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作品名:終焉の先 作者:TAK

第72回   10-6 ハルの神話(中編)
世界には、その秩序を守り、流れる時を見張る女神が居ました。

番人と呼ばれているその女神は、老いず、また死ぬこともなく、永い永い時間、じっと世界を見張っていなくてはなりませんでした。
世界の中には人間という種族がいて、彼らは番人の存在を知っていました。人間は、彼らの住むべき世界を守る番人に対して感謝の心を持っていたし、また番人もそれを知っていたので、番人にとって人間という存在は、その孤独な時間を過ごすための唯一、心を救う存在でもあったのです。

しかし、番人はいつも寂しいと思っていました。
なぜなら、自分だけが時間の外側にいて、すべてのものは番人よりも早く世界からいなくなってしまうからです。
人間も、また。

永い時の中で、どれ程の慰めの言葉をかけられたとしても、番人はいつも孤独でした。それでも、自分より後に生まれ、自分よりも先に消えてしまうものたちのために、番人は黙って世界を見張り続けていました。
しかし、本当に永い時間が過ぎて、番人はますます孤独になっていきました。なぜなら、あまりにも時間が過ぎてしまったため、人間はだんだんと番人のことを忘れてしまったのです。唯一の慰めだった、人間からの感謝の心は、消えていきます。人が死ぬごとに自分の救いが消えていくのを見ながら、番人は嘆きました。

本当に永遠のものはない、想いさえ、消えてしまう。

それでも番人は見張りを続けました。
なぜならそれ以外に何をしてよいかわからなかったのです。
老いることのない自分が、他にできることが何も思いつかなかったからなのです。


ある日、番人は世界に降り立ちました。
世界は人で溢れ返っていました。しかし、誰も番人を知っていませんでした。
世界の中から世界を見渡しながら、番人は寂しい気持ちでじっとしていました。

その番人に、心の綺麗な1人の少年が、声をかけました。

自分を知りはしないけれど、声をかけてくれたことが、番人にはとてもうれしく思えました。
最早、人は自分を見ることはできなくなっていました。存在すら忘れ去られてしまっていたからです。
番人は、今まで感じていた寂しさを補って余りあるほどに喜び、少年と会話をしました。

それからの番人は、少年と過ごす時間を慰めとするようになりました。

最初、少年は何もわかりませんでした。
寂しそうにしている番人を見て、その寂しい気持ちを感じ取っただけだったのです。
しかし、少年にとっては長い時間、番人と過ごすことで、やがて少年は色々なことを知るようになりました。老いることのない番人が、どうして孤独に時を過ごしているのか。そして、その孤独はどれ程のものなのか。すべてではないものの、すっかり理解できるようになった頃には、少年は既に立派な青年になっていました。

番人は、すがるような思いでいました。
少年が成長して、青年になり、そしてきっと年をとって、やはり自分より先にいなくなる。そのことは充分に知っていたし、何度も見てきたにも関わらず、それでも番人にとっては、いまや少年は唯一の救いでした。

やがて、2人はお互いに恋に落ちました。

番人にとって、永い時間の中で、初めての心の安らぎでした。
しかし、番人には解っていました。
自分は長い、いつ終わるとも知れない命を持っている。一方で、青年は短い命しか持っていない。それでも、青年にとっては長い命であり、その全てを自分のために費やすことはさせてはいけないのだと。

番人は言いました。
私は置いていかれる寂しさを知っている。それはとても悲しい。
置いていかなくてはいけない寂しさも、きっと同じくらい悲しいに違いない。
同じくらいの命を持つものが、きっと、お互いに一緒にいるのに相応しいと思う。

青年はそれを聞いて、悲しそうな顔になりました。
自分は、短い命しか持っていない。
永い間、独りでいなくてはいけない孤独は、どれ程のものかと思う。
それに比べれば、自分が感じている寂しさなど、とるに足らないものだ。

第一、自分はあなたを愛している。

あなたが寂しいのであれば、例え命が尽きたとしても、自分は傍にいようと思う。
何度でも、短い命を得て、そして費やして、あなたの傍に居たいと思う。


番人は、自分よりも背丈は大きくなった青年に、涙を流して感謝をしました。
それほどの、孤独を埋める言葉をもらったことがない。
気がついたら、自分はもう番人で居なくてはいけなかった。
ずっと世界を見ながら、永い命の終わりを望み続けていかなくてはいけなかった。
なのに、今、初めて。
生きていて、嬉しいと思えた。


それから、短い命の限りを見つめながらも、青年と番人は共に過ごすようになりました。
その時間は番人にとっては幸福に満ちたものでした。
青年にとっては長い、番人にとってはほんの一瞬の時間、2人はお互いをとても大切にしました。


しかし、突然、ある日突然、青年の命が尽きてしまいました。
空から1滴、雨粒が落ちてくるよりも短く感じる程の時間しか、番人にとっての幸福は続かなかったのです。


その突然の終わりは、番人に深い深い嘆きをもたらしました。
あまりの悲しみに、番人は番人であることを放棄してしまいました。
ほんの一瞬を望んだだけなのに、その一瞬すら満たすことなく、未来永劫失われてしまった時間を、深く深く嘆き悲しみ、そして途方に暮れて、番人は世界を見ることも、そして守ることもやめてしまったのです。

世界は、あっという間に壊れ始めました。
永らく番人の存在など忘れていた人々は、突然の世界の崩壊に恐れおののきました。
人々は逃げ惑い、叫び、苦しみ、恐れ、そしてその命を消していきます。
それでも、番人は世界を見ようとはしませんでした。
なぜなら、そこには失われた幸福の欠片があったからです。


番人たる女神の様子に、他の神々は驚きました。
そして、その事情を知り、命の尽きてしまった青年を探すことにしました。
ともかく、世界がなくなってしまっては、青年は再びあなたの前に現れることもできないだろう。
神は口々に女神に言いました。
泣き続けていた女神は、その言葉でようやく、幸福の欠片が突き刺さる世界を再び見張り始めたのです。


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