「も〜〜、本当に驚いたわ!」
レジェが椅子に座ると、エルは身を乗り出すようにして、きらきらと輝いた目をレジェに向けた。 「レジェさん、本当に本当は女の人なんじゃないの?」 「いえいえ。本当の本当に男ですよ。」 レジェは苦笑をして、片手をひらひらと振りながら否定する。エレミランゼは興奮した様子で、椅子に座りなおして、両手を顔の前で組みながら、思い出すようにうっとりとした表情になる。 「2人とも、まるで本当に夫婦みたいに雰囲気を出してたし。」 「ははは…。」 レジェの乾いた声。 「ヒロオミも、きちっとした顔をすると結構格好いいのね。見直しちゃった。」 「伝えておきます。喜ぶかどうかはわからないけど…。」 「でも、やっぱりレジェさんよ。あんなに綺麗な人見たことなかったわ。」 「はは…あまり褒められると、悲しくなってきます。」 「どうして?」 エレミランゼは意外そうにレジェを見る。 「あれならどこでも通用するのに。」 「…通用したいと思ったことがないです。」 ふふふ、とエレミランゼはにこにこしながら、レジェにお茶を勧める。レジェは素直にそれを受け取る。 「ねぇ、レジェさん。」 不意に興奮から抜け出したように落ち着いた表情になって、エルは自分のカップに手を添える。 「はい。」 レジェはのんびりと応える。 「私、レジェさんやヒロオミがお父様にお話してたこと、本当は難しくてちゃんと理解できてなかったかもしれないのだけど。」 「ええ。」 「ヒロオミとレジェさんは、なんだかとても幸せそう。」 「どうでしょう。」 レジェはにこにこと応える。 「私、お父様が大好き。」 「はい。」 「ここに居る人たちも。みんな。窮屈って思うことはあっても、不自由だなんて思ったことはないわ。」 「ええ。お父様も、きっとエルさんをとても大事にしてらっしゃいますね。」 「うん。」 エルの表情が、ほんの少し照れるような、嬉しそうな顔になる。 「だから私、いつでも誰かをうらやましいって思ったことはないの。」 「ええ。」 「でも、なんだかヒロオミとレジェさんは、少しうらやましい。」 「どうしてでしょう?」 「どうしてかしら?」 エルはレジェの問いかけに、少し首を傾げて考えた。 レジェは穏やかに微笑みながら、紅茶を飲んでじっとエルの答えを待つ。 「…レジェさんも、ヒロオミも、お互いのことをとても大事にしてる。」 少し自信がなさそうな口調だが、ぽつりぽつりとエルが言葉にしていく。 「お互いのことをとても信じていて、そのことを2人ともわかってるのかしら?言葉じゃなくても色々と伝わっていそう。それに…今日、夕食の時、少し気がついた気がしたわ。」 「なににでしょう?」 「ヒロオミは、普段とても安心しているのね。カーベルほどじゃないけど、でもきっと本当は、ヒロオミも感情を表に出すのが苦手なのかしら。」 レジェは内心だけで少し感心した。まだ年端もいかないのに、エルはとても物事をよく見ている。きっと大人に囲まれて育ったからなのだろうか、人の感情の機微というものにたいして、敏感なのかもしれない。 「確かにヒロオミは、そうですね。あまり感情を表に出すことに器用ではないです。」 「うん。でも、市場ではとても安心してたわ。きっとレジェさんがいるからね。」 「どうでしょう。」 「レジェさんだってわかってるくせに。」 エルは苦笑する。レジェも苦笑する。 「でも、カーベルさんだって、エルさんと2人の時はやっぱりそうでしょう?」 「ううん。カーベルは一緒よ。」 エルは少し寂しそうな表情になる。 「それは、少しは違うけれど。でも、きっとレジェさんほど安心してもらってるわけじゃないと思うの。」 「そうでしょうか?」 「うん。私子供だもの。カーベルにとって、私は面倒を見る相手だから。」 レジェはエルの頭にそっと手を伸ばした。片手で優しく頭を撫でる。 「エルさん。エルさんは確かに子供ですけど、でもカーベルさんはきっと子供扱いはしてないと思いますよ?」 「そうかしら…。」 エルはレジェをじっと見る。 「ええ。」 レジェはにっこりと笑う。 「きっとそうですよ。ねぇ、エルさん。私はヒロオミが好きです。」 エルは少し頬を赤らめる。 「…いえ、そういう意味じゃなくて。」 「あ、うん。」 レジェは苦笑して、それから言葉を続ける。 エルは続く言葉をじっと待っている。 「大切にしたいと思っています。ずっと。」 「うん。」 「でも、思ってるだけじゃないのですよ?」 「え…?」 レジェはエルをじっと見た。頭から手を離して、頬に手を添える。 「伝えます。ヒロオミに、ちゃんと。私はヒロオミが好きだし、大事にしたいし、一緒に居たいって。」 「…。」 エルは少し驚いた表情になる。それから、小さな手をレジェの手に重ねあわせる。 「エルさんは、自分の気持ちをカーベルさんに伝えましたか?」 「…ううん。言葉にしたことなんて。だって、カーベルはずっと傍にいるのだもの。」 「伝えましょう。言葉にしないと、伝わらないものです。」 そんなことできないよ、とエルは言おうとして、口を閉じた。 レジェは穏やかに微笑んでいる。 「ね。レジェさん。言う時、恥ずかしくなかった?」 「とても。今だって、本当は結構恥ずかしいです。」 エルはくすっと笑った。子供そのままの、素直な笑顔。 「ヒロオミはきっと、すごく照れたと思うわ。」 「ふふ。それはヒロオミに聞かないとわからないです。」 「レジェさんにはわかってるでしょ?」 レジェは黙って、エルの顔から手を離した。 エルはにこにことしている。きっと自分の言った通りだろうとなんだか確信もしている。 「後でヒロオミに聞いてみてもいい?」 「いいですよ?」 きっと酷くうろたえるだろうけど、と内心でレジェは言葉を付け加える。 エルは、心から安心したように、笑顔になっている。 これ以上は、何も言うべきではないな、レジェはその顔を見つめながら、心の中で祈った。
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