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作品名:終焉の先 作者:TAK

第63回   09-3 ダルセ
ダルセはとても楽観的な男だ。
基本的にはその場がなんとかやり過ごせればいいと思っているし、フィランゼやゼアノート、ミーゼリアは少しわからないが、少なくとも他の「神」に比べれば、エザリムのことを黙っているという事実についても大して罪の意識を持っていないし、こうして1000年も生き続けていることについても深く思い悩んでいるわけではない。
だいたい、世界が滅びようが、一向に構わないと思っている。
それでもこうして律儀に永らく「仕事」を続けているのは、単にフィランゼが好きだからだ。自分でも深く意識していたわけではないが、一緒に研究を続けていたフィランゼのことを、ダルセは気にかけていた。彼女は真面目だ。頭脳明晰で真面目だから、時折ダルセが思いもよらないことを言い始めたりする。最初はそれが気に入らないから喧嘩をしてしまうのかと思っていたが、あの日、フィランゼがそのまま死んでしまうかもしれない「実験」に取り組むと言い出した時に気がついたのだ。ダルセは、フィランゼを愛している。

本当はエザリムがどうなろうが、ダルセには知ったことではない。
フィランゼはずっと思い悩んでいるようだが、ダルセは慰める言葉を持ち合わせない。
なぜなら、同じ気持ちにはなれないからだ。
心の壊れたジェネノイドなど、もし仮に世界を再びぐしゃぐしゃにしてしまったとしても、フィランゼがもしも平気で居られるなら、ダルセには一向に構わない。むしろ、フィランゼがいつまでも我慢強くしていることが、ダルセには不思議でしょうがない。


ダルセは、今、適当な街の適当な酒場で、1人で片隅で適当に酒を呑んでいる。


とりたててエザリムが「家出」なんてことをしなければ、ダルセは暇である。
最初は酒を買って自分の部屋で呑んでいたが、ある時ふっと思い立って、酒場へと足を向けた。以来、無関係な人間の喧騒が少し気に入って、その中で1人取り残されていく気分を味わいながら酒を呑むのが好きになった。

酒場だけあって、誰もダルセには気にもとめない。出歩くようになってからもう800年くらい経っている。でも、その間に声をかけてきたのは…そう、確か6人といったところか。今日も、きっとこうして静かに酒を呑んで、そして帰るのだ。
周りの人間は、全て自分よりも先に命が尽きる者。自分は、この先どれだけ経っても、1人酒を呑み続ける。そんなことを悲観するつもりはさらさらない。むしろ、こうして「命に限りある者」を観察するのは、とても興味深く、彼らの「刹那」は快楽に近い。

