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作品名:終焉の先 作者:TAK

第66回   10-1 ヴォルサラ
エタモメントから西へ20日。3つほどの宿場町を越えると、ソルグラス領ヴォルサラの町へと到着する。もともとはこの町も街道沿いの宿場町の1つだったが、大陸の北部、高原にあることから、夏には大陸中から避暑のために訪れる人たちで賑わい、やがて観光地として知られる場所となった町である。

「流石に人が多いですね〜。」
「真夏のシーズンほどではないけどな。」

ヒロオミとレジェは、人ごみに揉まれるようになりながら、大通りを歩いている。
入口に程近い宿屋を確保して馬や荷物を置いてから、2人はとりあえず町を散策することにした。宿屋の窓から見ても大通りの混雑は見て取れたが、実際に歩いてみると想像以上に大変な人ごみである。
「はぐれるんじゃないぞ。」
「子供じゃないんですから、大丈夫ですよ。」
ヒロオミがレジェの二の腕を掴む。レジェは笑顔で返す。昼下がりの過ごしやすい時間帯、道路脇には露店が建ち並び、威勢のいい声が方々から聞こえてくる。服装も肌の色も様々な人たちが集まってできている人の波は、なんとなく道を半分に分けて流れが出来上がっていて、立ち止まることもままならない。
「飯はもう少し後でもいいよな。」
「もちろんですよ。」
「じゃぁ、ちょっと歩いて公園に行こう。変わったものが見れるよ。」
「はい。」
レジェとヒロオミは、はぐれないようにお互いが注意しながら、流れに乗って歩く。ヒロオミは背が高く、人並みよりも頭1つ分飛びぬけているが、レジェは人並みなので、時々人ごみに埋もれてしまう。結局、ヒロオミがレジェの二の腕を掴んだままで、2人は歩き続け、20分も歩いて大通りから街の北側へと細い通りに入る。
「こっちだ。」
「ふ〜。歩くだけで大変でしたね。」
ようやく雑踏から抜け出して、レジェはひとつ伸びをした。ヒロオミが笑いだけで答えて、さらに2人は歩いていく。
「雑踏を抜けると、やっぱり少し肌寒いくらいですね。」
「冬になるとすっかり雪に埋まってしまうからな。」
建物は石造りだが、どれも屋根が尖っている。恐らくは雪を積もらせないためなのかな、とレジェはきょろきょろしながら歩く。ヒロオミは、レジェのペースに合わせてゆっくりと歩いている。
「ほら、あれが公園だよ。」
細い路地の先に、緑が見える。入り口付近には屋台が出ていて、また少し人の集まりができている。
「散策道があってね、のんびりできる。」
「いいですね。」
入口に着くと、ヒロオミは屋台の1つに足を向けた。レジェも後ろをついていく。ヒロオミはポケットから小銭を出して、屋台の店主から2つ、細長い瓶を受け取ってきた。透明な細長い形の小瓶で、中に入っているのは赤いジュース。
「それは?」
「この辺りだけで取れる果物でね。ベリーの仲間なんだけど。それのジュース。」
「へぇ。」
ヒロオミは1つレジェに手渡す。レジェは瓶の中の液体をじっと見つめて、それから匂いをかいだ。そして、慎重に口をつける。ヒロオミはその様子を笑顔で見ながら、ジュースを半分程ゴクゴクと飲み干す。
「あ。結構酸味があるけど。おいしいですね。」
「だろ。すっぱいのが結構癖になるよ。」
一口飲んで、レジェはヒロオミに感想を述べる。ヒロオミは笑って、残りを飲み干す。レジェは何度かに分けながら、ジュースをゆっくりと飲む。やがて、飲み干すとヒロオミは瓶をレジェから受け取って、店主に返す。
「ごちそうさま。」
「うん。いこうか。」
再び、2人はのんびりと歩き始める。

