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作品名:終焉の先 作者:TAK

第71回   10-6 ハルの神話(前編)
結局、ヒロオミの体調が戻ったのは2日後のことだった。
とりあえず手がかりらしきものもないので、2人はエザリムの教会を訪ねることにした。
あの男の夢は、あれから見ていない。毎晩出てくるのではと思うと、レジェは内心眠ることに恐れを感じていたが、幸いと昨晩は夢を見なかった。

「なんか無駄に緊張するなぁ」
「何故ですか?」
「いや、だってさ」

大通りを歩きながら、ヒロオミとレジェは雑談をしている。
公園に火事の爪痕は残っているものの、人々の生活は普段通りになっている。街に来た時と違うことといえば、火事の後始末のためか、自警団とおぼしき兵士たちが荷物を台車に載せて往来する人の間を走り回っていることくらいだろうか。昼下がりの時間、大通りには露店がひしめきあうように立ち並び、威勢のよい声があちこちから聞こえてきて、とても活気に溢れている。
2人は、大通りをのんびりと歩く。教会の場所は宿屋の亭主に聞いてきた。言われた通りに大通りを歩いていき、中央広場に入ったところで進路を西から南へと変える。東西に走る大通りよりは細めの通りを歩いていくと、やがて尖塔が視界に入ってくる。
「あれですね。」
「ううむ、レジェは緊張しないのか?」
相変わらず、ヒロオミはほんの少し固い表情で歩いている。
「神は違っても、同じ教会ですよ?緊張する方が不思議です。大教会だって普通だったじゃないですか。」
「そりゃ、レジェがいたからさ。」
「今だっていますけれど。」
「いやでもレジェも知らない教会だと思うとさ…。」
「確かに知らないですけど、普通です。街の人たちがお祈りする、普通の教会ですよ。」
「むぅ」
雑談をしているうちに、やがて目の前に割と大きな教会が見えてきた。
屋根の上には石像が置かれている。両手を広げた女性の像だ。
「あれはエザリム?」
「そうですね。」
「なんか実物に似てるような、似てないような…」
「実物を見て作るわけじゃないですからね。」
レジェが苦笑する。そりゃそうか、とヒロオミはつぶやく。

昼下がりの礼拝の時間帯なのか、ドアは開いている。
街の人らしき姿が、ちらほらと出入りしている。
「さ、入りましょう。」
「うむ…」
レジェに促されて、街の人に混じって2人も教会へと入る。
礼拝堂は、外から見た感じよりはかなりこじんまりとしていた。ステンドグラスからの明かり、それと祭壇に置かれた蝋燭の灯りだけなので、少し薄暗い。祭壇では神官が祈りを捧げている。その後背に並べられた木製の長椅子に、街の人たちが自由に座って黙って祈っている。
レジェは周囲に気を使うように、小声でヒロオミに囁きかける。
「座りましょう。」
「い、いいのかな。」
「いいです。」
後方の適当な長椅子に2人で並んで座る。祭壇の奥には、屋根にあったのと似たような女神のレリーフが壁一面に彫り込まれている。レジェが祈りの姿勢をとったので、ヒロオミもみようみまねで同じ姿勢になる。
「何を言ってるのかわかるのか?」
「同じ言葉です。」
「へぇ…。」
2人で目を閉じて、小さな声で会話をする。