「おひとりですか?」

おや?とダルセは振り向いた。
800年で、7人目。
振り向くと、そこにはなかなかの美人が居た。女性は初めてじゃないか?
ダルセはニヒルな笑いを口元に浮かべて、少しほろ酔いになりながら応えた。
「ええ。仕事の合間に1人でのんびり、といったところです。」
「そうですか。なんだか1人で楽しそうにしているので、つい声をかけてしまいました。」
美人はにこやかに笑った。しゃべり方がのんびりしていて、少しミーゼリアに似ているなと思う。そういえば雰囲気も、どことなく「ぼんやり」した感じがするし、同類なのかもしれない。まぁ、機嫌もなんだか良いし、会話をしてみてもいいかなと思う。
「あなたも1人ですか?」
「ええ。連れがいるんですが、鍛冶屋に1人ででかけて、なかなか帰ってこないものですから。」
「まぁ、どうぞ。よかったら座ってください。」
ダルセは椅子を勧めた。美人は遠慮なく、と応えて、椅子に座る。店員に声をかけて、新しいグラスとワインを追加で頼む。
「俺が楽しそうだと?」
「ええ。酒場を見渡して、何か考えていらっしゃるようだったので。」
新しいワインのボトルが運ばれてきた。ダルセは手に取って、気さくに美人に勧める。美人も気軽に新しいグラスを手にして、酒を受ける。そんなことは誰にも言われたことがなかったな、とダルセは少し興味を持って美人を見ている。
「特に何かを考えていたわけじゃないですよ。」
2人は軽くグラスを掲げあって、お互いにワインを口にした。
ダルセはニヒルだが、嫌味のない笑顔で美人に機嫌よく話をする。
「きっとどう見えるかは人それぞれだが。見てご覧なさい。」
ダルセはどこともなく、軽く手で酒場の中を示した。美人は、首を振り向かせて酒場の中をじっとみる。ダルセも、酒場の中へと視線を移す。しばらくの間、2人は無言で酒場の喧騒に耳を傾け、様子をじっと見つめた。
「…ここにいる人たちは、皆、いつか死んでいく。」
ぽつりと、ダルセが言った。
「そうですね、私も、あなたもです。」
美人は、振り返ることなく、穏やかな声で相槌を打った。
ダルセは、そうだな、自分もいつかは死ぬのかもしれないな、とぼんやりと考える。だが、何もなければ、間違いなく、いつか月日が経った時、ダルセだけが残るのだ。この酒場の中で、ただ1人。
「そうだな、俺もいつかは死ぬのだろうなぁ…。」
なんとなく口にした言葉に、美人は振り返った。
「誰でも実感が湧かないものですよね。でも、あなたの言葉は、本当に遠い日のように思えます。」
「遠いね。」
ダルセは穏やかに返した。
「とても遠い。」
「まるで、本当に遠いみたいです。」
「ま。誰でもそう思うのかもしれないけど。次の瞬間に死ぬことなんか考えてないだろうしね。」
美人は頷いて、空になったダルセのグラスにワインを注いだ。手も細くて白くて、爪の先までとても整っている。
「確かに、私も次の瞬間に死ぬことは考えてないですね。でも…」
「でも?」
ダルセは軽く会釈だけで礼を述べて、グラスに口をつける。
「でも、いつ死んでも後悔はしないでおこうとは思います。」
「後悔か。」
ダルセはじっと美人を見つめた。
美人は目に微笑を称えたままで、じっとダルセを見つめている。
明るいプラチナブロンドの長い、まっすぐな髪。明るいブラウン、ヘーゼルというのだろうか、済んだ瞳。けれど、ただか弱いという印象はない。恐らく、この美人は自分で言うように、後悔をしないために日々きちっと生きているのかもしれない。自分とは違うなぁ、とダルセは思う。
「でも、どれ程生きても、きっと死ぬ時には”まだ死にたくない”と思ったりはしないかな?」
ほろ酔いの余興的な気分で、ダルセは少し意地の悪い質問を投げてみた。美人は「おや?」という表情をして、少し首を傾げる。
「それが人間なんじゃないかと、俺は思うのだけど。」
ダルセはワインボトルを手に取り、2人のグラスに酒を注いだ。
「そうかもしれないですね。」
意外にも、美人はあっさりとダルセの意見を肯定した。
もう少し否定するのかな、と思っていたダルセは、少し肩透かしをくらった気分になる。
「…否定するかと思った。」
「否定しようと思いました。けれど、今突然死ぬことを考えたら、やはり穏やかではいられないですし…。」
美人は苦笑しながらダルセに応える。
「穏やかで居られないということは、きっと死ぬのが嫌だからですよね。」
「ははは。」
ダルセは軽く笑いながら、ワインを飲む。
なんだか楽しい気分だ。
「むしろ、私が見た感じだけですが、あなたの方が死ぬのを遠く感じてるといいながら、今死んでも後悔はしなさそうです。」
「俺か?」
ダルセは少し驚いた顔になった。まぁ、確かに今死んでも、フィランゼのことは心残りだが、特に問題がないという気もする。まぁ、それでなくては楽観的とは言わないのかもしれないな、とダルセは自分で思う。
「…なんだか、初めて人に観察されてしまった気がする。」
「ふふ、どうでしょう、私の眼はそんなにあてになるものじゃないです。」
「まぁ、俺は確かに今死んでもいいと思うかもしれないな。死なないからこそ思うのかもしれないが。」
口にして、ダルセはつい本音が出たな、と心で思う。
「確かに、今もあなたは生きてます。でもあなたが言うと、本当に死から免れているみたいに聞こえますね。」
美人は、ダルセの「死なない」を、ダルセが思ったのとは別の意味で捉えたようだ。まぁ、普通は「死なない人間」なんていないのだから、その捉え方は間違っていないな、とダルセは流す。
「ふむ。不死はやはり”死から免れる”なのかな。」
むしろ、その言葉がダルセの心に残った。
「あなたは違うと思いますか?」
また美人は「おや?」という表情をした。

