20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:終焉の先 作者:TAK

第6回   01-6 「何もない生活」
半月も経過すると、ヒロオミは屋内ならゆっくりと歩き回れるまでに回復をした。体力がないため、壁を伝わなくてはいけないが、医者も驚く程の回復の早さである。
幸いなことに、肩の怪我は、回復にあわせてリハビリをしていけば後遺症も残らないだろうと医者は太鼓判を押してくれた。このことは、ヒロオミの気を大きく楽にしてくれた。もちろんレジェも喜んでくれた。レジェは本当ににっこりと満面の笑みを浮かべて、ヒロオミにお祝いをしましょうと言ってくれた。
「本当に、レジェのおかげだ。心から感謝するよ。」
「お礼なんて。今まで沢山言ってもらいましたよ。今日は頑張って料理します。でも、無理をしてはだめですよ?」
「うん、無理はしないようにする。」
そんなわけで、医者が帰った後レジェは鼻歌交じりに台所で料理をしている。手伝いたいのだが、左手一本では手間をかけるばかりなので、ヒロオミは居間の暖炉の前で大人しく待っている。することもないので、レジェに借りた本を左手で不器用にめくりながらなんとなく読んでいる。なかなか面白い。冒険物だ。
なんでも、レジェがようやく本を読めるようになった頃に、育ててくれた司祭様が初めてレジェに与えてくれた大事な本なのだそうだ。確かに内容は少し子供っぽい夢や空想が含まれているのだが、それでも大陸の色々な国を上手に取り込んで、大人でもそれなりに楽しんで読める本になっている。
「そろそろ支度できますよ〜」
台所の方から、レジェの声がする。
ヒロオミは、左手で本を閉じて、居間のテーブルの上に大事に置いて、食卓へと移動する。

「ヒロオミはお酒は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ?」
「よかった、村の方から、秋にできたばかりのワインをいただいたので、折角だからあけましょう。」
確かに、今日の料理はいつもに比べて数段豪華だった。もちろん、教会だからそんなにすごい食材等が並んでいるわけではないが、種類も多めで、何よりどれもこれもいい匂いがしている。
「さぁ、座ってください。今取り分けますね。」
レジェがいつも座る席の、向かい側に座る。不器用ながらも自分で食事ができるようになったので、こうやってテーブルに向かい合わせて一緒に食事をとれるようになったのだ。レジェは、器用に肉を切り分け、一口で食べれるサイズにしながらヒロオミの皿に料理を盛り付けていく。本当に、何から何までヒロオミが一度たりとも不足を感じたことがないくらい、レジェはよく気が回る。
「さぁ、食べましょう。」
最後にワインをグラスに注いで、レジェも椅子に座る。
ヒロオミはワインを左手に持ち、レジェに掲げる。
「本当にありがとう。いただきます。」
「かんぱ〜い」
かちん、と乾いた、グラスの軽くあたる音。
ヒロオミはグラスを少し揺らしてワインの香りを楽しんでから、ゆっくりと飲む。久しぶりの酒は、喉や体の中に心地よく染みわたっていく。
「あぁ、これ、すごい美味い。」
「うんうん。村で獲れたブドウで作っているんです。結構毎年いいものが出来てるんですけど、今度のはとても良いですね。くださった方も、自信があるよとおっしゃってました。」
レジェはにっこり笑う。

あぁ、なんてかわいいんだ。

体も心も随分と楽になって、色々と余裕ができてから、ずっとヒロオミはレジェの動きを目で追い続けていた。どんな時でも笑顔のレジェ。プラチナブロンドの長い、まっすぐな髪を後ろでゆったりと1つに束ね、ゆったりとしたローブを羽織って1日中、せわしなく働いているレジェ。
寝ている部屋以外の部分を見れるようになってからは、益々レジェのことをよく観察するようになった。
それで、ヒロオミはレジェが実はかなり規則正しく、忙しい生活を送っていることに気がついた。
朝の祈りに始まって、夕べの祈りに終わるまでの1日。午前中から外出して村の中の雑多な用事を済ませ、午後の半ばには教会に訪れる人たちへの用事を済ませ。いったい、そんな生活のどこに自分のための時間を割く余裕があったのだろう首を捻りたくなるほどの忙しさ。
そんなことを何も感じさせなかったレジェに、ヒロオミは深く尊敬と感動、感謝の心を思い直した。ようやく、のんびりできる夜に、一度口にしたことがある。忙しい毎日なのに、本当に手間をかけてくれてありがとう、と。その時も、レジェは少し驚いたような顔をしてから、にっこりと笑って、ヒロオミに「大変ではありませんよ、大丈夫です。」とだけ答えてくれた。
自分よりも小柄で細身な体なのに、どこからそんなに気力と体力が湧いてくるのだろう。目で追っているうちに、ヒロオミはすっかりとレジェを好きになっていた。今はもう、一刻も早く肩を治して、レジェのために何かお礼をしたい、毎日それだけを考えている。