15分も経つと、神官が静かに祈りを終えり、後ろを振り返った。小柄な初老に見える人で、人のよさそうな顔立ちである。なんとなく、神官らしい神官だなとヒロオミは思う。ローブは薄い青色で、形はレジェが着ていたのと大差がないように見える。神官は部屋を見渡して、ちらりと自分たちに視線を留めたように思えるが、穏やかな表情のままで祈りを与える動作を取った。
「皆様に、光の神のご加護がありますように…。」
周囲の人たちが頭を軽く下げたので、ヒロオミも慌てて頭を下げる。やがて、街の人たちは席を立ち始める。レジェは座ったままなので、ヒロオミもそのまま座り続ける。
やがて、街の人たちがあらかた礼拝堂を出て行き、神官も見送るように立っていたが、こちらへ歩いてきた。
「これは、ようこそお越しくださいました。」
ヒロオミが見守っていると、神官はにこやかな笑顔で語りかけてきた。レジェは会釈をする。
「不躾ですが、一緒に祈らせていただきました。」
「歓迎いたしますよ。」
神官は優しい微笑みを浮かべる。
「時と光を統べる女神のご加護が、あなた方にありますように。」
レジェが立ち上がり、祈りの姿勢をとる。
「春と豊穣の女神の祝福がありますように。実は、お願いしたいことがあって参りました。」
「お役に立てることでしたら。どうぞ、ご案内します。」
神官が祭壇横の扉を指し示す。レジェは笑顔で会釈をする。ヒロオミも、今更立ち上がって会釈をする。


「な、な、まさか知り合いなの?」
「まさか。」
応接室に通されて、神官がしばらく部屋を出て行っている間、ヒロオミは何故か小声でレジェに聞く。
「服を見れば、お互いにだいたいわかるものですよ。」
「そ、そうか…。」
「とりあえず、文献を見せていただければいいと思いますが」
「文献?」
「うん。”ハル”を知りたくはないですか?」
「あぁ…。」
そういえば、以前レジェは「エザリムの教会ならもう少し詳しいことがわかる」といっていたな、とヒロオミは思い出す。
「でも、簡単に見せてもらえるものなのかな?」
「少なくとも、ここに置いてあるものなら、恐らく。」
「ふむ。」
カチャ、とドアが開いた。神官の手には、お茶がのせられたトレイがある。
「お待たせいたしました。お茶をどうぞ。」
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
神官は、丁寧に2人の前にカップを並べていく。最後に自分の分をテーブルに置いて、それから椅子に座った。
「本日は、ようこそお越しくださいました。お話をお伺いします。」
本当に神官らしい神官だなぁ、とヒロオミは思う。いつもニコニコとしているイメージだ。レジェは笑顔で神官を見ながら、ストレートに話題をきりだす。」
「実は、”ハル”のことについて知りたいと思って、ここに参りました。」
「ハルですか?」
神官はさして驚くでもなく、聞き返してきた。レジェは頷く。
「はい。残念ながら、ミーゼリアの教会には、主たる神の探す”ハル”について、詳しい資料はないのです。不躾ながら、勉強をさせていただきたいと思い、お願いをさせていただきました。」
「なるほど。確かに、ハルについてはこちらが詳しいですね。」
神官はにこりと笑った。
「申し訳ありませんが、書庫に直接お通しすることはできませんので、こちらに心当たる文献を何冊か運ばせます。それでもよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます。」
「なにぶん、お通しするには埃が多い場所でして。文献は充分に運ばせますので、しばらくお待ちくださいね。」
神官は再び立ち上がり、部屋を出て行く。
「あっさりと見せてもらえるんだな。」
「恐らくは、誰でも望めば見せてもらえる文献だと思いますが、それでもミーゼリアの教会よりは資料が豊富だと思います。」
レジェとヒロオミは大人しくお茶を飲みながら待つ。しばらくすると、神官が戻ってくる。
「お待たせいたしました。今、指示を出して本を用意させています。もうしばらくお待ちいただきけますか?」
「お手数をおかけいたします。」
レジェが会釈をすると、神官はまた優しい微笑みを浮かべる。
「いえいえ。お若いというのに、熱心に学ばれるのは、失礼ですが感心していますよ。」
「まだまだ知らないことばかりです。」
「お見せする文献は、古代語のものも何冊かあります。多少読みにくいとも思いますので、よろしければ、私から少し説明をさせていただきますが」
「お願いできますか?」
「はい、では本が届くまで、どうぞ楽にお聞きください。」
神官が頷いて、ヒロオミを見る。
「少し教会の言葉も入ります、もしもわからない言葉があれば、遠慮なくお聞きくださいね。」
「ありがとうございます。」
ヒロオミも頭を下げる。
「では、私どもの経典の話から…。」

神官はが語り始める。2人は、真剣に耳を傾ける。


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