「俺は、”死を得られない罰”だと思うけどな。」
ダルセは少しだけ頭の中で考えてから言葉にした。
美人はその言葉を、驚いた、という表情で受け止めた。それから笑顔をすっと消して、小首を傾けて真剣に考え込む。ダルセは笑顔のままで、ワインを飲みながら、次の言葉をじっと待つ。
もちろん、ダルセ自身は、自分がこうして生き続けていることを「罰」だなどとは一度も考えたことがなかった。けれど、特にフィランゼを見ているとそうなのかな、と思うのだ。ダルセやフィランゼが研究を続けていた「不老」は、人間にとっては「夢」だった。でも同時に、本当は「罰」でもあったのかもしれない。
「罰…。」
美人が呟いた。そう、罰。ダルセは心で繰り返す。
ダルセは酒場で雑談を楽しむほろ酔い気分のままの顔を続ける。一方で、真剣な表情になった美人は、視線をダルセから逸らしたままでずっと考えていたようだったが、やがてその視線がダルセへと戻された。
「考えたこともなかったです。死を得られない罰があるとするなら…」
美人はダルセから逸らしていた視線を戻した。真っ直ぐな瞳だなぁとダルセはぼんやり考える。

「レジェ、遅くなってごめん。」

2人は不意に声をかけられて、振り向いた。
「ヒロオミ。終わったのですか?」
「なんか鍛冶屋と雑談で盛り上がっちゃったよ。…そちらの方は?」
ダルセは声をかけた青年を見た。黒い髪に、浅黒い肌をした、若者。顔立ちは精悍だが人懐こそうだ。何より、大昔の自分を彷彿とさせるような、希望に満ちた黒い瞳が懐かしさを覚えさせる。
「1人でお酒を飲んでいらしたので、声をかけて仲良くしていただいていました。」
「お、そうか。」
青年はダルセに向かってぺこりと頭を下げた。ダルセも、軽く会釈で応える。美人は両手を開いたままあわせて、軽く手を鳴らした。にっこりと笑って、ダルセに言う。
「そうだ、よかったらご一緒に、夕食もいかがですか?」
先ほどの話から話題が逸れてしまったな、とダルセは思う。別に不愉快ではないが、少し残念だ。
「いや、俺はそろそろ出なくてはならない。すっかり夢中になってしまった。」
「それは残念です。」
ダルセはテーブルの上にワインの代金を置いて、席を立つ。
「また、会うこともあれば。先ほどの話の続きを聞かせてもらおう。」
笑顔のままでダルセは言った。
青年はなんだろう、と不思議な表情をしながら、ダルセに会釈をした。
「そうですね。でも、言いかけたことだけ言います。」
「ふむ。」
ダルセは立ち上がったままで美人を見た。美人は、先ほどと同じ、真っ直ぐな瞳でダルセを見た。
「一番罰を受けているのは、神ではありませんか?」
ダルセはにやりと笑った。実に面白い。この美人の寿命がどれだけあるかはわからないが、また会うこともあれば、話をしたいものだ。心からそう思う。
「…それは、正しいな。では、また。」
美人は会釈をした。ダルセは愉快そうな笑顔のままで、酒場を出た。


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