ミーゼリアは彼女の一族の中では、子供の頃から変わっていると言われていた。大人しく、またおっとりとした性格とは裏腹に、なんにでも興味を持ち、ほとんどの一族の人間が一族経営の巨大な会社で働いているのに、結局彼女は「学者」という道を選んでしまったのだ。 学者にはなったけれど、しかし彼女には例えばすばらしい成果を血道を挙げて得ようとか、歴史に名を残そうといった顕示欲的なものもなければ、人類を救おうとか助けようといった使命感のようなものはない。あくまでも、彼女は自分のために、自分が知りたいことを追求したくて、結果として学者になったというタイプだ。
色々と興味のあることは多かったけれど、彼女が選んだのは宇宙工学だ。子供の頃に見た星の瞬きに魅せられて、そこへ行って、もっと見たいと思ったのだ。それだけの動機で彼女は宇宙工学の道へと進み、そして結果として、彼女はどういうわけだか、こうして1000年も生き続けることになってしまっている。
もちろん、別に退屈はしていない。
あの「大災害」の日、ミーゼリアはエザリムという存在を知った。のんびりとしたミーゼリアでも、エザリムは明らかに「壊れている」と思えた。たった1人、愛しい人を捜したいためだけに、地上のあらゆるものを壊してしまったという事実は、ミーゼリアをも驚かせるには十分だった。 けれど、どこかエザリムと自分は似ている。 数日エザリムと過ごしてみて、徐々にミーゼリアはそう思い始めた。エザリムは決して自分のようにのんびりもしていないし、何か「したい」ということがある様子ではない。けれど、誰よりもたった1人を強く追い求め続けている。例え、他の全てを犠牲にしても厭わない強い感情。 その感情は、もしかしたら自分の中にもあるかもしれない感情だ。もしかしたら、自分の歩くかもしれなかった道の1つをエザリムが歩いている、そんな風に考えるようになってから、ミーゼリアの興味は宇宙からエザリムへと移っていった。
「あら。庭に出るなんて、どうしたの?」
ミーゼリアは毎日、庭の草木の面倒を見ることを日課にしている。研究所に居た頃から、何かしらミーゼリアは草木を育てることを習慣にしていた。なんとなく、それが自分が「ここ」にきちんと居る、という自分への確認を含めた儀式のようにも思えるのだ。 「なんとなく。」 エザリムは少し眠っていたのか、伸びをするように歩いてきた。 こうして見ると、本当にただの女性だ。快活そうな、若い女性。 「最近はどこにもいかないのね。」 ミーゼリアは本当にのんびりとした口調で、草木に水を与えながらエザリムに話しかけた。エザリムは、ミーゼリアと話をする時は、穏やかな表情になる。もちろんそれは、フィランゼやダルセが頭に角を生やして怒ったりする一方で、ミーゼリアはいつでもにこにこと穏やかにしているから、ということもあるのだろうが、何か少ない言葉の会話の中で、お互いに通じるものを感じているのかもしれない。 「どこにいるかわからないのだもの。」 「あら。」 ミーゼリアは意外そうな表情で、エザリムを見た。 「意外だったわ。」 「何が?」 「いつもは、居るところがわかるんだって思って。」 「そうじゃないわ。でも、なんだか予感はしているの。」 エザリムが苦笑いする。本当に、ミーゼリアと会話をしている時のエザリムはただのありふれた女性以外の何者でもない。茫然としていることもなく、不安が表情にでるわけでもなく。 「予感。」 ミーゼリアはつぶやいた。そうね、予感って大切な気がする。それは頼りないものだけど、何もわからない中での唯一の希望にもなるものだ。 「でも。もうすぐ終わる気がするわ。」 不意にエザリムが呟いた。ミーゼリアは水を止めて、エザリムを見た。 「終わる?」 「うん。なんだか、ふとそう思ったの。」 「予感?」 「そう、予感。」 エザリムは微笑んでいる。
ミーゼリアは世界が崩壊した時、いいようのない感情を覚えた。恐怖とか不安ではない。まるで自分がそうしてしまったかのような気分。しかし罪悪感とも違う。いつかそうなるかもしれないと、うっすらとどこかで感じていた予感が的中したような。 むしろ恐怖を覚えたのは、自分自身にだ。 自分は、衛星から送られてきたこの光景を目の当たりにして、何も感じていない。そのことを自覚した瞬間にこそ、ミーゼリアは自分自身の「異常性」を客観的に垣間見てしまった気分になった。
「終わるって、どうなるのかしら。」 「…さぁ。」 エザリムは水滴に濡れた葉を指先で撫でた。それはとても自然な行動に見える。何も語らない、静かに佇むだけの生命をつかの間、愛でるように。ミーゼリアは、その葉が、まるで世界の全てに思える。エザリムは、確かに世界を大切にしているかもしれない。けれど、指先一つでその生命全てを絶つこともできるのだ。 「…私は、世界を壊した張本人だから。」 ぽたり、と葉から水滴がこぼれ落ちた。 ミーゼリアは、じっとエザリムを見つめた。
1000年も経って、まさか今更エザリムの口からそのような言葉が出てくるとは、流石にミーゼリアは思いもしなかった。エザリムは長い間、世界を破壊したことなどまるで気にも留めていない様子で振る舞っていた。それは本当に些細なことで、エザリムが大事に思っていることに比べたら、他人の命など気にかける存在ではなかったのに違いない。
ミーゼリアは、その考え方は根本的に正しいと思っている。
人間の本能はそうなっているはずだ。ジェネノイドも、人間が創造した以上は。誰もが、自らの守りたいもののために必死なのだ。人が人を殺すという本能的な罪悪感を越えることすら厭わないくらいに。確かに、エザリムは特別な存在だ。けれど、同時に「ありふれた」存在でもある。人間の基本的な感情を忠実に表現したら、誰もがエザリムと同じなのだ。自分の一番大事なものを失ったのに、どうして他のものに構っていられるだろう。
「捜しにいく?」 不意にミーゼリアは、自分でも思いもしなかった言葉が口をついて出た。 「え?」 エザリムの、葉を撫でる指先が止まった。 「どこに行けばいいのかわからなくても。今度は私も一緒に行く。」 「…フィランゼたちが怒らないかしら。」 「そんなの今更心配するなんて、エザリムはおかしいわよ。」 ミーゼリアがまぜかえすと、エザリムは少し苦笑した。 「2人くらいなら、どこかへ移動させることはできるわよね?」 「少し自信がないわ。多分沢山は無理かも?」 「じゃぁ、その先は歩けばいいと思う。」
ミーゼリアがのんびりと言う。 エザリムは、苦笑していた表情を、穏やかな微笑みに戻す。
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