ただいま〜。」
「おかえりなさ…それは?」
夕食の支度をしていたレジェが振り返ると、ヒロオミがいつも通りの姿で立っていた。運び込まれた時に比べたら、元気になったこと、肌の色が少し焼けたのと、表情が穏やかになったこと以外は何も変わらない。しかし、その手には、長い棒が握られている。
「ん、これね、鍛冶屋の火を借りて、ずっと作ってたんだよ。」
ヒロオミは、レジェにその棒を見せた。
随分と細身だけれど、剣だ。
ひと目見てレジェはわかったけれど、思考が少しだけ拒否をした。
「…。」
「3本くらい作ったんだけど、これが一番できがよかったんだ。」
「そ、そうですか…。」
「レジェ、その、フライパン。焦げてない?」
「あっ」
振り返る。料理に予定よりも大幅に焦げ目がついている。
「らしくないなぁ。」
「私だってたまには失敗くらいします。」
笑ってからかうヒロオミに、無理矢理口調を合わせてまぜっかえす。ヒロオミは笑って、居間のテーブルに剣を立てかけて、夕食の仕度の手伝いをする。

夕食は予定よりも1品少なくなってしまった。
いつも通り、2人で向かい合って食事を始めたが、レジェは味がほとんどわからなかった。砂を噛むような気分で、無理に笑顔を作って、会話だけはなんとか続ける。
「…で、あの親父さん、本当に面白いんだよ。冗談なんか言わないって思ってたのに。」
「そうなんですか」
「びっくりしたね。思わず顔に出したら、親父さんすごい勢いで怒ってさ。」
ヒロオミの様子はいつもと変わらない、いや、いつもよりもむしろ、表情が明るい。多分剣が仕上がったからだろうか、口数が少し多いくらいだ。
「…レジェ?どこか悪いのか?」
何時の間にか、手が止まっていた。
ヒロオミが心配そうな顔をしている。ずっと見てたはずなのに、気がつく。
「え?いえ。なんでも。」
「そうか?なんだか、表情が暗い。悩み事でもあるのか?」
「いえ、本当に。少し相談が多かったからかも。」
慌てて取り繕うように、グラスに口をつける。
「そっか、相談多かったのか…」
ヒロオミが頭を掻く。
「じゃぁ、俺も今日、少し聞いて欲しいことがあったんだけど、明日にしようかなぁ…。」
「え…。」
レジェは、思わず置きかけたグラスを手から落としそうになる。慌てて握りなおして、テーブルに置く。
「話、ですか?」
「うん、まぁ、その、今日じゃなくてもいいんだけど…。」
ヒロオミの背後には、居間に続くドアがある。開いていて、テーブルに立てかけた剣が見える。相談?レジェは頭の中で呟いて、その内容を無意識に考えかける。慌てて、ふっと浮かんだ考えを否定する。
「えっと…長く、なりそうですか?」
「えっ」
ヒロオミは慌てた表情をする。
「いや、わからない、俺はそんなに長くしないつもりだけど…。」
「そうですか…。」
聞きたくないな。レジェは心で呟く。
聞きたくない、そういったら、ヒロオミはどう反応するのだろう。きっとヒロオミのことだから、話すのをやめてしまうかもしれない。そうしたら、今と変わらない生活が、明日も来るのだ。
「…。」
「や、やっぱり明日にしようかな?」
ヒロオミが、少し心配そうにレジェに言う。
「あ、いえ…。」
馬鹿なことを考えた。
そんなことで本当に変わらないと思うのか。変わってしまうに決まっている。レジェは、自分の愚かな考えを心で打ち消す。でも、心の底に、嫌だと思う気持ちがこびりついてしまう。
「ん、やっぱり明日にする。明日の夜、時間もらえるかな?」
「いえ、…大事なことですよね?」
「えっ」
ヒロオミが、また慌てた表情をする。
「う、うん…。」
「じゃぁ、聞きます。寝る前でもいいですか?」
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫です、多分…。あ、いえ。大丈夫。」
ヒロオミが、迷いを表情に出している。だめにきまってる、明日に伸ばしたって何も変わらない。いつまでも逃げ続けることなんてできないのだから。レジェは自分に言い聞かせる。

2人はそれから、どちらともなく、大人しくなってしまった。
初めてと言ってもいいくらいの静かな食卓。
レジェは、最早ヒロオミを気遣う余裕もなく、砂のような味の食事を、黙々ととった。



のろのろと皿を洗う。ヒロオミがいつもの通り手伝ってくれているが、ちらちらとレジェを見る視線を感じる。確かに自分でも「いつもと違う」と感じているけれど、取り繕うことすらできない。
片づけが終わると、レジェはいつものようにお茶を2人分いれて、居間にいるヒロオミに渡し、本を開いた。ヒロオミは何も話し掛けてこないし、剣を抜き放って刃の様子を見ている。

その剣は、とても変わった剣だ。
レジェはおおよそ見たことがない。普通の剣といえば、もっと幅広でまっすぐで両方に刃がついていて、重そうなイメージがあるが、ヒロオミの剣はとても細くて、波打つような綺麗な刃が、片方だけについている。そして、普通の剣よりも長く、緩やかにカーブしている。
いつものレジェなら、その剣がいったいどういうものなのかヒロオミに質問をするに違いないし、ヒロオミだってその質問をされることくらい、予想がついているだろう。視線は刃に向けられているけれど、注意は自分の方を向いている、とレジェはひしひしと感じていた。
けれどもレジェは黙って本に視線を落としつづける。今、目を合わせても、とても笑顔で会話ができる自信がなかったからだ。
いつもと全く違う、重い沈黙の時間の中で、2人のカップのお茶が空っぽになるころ、レジェは立ち上がった。「お風呂にいってきます。」短く告げて、本を閉じてテーブルに置き、空になった2人のカップを手に取り部屋を出る。
「おう。」ヒロオミも、短く答えた。そっけないけれど、雰囲気は全く「そっけない」から程遠い。

いつもよりも、随分と時間をかけて、レジェは寝る仕度を整えた。
考えても、考えても結論はでなかった。
単純なことなのだ。レジェはそれでも考える。ヒロオミに言えばいい。ここでずっと暮らして欲しいと。ヒロオミは何て言うだろうか。戻りたい。そう言われたら、多分それ以上レジェは何も言えない。諦めるしかない。わかったよ。そういったら、レジェは納得するだろうか。するわけがない。戻りたいと言ったヒロオミを、引き止めたことに、多分心の中でずっと後悔をするのだ。いつか、ヒロオミが戻るのを諦めたことを、後悔してしまう日が来ることだってあるだろう。
結局、自分が諦めるしかないのだろうか。
あんなに幸せそうなヒロオミが、再びあの綺麗な剣を握って血の匂いの世界に戻ってしまうことを、自分は諦めて、納得ができるのだろうか。
「あぁ…。」
レジェは、洗いざらしの髪を拭きながら、ため息を声に出した。
結局。
レジェの心の隙間に、本当の気持ちが現れる。
結局、自分が嘘をついているのだ。ヒロオミが穏やかで幸せそうだからここに居て欲しい。そうやって大義名分を自分にかざしているけれど、それは半分くらい嘘なのだ。嘘で覆い隠している本当の気持ちは、自分のため。迷い続けているレジェに、明快に言葉をくれるヒロオミを失うのが嫌なのだ。

ぽたり、と拭き損ねた水滴が、髪から落ちた。
それは床に落ちて、黒い染みを作った。


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