「まだ食べられますよね?」
レジェは、細かく気を配って、肉を切り分けて盛り付けてくれる。
ヒロオミは遠慮なくもらって味わう。

食卓を囲めるようになってからは、2人は色々な話をした。
もちろん、貸してくれた本についても。
「あの本、大陸の色々な国が出てくるんだなぁ。」
「ええ。子供の頃は、本当に楽しく読みました。私は教会とここしか知らないので、今になっても、色々な場所へ行ってみたいと思ってます。」
「なるほど。俺は、仕事で色々なところに行ったから、あの本に出てくる場所もいくつか知っているよ。」
「本当ですか?よかったらお話してくれるとうれしいです。」
こぼれるような笑顔。本当に美人だ。
ヒロオミは、軽く口に拳をあてて、おほん、とわざとらしい咳払いをする。
もう、話せることが嬉しくて照れくさく、そして得意でしょうがない。

湖に浮かぶようにある、水の都の話。水を隔てるための高い塀と、街を縦横無尽に走る水路で水を制して、船を日常的に使いながら生活している人たち。砂漠の中の町。白く光る建物と、厳しい環境で自らの戒律を律儀に守って生活する人たち。その人たちへのご褒美のように、何も遮るもののない夜空に浮かび上がる透き通った月。火山の麓の町。黒い土、時折雪のように振る灰。灰に苦しめられながらも、明るく生きる人々。どの話も、レジェには夢の世界のように聞こえるらしく、レジェは食事の時、そしてその後、お茶を2人でゆっくりと飲んでいる時に、色々な話を聞きたがった。
「うーん、一度、本当に世界を歩いて、自分の目で見てみたいです。」
「はは。大変だよ?」
レジェがうっとりとしているのを見ながら、ヒロオミは苦笑する。
「町にいる間は、寝る場所もちゃんと確保できる。でも、それ以外は全部野宿だ。」
「そうなりますね。」
「夏は虫が多いし、冬は本当に寒い。砂漠では水が本当に使えなくて困るし、雪国に行けば火を起こすのも本当に大変だ。」
「うんうん。」
「そうじゃなくても、野宿する時は、草むしりしなくちゃいけないんだよ?」
「草むしり?」
「そうそう。草は、水分を持っているからね。そのままだと体を冷やしてしまう。だから、自分が眠ったり座ったりする分だけは、ちゃんと草をむしらなくちゃいけない。」
「そうなんですか〜。」
「そうそう。なんだか草って気持ちよさそうに思えるけどね。実際はそうでもないんだ。」
ヒロオミは、レジェが聞きたいだけ、いつも話をした。今はこれくらいしかお礼としてできることがない、という気持ちもあったけれど、何より、話をしている時のレジェの楽しそうな表情は、自分の心を和ませてくれた。

「あぁ、腹いっぱいだ。ごちそうさま。」
「お粗末様でした。」
レジェは笑いながら、空になった食器を片付けている。ヒロオミも左手だけで皿を重ねて、台所へと運ぶ。最初、レジェは「座っていてくれていいんですよ?」と気を使ってくれたが、ヒロオミが何もしないでいられない性格だとわかってからは、できることは黙って受け入れてくれる。

のんびりした、毎日何もない生活。
怪我も順調になおりつつある今、ヒロオミはその豊かさを噛み締めるように味わっていた。今まで、兵士としてどこかギリギリで刹那的な、刺激のある生活を送っていた。それは充分に楽しいものだったし、今でも嫌にはなっていない。だけど、つまらないだろうと予想していた、何もない穏やかな生活は、想像していたよりも遥かに豊かで、幸せな生活だった。
今、それを思わず予想しない形でだが、自分は享受している。


レジェの傍で。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 9552