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作品名:終焉の先 作者:TAK

第56回   08-4 リサ
朝食が終わり、カーベルに指示されたように部屋で待機していると、昼過ぎにリサが部屋へと訪問してきた。「カーベルが昔から世話になっていた女性」ということで、ある程度は予想していたのだが、しかし想像しなかった程に明るく、気風のいい初老の女性だった。
小柄で少しふくよかで、髪には少々白髪が混じっている。
「はじめまして、リサさん。」
「あんたがレジナさん?」
「はい。今日はよろしくお願いいたします。」
「ははは、カーベル坊ちゃんから聞いたけれど、随分と大胆なことをしたんだね」
リサは明るく2人に笑い飛ばして見せる。手には大きな荷物を持っている。
「そっちのお兄ちゃん。」
「ん?」
テーブルに座って刀を磨いていたヒロオミは、ぎくりとしたように女性に視線を移す。
「あんたも、のんびりしてたらだめよ。」
「う、うむ。」
「とりあえずテーブルの上を片付けて。この荷物をテーブルの上に広げてちょうだい。」
「わ、わかった。」
慌てて刀をしまうと、ヒロオミは立ち上がって女性から荷物を受け取る。
「レジナさん、あんたは下着以外全部脱いでちょうだい。」
「えっ。」
「はい時間がないんだからとっととする。」

リサは非常に手際のよい女性だった。あっという間にレジェはリサのペースに乗せられてしまう。
ヒロオミは横目でそれを見ながら、荷物をリサの運んできたケースからごそごそと取り出す。中にはきちんと油紙に包まれた衣装、箱に収められた小物、靴、それから小瓶が入っている。
「今手にとってる方の衣装を出して。」
リサはレジェの体つきをぱんぱんと叩いて確認しながら、ヒロオミに話し掛ける。ヒロオミは慌てて、手にした衣装の油紙を外す。中からは、綺麗なブルーの生地のドレスが現れる。
「それをレジナさんに着てもらうよ。」
「そ、それですか…。」
実際に実物を目にすると、レジェは複雑な表情になった。自分でしでかしたこととは言え、やはりドレスを着るというのはかなりの抵抗があるのだろう。ヒロオミはなんだかレジェが気の毒に思えてくる。
「それにしても、本当にあんた、綺麗な顔立ちをしているね。」
「そ、そうでしょうか。」
「カーベル坊ちゃんと少し話をしたんだけど、苦笑してたよ。自分もすぐに気がつかなかったって。」
「カーベルさんから、リサさんには昔からお世話になっていると聞きました。」
リサは手を止めずに少し早口の会話をする。
「そうさね、オシメを替える頃からお世話はさせてもらってるよ。」
「じゃぁ、本当に長いのですね。」
リサはヒロオミの手から、たたまれたドレスを取り上げる。
「坊ちゃんは無愛想だけどね。性根はとても優しい子なんだ。」
「あぁ、私もそんな気がしていました。」
ドレスをリサは広げた。鮮やかな青色が拡がる。とてもいい生地で、そしてとてもたっぷりとしたスカートだ。
「これ、被って上から着て。」
「はい。」
レジェは表情は複雑になっているが、リサのペースに乗せられて手際はよくドレスに体を通す。
「袖に腕を軽く通しておいて。」
「はい。」
レジェは首を出した後、ドレスから髪をばさりと通して、袖に両腕を通した。リサはテーブルの上から小箱を手に取って、中から針と糸を取り出す。
「少しだけ寸法を直すからね。…坊ちゃんは、あんたたちにとても感謝してるって何度も言ってたよ。」
「なんだか手間をかけさせることになってしまって、返って申し訳なく思ってるんです。」