見渡す限りの緑が広がる公園には、丁寧に敷かれた細い散策道が続いている。
家族連れや若い恋人たちが緑を見あげながらヒロオミたちと同じように、やはりのんびりと歩いている。遠くからは、人の声や動物の声が聞こえてくる。
「なんだか、清々しいですね。」
「だろ。」
時折、子供のはしゃぐ声が遠くから聞こえてくる。しかし不思議と、どんな音も雑音に聞こえない。木々が吸い取って、心地よく空気に溶かしているような感覚かな、とレジェは心で思う。
しばらく道に沿って黙々と歩いていると、ヒロオミが前方を指差す。
「あそこに小さな広場があるんだが」
「ええ」
レジェは上を見ていたが、振り返ってヒロオミが指し示す方を見る。
「その広場に、変わったものがあるんだ。」
「なんでしょう。」
小道を歩いていくと、やがて、レジェは緑の中に変わった色の物を見つけた。
近寄ると、だんだんと全貌が見えてくる。
「…あれは、なんなのですか?」
「さぁ。誰にもわからないんだよな。」
細い何かを編み合わせたような、真っ直ぐに天に突き刺さるように立っている塔。
広場に入って上を見上げると、先はぽきりと折れ曲がっているが、少し深いスープ皿のような形をした、しかし恐らくはとても大きな何かがいくつかつけられている。
「触って見るといいよ。」
「…錆びた鉄ですか?」
赤みを帯びているな、とレジェは思っていたが、近寄るとそれは錆びているからだということがわかる。細い鉄がいくつも組み合わされた、何のためにあるのかさっぱりとわからない塔は、緑の中で不思議な雰囲気を出しながらそびえ立っている。
「大昔の遺跡らしいよ。」
特に何も仕切りがないので、子供たちがたかっている。一応、根元には看板が四方に立てられていて、そこには少し消えかかった文字で「登らないこと」と書かれている。
「なんに使われていたのでしょうね…。」
レジェは不思議に思いながら、首を上に向けてじっと見つめる。
特に登るための階段がついている様子もなければ、中で何かができるような仕組みでもなさそうだ。
「実は、ほら、ちょっと高いところに板が張られてるだろ。あそこに文字が書いてある。」
「あれですか?…ん〜、そう言われると、何か書いてあるような。」
「多分レジェなら読めるだろ。」
ヒロオミも首を上に向けている。レジェはよく目を凝らしてみた。3メートルくらいの高さの場所だろうか。鉄製らしき板が貼り付けられていて、確かに何かが書かれている。
「ん〜…よく見えないですね。」
「よし持ち上げてやろう。」
ヒロオミは不意に振り返り、かがんでレジェの足を両腕で掴むと、肩に腰を乗せるようにしてぐいと持ち上げた。レジェは不意に視界が高くなり、思わずヒロオミの頭に手をかける。
「ちょ、ちょっとヒロオミ」
「これで見えないか?」
「危ないですよ。」
「大丈夫だって。」
レジェはヒロオミの頭を支えにしながら下を向いて話したが、ヒロオミは笑顔で上を見ている。確かに、力があるからか、ぐらついてもいない。何が書いてあるのか興味はあったので、レジェは「まったく…」と呟きながらも、おそるおそる上を見た。先ほどよりもぐっと近寄れて、文字がはっきりと見える。
「あれ。古代語なんですね。」
「ふむ。そうとは聞いてたけど、やはりそうか。教会の言葉なんだろ?」
「ええ、祈りで使う言葉です…えーと…」
レジェはじっと見る。ところどころ消えてしまったのか、全く見えない文字があるが…
「…危険。よい子は登らないこと。高い…なんだろう、ちょっとわからない言葉があります…が、流れています。」
「ははは」
レジェが口に出すと、ヒロオミは笑った。笑い声にあわせて肩が揺れる。レジェがぽんと頭を叩くと、ヒロオミは大人しくかがんで、レジェを地面に戻す。
「…あんな高い場所に貼るのは、おかしいですよね?」
ヒロオミの肩から降りて、レジェは少し憮然とした様子でヒロオミを見た。ヒロオミは立ち上がって、肩をストレッチするように体を回しながら答える。
「いやいや。もしかしたら、あれくらい平気で読める大きさだったかもしれないぞ?」
「まさか。」
「子供であのサイズか。でかかったんだなぁ」
ヒロオミは冗談混じりの口調で笑いながら上を見ている。レジェも見上げる。
「…エザリムもミーゼリアも同じ大きさだったでしょう?」
「ははは。」
レジェとヒロオミを見たからか、近くにいた子供が父親に肩車をせがんでいる。その様子を見ながら、広場を後にして散策を再開する。
「確かに、変わったものでしたね。」
「だろ。」
「世界はやはり広いですね。」
レジェは一度振り返り、木々の間からその頭をのぞかせている不思議な塔をもう一度見た。


