新しいシールドが「英雄」たちによって再構築されて5年。徐々に新しい社会が出来始め、「エリア」という「偽りの星」の中で、エザリムたちは「神」同様に崇められることになっていった。
しかし、そういう事実に全く関心を持たないエザリムはさておき、4人にはその評価に対して深い「罪悪感」を感じたのである。なぜなら、感謝されているが、エザリムがそもそも「世界を崩壊させた」張本人であり、その事実を公表しない彼らもまた、共犯のように思ったからである。 4人は相談をして、研究所の一部エリアに全ての機能を集め、そしてそこにシールドを作成してしまった。 もともと、人が近寄りがたい場所に存在していた研究所だったが、シールドを作成することにより、本当に誰も近寄れなくなってしまったのである。位相変換が施されていたため、彼らの住んでいる場所は「存在しない場所」になってしまった。
新しい社会に対して、彼らはシールドの維持を続けるとだけは伝えていたので、突然消えてしまった彼らはいよいよ「神格化」していった。
「終わったわ。」 「ご苦労様。」 エザリムがこめかみを指先で押さえながら、大きくため息をつく。 フィランゼは彼女のために、ドアを開く。 エザリムは疲れきった様子で、外に出て行く。
外部での「神格化」に対しては何も行動を起こさず、4人はひたすらシールドの維持と、そして自らの「罪滅ぼし」をすることに夢中になっていた。罪滅ぼしの方法は4人それぞれだったが、フィランゼの「罪滅ぼし」は、ジェネノイドに対してのものだった。
フィランゼは、研究所をシールドで囲うまでの5年の間、ひたすらジェネノイドに対して「老化」のDNA操作を行うための手術を行った。エザリムを目の当たりにして、その感情に直接ぶつかったことで、フィランゼは人間の「不老」というものに対する憧れに、絶望を覚えたのである。 人間は、そして人間と同じ心をもつジェネノイドは、決して長く生きて幸せになるものではない。フィランゼが自分の中で得た結論はそれだった。実際に、彼女がやっていることは生き残ったジェネノイドたちに受け入れられた。
「まだ昼過ぎだよ。もし散歩するならつきあうけど?」 フィランゼは、お茶をエザリムに勧めながら椅子に座る。既に椅子に座っているエザリムは、眉間を指先で揉み解すようにしながら、しかめ面で首を横に振る。 「いい。なんか修正が多くて疲れたわ。」 「そう。じゃぁ、少し眠る?」 「う〜ん…」 エザリムはフィランゼがいれてくれたお茶を手にして、疲れきった顔で考えている。 「ねぇ。フィランゼ。」 「なぁに?」 エザリムは手にしたカップを軽く揺すりながら、お茶の揺れる様子を見つめている。 「…どうしたの?何かあった?」 「ううん。別にシールドに問題はないと思う。」 「うん。」 珍しく、エザリムは言いよどんでいる。 フィランゼはその様子をじっと見ながら、お茶を飲んで言い出すのを待つ。 「…ねぇ。フィランゼ。」 もう一度、エザリムは繰り返した。 「なぁに?」 フィランゼも、もう一度普通に聞き返した。 「本当に…ハルは、また戻ってきてくれるのかな。」 1000年も繰り返したこの時間の中で、初めて聞かれたな、とフィランゼは思う。素直に答えるなら「NO」だ。フィランゼはロマンチストではないし、生き返ることや生まれ変わることを信じているのなら、そもそも彼女の研究は全く意味をなさない。 「どうして?」 なんて答えようか。フィランゼはとりあえず、エザリムの話を聞くことにして、エザリムに聞き返した。 「だって…。」 エザリムは呟く。フィランゼは、実は「タカハル」という人物のメモリーが存在しないかどうかを、復旧の作業の合間を縫って一生懸命に探しつづけた。せめて、心が壊れてしまったジェネノイドにも、フィランゼは救いが与えられて欲しかったのである。けれど、彼が死んでしまった日に世界は崩壊してしまったのである。もともと望みは薄かったが、彼のメモリーを見つけだすことはできなかった。 「…もう、どこにもいない気がするの。」 エザリムはぼんやりとした声で、心細そうに答える。
フィランゼに手術を求めに来た、とあるジェネノイドが、ぽつりぽつりと語ったことがある。
自分は量産型です。もう150年生きています。 フィランゼさん。 どうして、昔の人たちは長く生きたいって思ったんでしょうね。 全ての望みを叶えたいからでしょうか。 いつまでも自分の手元にあるものを手放したくなかったから? でもね。 長く生きてると、残るのは思い出ばかりです。 悪いことばかりじゃないんです。 いいことだって沢山ある。 色んな人と生きてきました。もう一度会いたい人だっています。 けれど、全部、思い出です。 まるで指を開いて水をすくうように、自分の周りを全て通り過ぎていきます。 あとは、手が水に濡れているだけです。 私は水を飲んで喉を潤すことは永遠にできない。 命に限りのあるあなたが、私たちの気持ちを理解してくれたのは、嬉しいことです。 私たちは、終わらない道を歩き続けなくてはならなかった。 こんなことになってしまっても。 こんな悲しいことですら、思い出にしながら。 終わらない道は、長く歩くと、いつかはどうしても疲れます。 どうか、私に到着点を与えてください。
「正直に言うね。私には、あなたの大切な人が、もう一度あたなの傍にくるかどうか、わからない。」 フィランゼは、ゆっくりと言葉を紡いだ。 何度も何度も、夢に見るほど、ジェネノイドたちの言葉を聞いたことを思い出しながら。 「それでも…あなたは約束をしたのでしょう?」 「したわ。」 エザリムは顔を上げた。 「そして、あなたはその約束が果たされることを待ってる。」 フィランゼの心が痛んだ。 本当は、ジェネノイドたちの気持ちを理解したからじゃないのだ。フィランゼが一番「到着点」を与えてあげたかったのは、目の前の女性。それでも与えなかったのは、世界の崩壊を防ぐためだ。 ジェネノイドたちは、自分にDNA操作が行われた後、皆安堵の色を顔に浮かべた。 その表情は、きっと生きている限り、忘れられない。 今の自分には、それを「思い出」にすることはできない。
こうして、エザリムを欺いている限り。
エザリムの眼差しがまっすぐと自分に注がれている。 フィランゼは、平静を装ってお茶を飲む。 「…そうよね…。」 エザリムが呟いた。弱弱しいが、はっきりとした口調。 「私が選んだことだもの…。」
ジェネノイドたちは、長い時間の果てに老いて土に還ってしまった。 フィランゼに、一抹の罪悪感を残したままで。 フィランゼは目の前のジェネノイドを見たまま、何も言えず、そっと目を伏せた。
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