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作品名:終焉の先 作者:TAK

第67回   10-2 雑談
夕食を取って部屋でのんびりしていると、寝る仕度を整えていたレジェが、思いついたようにヒロオミに言った。
「ヒロオミ、明日は特に予定がないのなら、教会に行ってみますか?」
「教会?」
「はい。この辺りはエザリムを奉る国が多いです。」
「へぇ。」
レジェは風呂上りで濡れている髪をタオルで丁寧に拭きながら話す。
「でもさ、行くのはもちろんいいけれど、レジェはミーゼリア教会だろ?大丈夫なのか?」
ヒロオミは宿屋に泊まると必ず寝る前に刀の手入れをする。今も、鞘から抜き出して、布で刃や柄をチェックしながら磨いている。宿屋で寝るのなら、だいたいは寝る直前はいつもこんな感じで2人とものんびりとしている。
「はい。別に敵対する神ではないですからね。交流もしています。」
「そうなのか…いたっ!」
レジェを見ながら刃を布で磨いていたヒロオミが、不意に椅子に座ったままで体をびくりとさせる。レジェはびっくりしてヒロオミを見る。
「うお、やっちまった…。」
「え?切ったんですか?」
レジェはタオルで髪をまとめると、ヒロオミの手元を見た。布が数センチ程、綺麗に切れていて血が滲んでいる。
「いや、大丈夫、指先をちょっと切っただけだ。」
ヒロオミはテーブルに刀を裸のまま置いて、反対側の手で布を持ち、親指の先を見ている。指の付け根に向かって一筋の血が流れている。
「結構切りました?」
「いやいや。本当に大丈夫。」
レジェは荷物から小さな瓶と清潔な布を取り出す。ヒロオミは刀を磨いていた布で指先の血を拭っている。
「あぁだめです。ちゃんと綺麗な布で拭かないと。」
「大丈夫だよ。切り傷なんかいちいち気にしてたら兵隊なんかできないって。」
「だめです。見せて。」
レジェはテーブルの上に小瓶を置いて、ヒロオミの手を掴む。
「あ〜…結構深く切れたんですね。すごい切れ味。」
「まぁそういう剣だからね。」
「ほら、布についてたゴミが傷に入ってます。」
レジェはヒロオミの親指を摘むようにして、少し血を押し出した。綺麗な切り口から血が溢れる。
「いてて…適当に乾かしてたら治るって」
「そういうことをするから跡が残るんですよ。」
レジェは何度か血を押し出す。ヒロオミは痛みに眉を寄せながら、レジェに手を預けてじっとしている。レジェは鼻先に親指を寄せてじっと見ていたが、不意に指先に口を押し当てる。
「お、おい」
「大きなゴミが出てこないんです。じっとしてて。」
指先に温かな感触を感じて、ヒロオミは慌てたように手を震わせる。レジェは傷口を吸って、手にしていた清潔なタオルで口を拭うのを何度か繰り返し、それからタオルの綺麗な部分で指先を拭いた。
「出ました。本当にだめですよ。」
「ううむ…。」
綺麗だったタオルは、ヒロオミの血で一部分を赤く染めている。レジェはタオルをテーブルに置いて、小瓶からトロリとした薬を掬い取り、怪我に擦り込むように塗りつけた。
「血止めです。」
「う、うむ。」
今度は指先がひんやりとした感触を覚える。怪我で熱い感じがしていたので心地よい。
「しばらくは心臓より上に上げておいてくださいね。」
「おう、うん」
レジェはにこりと笑って、手際良く小瓶を片付ける。さらに荷物から綺麗で薄手の布を取り出して、ヒロオミの指先に巻きつける。
「刀、血がついたままではまずいですよね?」
「う、うむ。」
「軽く拭いておきます、ちゃんとした手入れは明日でも?」
「う、うん。」
ヒロオミは大人しく、怪我をした手を顔の横あたりに上げている。レジェは刀の血がついた部分を慎重にふき取って、ヒロオミの足元に立てかけてあった鞘を手にすると、やはり慎重に刀をしまった。
「いつもの場所に置いておきますね。」
「ああ…その、ありがとう。」
「気をつけなくちゃだめですよ。」
レジェは刀をヒロオミのベッドの傍の壁に立てかけると、にこりと笑って再び髪をタオルで拭き始める。ヒロオミは、やることがなくなってしまって、なんとなくその様子を見ながら、顔の横で親指をくいくいと動かしている。
「そんなにすぐ治るわけじゃないんですから。あまり動かさない。」
レジェは拭き終った髪に櫛を通しながら、笑ってヒロオミを諌める。

いつものようにランタンをレジェが消して、それぞれベッドに潜り込んだ。血はすっかり止まっているが、ヒロオミは僅かに指先に熱と痛みを感じてそっと息を吹きかけてみる。これくらいの小さな怪我をこんな風にきちんと手当てするのは、レジェと一緒にいるようになってからだな、とぼんやり考えながら、ごそごそと布団の中で動く。
「眠れませんか?指先は結構痛いでしょう?」
暗闇の向こうから、レジェの声が聞こえた。
「いや、これくらいの怪我で眠れないことはないさ。」
「大事にしてください。」
ヒロオミが返すと、レジェがぽつりと言った。
「ん?」
「怪我をしてはダメなんて言いませんけど。大事にしてください。」
「うん」
暗闇の向こうで、僅かに衣擦れの音がする。レジェが寝返りを打っているようだ。
「私も、自分を大事にします。だから、ヒロオミも。」
あぁ、そうか…とヒロオミは思った。傷口に感じる僅かな脈動が、指先から闇に溶けていくようだ。ベッドの中の温もりが急に心地よくなって、ヒロオミは頬までシーツを引き寄せる。
「約束ですよ?」
「わかった。」
しっかりと答えると、闇の向こうでレジェが安心して微笑んだ気がした。
ヒロオミも、なんだか安心した気分になり、そっと目を閉じる。

まぶたが閉じられるのと、その音とは同時だった。
ドン!と鈍い音が外で響き、窓がびりびりと振動する。

ヒロオミは飛び跳ねるように起き上がった。
レジェも起き上がる。ヒロオミは素早い動作で窓にかけより、窓の留め金を外して開く。
「一体何が?」
「わからん。」
ヒロオミは窓から顔を出した。昼間2人で行った公園の方角の空が、激しいオレンジ色に染まっている。
「火事か?」
「すごく大きな音がしました。」
「爆発かもしれない。」
ヒロオミは窓から顔を引っ込めて、急いで仕度をする。レジェも布団から抜け出して、仕度を始める。
開いたままの窓から、微かに焦げる匂いが漂ってきた。
ヒロオミは荷物から、厚手のマントを取り出して、レジェに1つ投げる。レジェは受け止めて、急いで羽織る。
「窓閉めてくれ。行こう。」
「はい。」
レジェが窓を閉めた。きちんと留め金を降ろす。ヒロオミがドアを開く。2人は階段を駆け下りて、外に出た。


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