宿へ帰る頃には、すっかり夕暮れになっていた。
細い路地には、立ち並ぶ家から色々な匂いが漂ってくる。恐らく、夕食の支度でもしているのだろう。
「なんだかおなかが空いてきました。」
「早く帰って飯にするか。」
そうはいいながら、歩くペースはのんびりとしている。
大通りに近付き、喧騒が再び風に乗って流れてくる。なんとなく歩いていると、ふと、さらに横道の、本当に薄暗い路地から声がした。
「神官様。」
レジェが立ち止まったので、ヒロオミも立ち止まる。
「どうした?」
「声がした気がするんです。」
レジェは1人がやっと通れるくらいの、細い路地を見る。
「誰かいませんか?」
「おおかた酔っ払いじゃ?」
レジェが細い路地に向かっていくので、ヒロオミは後ろをついていった。果たして、そこには酒瓶を片手に、だらしなく地面に座り込んでいる男がいた。髪はぼさぼさで、だらしなく髭を伸ばし、よれた服を纏っているが、随分風呂に入っていないのだろう、少し匂いがきつい。
「呼びましたか?」
しかしレジェは、一向に構うことなくその男の前に行くと、少しかがんだ。
ヒロオミは呼び止めようかどうしようか迷うが、とりあえず注意だけして、様子を見守る。
「あんた、神官様だろう?」
「はい、神官をしています。」
「祈ってくれ。」
男は、細い声でレジェに話しかけている。酒の匂いが息に混じっている。
「何に祈りましょう。」
レジェは不思議そうに男に聞いた。
「世界にだ。」
男はぴくりとも動かない。だらしなく座ったまま、目だけをレジェに向けている。
「世界…ですか?」
「そう、俺が見た恐怖が、世界に降りかからないように。」
レジェは興味を持ったように、男の前にかがむ。ヒロオミは立ったままで、男とレジェを見下ろしている。
「もちろん、祈りますよ。」
レジェは男に向かって笑顔で言った。男は、僅かに頭を動かして頷く。
「でも、どんな恐怖なのですか?」
「死なない男が世界を破滅させようとしている。」
「死なない男、ですか?」
「あぁ。長い間生き続けている男だ。俺はそいつから逃げて逃げて、何年も逃げているんだ。」
ヒロオミは、少しだけ前にかがんで、レジェの肩をぽんと叩いた。レジェが振り返る。しばし目で会話をするが、レジェは僅かにかぶりを振って、再び男に顔を向ける。
「わかりました。祈ります。」
レジェはローブの裾を直して、男の前に膝をついた。男は、瓶をあおるように酒を一口飲んで、だるそうに体を動かす。ほとんど寝そべるかのような姿勢を取っていたが、レジェの前に座るように、ほんの少しだけ姿勢を正す。レジェは俯き加減になって、胸の前で手を組み、目を閉じる。
ヒロオミは表情には何も出さずにじっと見つめる。男は、先ほどよりも真剣な眼差しでレジェを見ている。レジェは、ゆっくりと声を出す。
「春の女神の名において、世界が常に豊かで慈愛に満ちますように。祈ります。」
レジェは囁くように男に言って、それからはいつものように、ヒロオミが聞き取れない言葉になる。男はさらにゆっくりと姿勢をただし、片手を胸に当てた。表情から気だるさが抜けてじっと言葉に耳を傾けている。どんな朝にも、どんな夜にも欠かさない、レジェの祈りの声は、ヒロオミにはすっかりと耳馴染んだものだ。心地よい囁くような声は、しばし時間の経過を忘れて聞き入るような心にさせてくれる、とヒロオミは思っている。きっと、今、聞いている男もそう思っているのかもしれない。
やがて、レジェはゆっくりと言葉を納めた。ほんの数瞬、静かな時間が続いて、レジェが目をゆっくりと開く。
「…ありがとう。神官様。本当に祈ってくれたのはあんたが初めてだったよ。」
男は、座った姿勢のままで頭を下げた。レジェはにっこりと笑顔になる。
「いいえ。あなたにも、穏やかな時間が訪れるように。」
「…神官様。あんたにも、穏やかな時間が続くように。ありがとうな。」
男は、瓶を持つ手に力を篭めた。ヒロオミには、言わなかった男の言葉が聞こえた気がした。多分、男に平穏な時間など、二度と訪れないのかもしれない。レジェが立ち上がり、2人は黙ってその場を立ち去る。男は再び酒を煽り、まるで何もなかったかのように自らの意識の中へと戻っていく。


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