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作品名:終焉の先 作者:TAK

第70回   10-5 夢
あの男だ、とレジェは思った。
炎の中で意味不明なことを叫びつづけていた、あの男。

「あの犯罪者どもが神だなんて、人類を小馬鹿にしてるんだよ。」
両手を広げて、人を馬鹿にするようなにやけた顔をしながら、男は言っている。
レジェは立ち去ろうと思うが、体が動く気がしない。
「わかるだろ?お前は僕の言葉を聞いてしまったのさ。」
男は人差し指を立てた。
「あの廃人が逃げ惑うように、お前も一生僕の言葉を聞き続けることになる。そうなるようにしたんだからね。」


目が覚めた。

背中と首の後ろに嫌な汗を掻いている。レジェは顔を上げる。
何時の間にか、ヒロオミの傍で眠ってしまっていたらしい。外はもう夜の闇の色ではないが、雨が降り続いていて明るくなっても晴れそうな気配はない。ヒロオミは穏やかな寝息を立てている。

何の夢だったかな、とレジェは考えた。
何かとても嫌な夢だったような気がするが、忘れてしまっている。
少し頭を振った。寒い中、ガウンだけで寝ていたので自分も風邪を引いてしまいそうだ。
「ん…レジェ…」
衣擦れの音を立ててしまったからか、ヒロオミがゆっくりと目を開く。
「あぁ、ごめんなさい、起こしてしまいましたね。」
「…ずっと居てくれたのか?寒いだろう…」
「少し眠ってしまっていたようです。」
「だいぶ楽になった。ありがとう。」
「いいえ。」
ヒロオミがそっと腕を伸ばして、レジェの頬に触った。
「冷たいな」
「ヒロオミの手はまだ少し熱いくらいですね。」
「寝てたからだよ。おいで。」
ヒロオミがシーツを上げて空間を作る。半分寝ぼけた状態で、レジェはごそごそと布団に潜り込む。
「…風邪うつすかな」
「大丈夫ですよ…」


またあの男だ。
「僕はね、あいつらに全てを奪われたのさ。」
腕を組んでいる。にやけた顔で、本気なのかどうなのかわからない、おどけたしゃべり方をしている。
レジェは何故か、その話を黙って聞くしかないとわかっている。
「だからあいつらに復讐をするんだ。ずっと探しつづけてた。世界を壊す壁をね。」

そういえば、とレジェは考える。

昨日の夕方に出会った、あの酔った男が言っていた。
自分は何年も逃げている。世界を破滅させようとしている男から。
この壊れたようにしか思えない男が、そうなのではないか?
この男は誰に復讐したいのだろう。「あいつら」って誰なのだろう。


「うなされてるぞ」
不意に意識が戻る。いつの間に眠ってしまったのか。
また背中にうっすらと汗を掻いているような気がする。嫌な夢だった。誰かが何かを言っていた。
「悪い夢でも見たのか?」
ヒロオミが目を閉じたままで静かに聞いてきた。
「…そうみたいです。ヒロオミの眠るのを邪魔してますね、自分のベッドに戻ろうかな」
「馬鹿言うな。」
ヒロオミはレジェの頭の下に腕を通す。腕枕の姿勢になって、少し熱い体温が耳元に伝わってくる。
「邪魔なんてことはない。」
「…ありがとう。」
ヒロオミは鼻をすすった。
「看病してもらったんだから。当たり前だ。」
耳の下から、ヒロオミの脈の音が聞こえてくる。温かいなと思いながら、レジェは再び目を閉じる。


「あの女を捜しているんだろう?」
男は得意そうに言ってのける。
「あの女は、今のんきに地上を歩いているよ。僕の復讐を手伝ってくれるなら、手伝ってもいい。」
男はじっとこちらを見ている。相変わらず、冗談か本気かわからない表情だ。
「あぁそうだ。しゃべることができないんだよね。僕がそうしてるんだから。」
その表情が目に焼き付いてしまいそうだ。レジェは顔をしかめる。
「いいよ、しゃべるといいさ。」
男が指をパチンと鳴らす。その途端、何か重苦しいものが少しだけ軽くなったような気がした。今まで重荷を感じていなかったので、その感覚が予想外で気分が悪い。
「僕は世界の壁を壊す。ただ、あの女は優秀だからね。あっという間になおしてしまう。だから上手くいかないんだよ。」
「世界の壁?」
掠れたような声が出た。男がにやりと笑う。
「僕たちを閉じ込めている牢獄さ。」
「牢獄?どこにそんなものが?」
「お前の周りにだよ。」
男はこともなげに言い放つ。
「だいたい、”あいつら”って誰なんですか?」
「まだわからないのか?」
男は呆れ顔になる。腕を組んで、表情をそのままに、まくし立てる。
「エザリムだ。フィランゼだ。ダルセだ。ミーゼリアだ。ゼアノートだ。」
「神々?」
「は!神!お前ら愚か者がそう呼んでるだけだ。あいつらはただの犯罪者だ。破壊者だ。虐殺者だ。贖い尽くせない罪を背負っている愚か者だ。いいか愚か者。僕の言うことを聞け。僕は牢獄を破るんだ。何百年も意味もなく閉じ込められている、この牢獄をだ。」
レジェは何を言っていいか思いつかずに、息を飲み込む。男は人差し指を立てて、自分の目の前で空中に線を書くように鋭く振る。
「犯罪者を、破壊者を、虐殺者を、僕がだ。僕が、正義が、真実が、断罪するんだ。」
「あなたが正義だと、どうして私が信じられると思うのですか?」
「ならば真実を見せてやろう。」
男が指をもう一度振る。けたたましい、聞いたこともない騒音が遠くから波のように襲い掛かってくる。


強く抱き寄せられた。
気がつくと、ヒロオミが自分の方を向いている。自分の呼吸が荒くなっていることに気がつく。
「…。」
ヒロオミは何も言わない。ただ、両腕に力を篭めてレジェを強く強く抱きしめている。
「…あの男です。あの男が夢でしゃべってる。」
レジェは息を整えながら、掠れた声でしゃべった。ヒロオミは「そうか」とだけ応えて、レジェを包み込むように抱きしめる。
「何かが、見えていました。見たこともない、何か」
「深呼吸しろ。」
ヒロオミが静かな声で言う。レジェは、自分が息を呑んでいたことに気がつく。自分の心臓が早鐘のように打っているのを感じる。レジェは、息を吸った。口元から、ゆっくりと息を吐き出す。
「傍にいる。俺だって、大切にしたいし、大事にしたいと思ってる。」
ヒロオミが低く囁いた。レジェは心が安らいでいくのを感じる。
「うん。」
そうだ、と思い出したように心の中に浮かぶ。いつでも、傍にいるのだ。信頼できる、頼れる人が。
レジェは自分を抱きとめている腕を掴んだ。多分、夢の中でも、一緒に居てくれるはずだ。

どこかで男の笑い声が聞こえた。
レジェはヒロオミの腕を掴む手に力を篭めた。


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