「ははは。坊ちゃんはエレミランゼ様をとても大事にしているからね。エレミランゼ様を助けたあんたたちのためなら、手間は惜しまないだろうさ。」
「カーベルさんは姫のお傍付きなんですか?」
「10も年が離れてるけど、一番年齢が近かったのが坊ちゃんだからね、子供の頃から色々と姫の面倒を見てたのさ。ちょっと背筋を伸ばして。」
「はい。」
リサは手際よく、腰や腕周りに針を通していく。
「私もエレミランゼ様が小さかった頃は、坊ちゃんと一緒にお世話させていただいたものさ。」
ヒロオミはテーブルに座りなおして、2人のせわしない動作を頬杖をついて見ている。
「エレミランゼ様が1人で動けるようになってからは、ずっと坊ちゃんが1人で大事にお世話していたけど…。」
ぱちん、とはさみが糸を切る音がする。
「…それも、でももうすぐ終わる。」
テーブルの上に、針と糸が戻される。
「姫がご結婚されるからですか?」
「そうさね。隣の国の第三王子とご結婚されるのさ。」
レジェは姿勢を正したまま、目線だけでちらりとリサを見た。口調が少し寂しそうだったからだ。
「ずっと成長を見守っていたから、嬉しいけど寂しいことですね…。」
「そうさね。坊ちゃんも。あんなに大切にしていたから、顔には出さないけれど、きっと寂しい。…さて、この裾を持って。」
リサはスカートの裾を少し持ち上げて、レジェの手に渡す。
「あっちの柱へ行く。」
「柱?」
部屋の中には、そういえば1本、不自然に柱がある。2人とも、不思議には思ったが特に気にとめてもいなかったのだが、リサはその柱へ行くようにレジェに言った。
「どうするんですか?」
「柱につかまって。」
「え?はい。」
レジェは軽く柱を手にとった。背中はまだ大きく開いていて、紐が2本、腰から垂れ下がっている。ヒロオミも椅子の向きを変えて、何をするんだろうと興味深く見ている。
「しっかりと背中を伸ばしておくんだよ。」
リサは2本の紐を掴んで、背中に靴紐のように通した。そしていきなり、腕をくっと振り上げて、紐を絞り上げる。
「うっ!」
空気が思わず漏れた、というようなレジェの呻き声。
ヒロオミは2人の背後で目を丸くする。
「リ、リサさん、苦しいです。」
「次、行くよ。」
「うっ!」
しゅっ、と音がして、紐がきちっと締められていく。
「女性は、本当はコルセットっていうのをつけてもっとキツク締め上げてるんだけど。レジナさん、あんた腰が細いからこれで済んでるんだよ。我慢おし。」
「は、は…うぐっ!」
確かに、腰がきちっと締まり、それらしい格好になっていく。
「本当はね、第一王女でもなければ、ほとんど国内で家臣と結婚するのさ。」
容赦なく締め上げながら、リサは悲しそうに言う。
「ええ…うっ!」
「なのに、今、ほんの少し隣国と仲が良くないからね。エレミランゼ様の結婚は人質同然、悲しくもなるってものよ。」
「そ、そうな…うっ!」
「はい、終わり。しばらくすると慣れるから。」
リサは手際よく背中の真中ほどまで締め上げると、紐を縛りとめた。
「あっちに戻って。裾を持つのを忘れるんじゃないよ。」
「は、はい…。」
レジェは息も絶え絶えの弱弱しい声で、裾を掴んでリサに従う。
「人質なのか?」
ヒロオミはレジェを気の毒そうに見ながら、リサへと話し掛けた。
「結婚さね。表向きは。でも、エレミランゼ様は雪の国へ行ってしまって、きっともう里帰りもできない。」
リサはレジェをドレッサーの椅子に座らせて、胸元の布を取り、首の後ろで結ぶ。中にパッドが仕込んであるのか、それらしい胸元になる。レジェはそれをまるで嫌なものでも見てしまったかのようにじっと見ている。
「髪を結うよ。」
リサはレジェの背後から、長い髪を手に取る。
「坊ちゃんは随分と頑張って動いていたけどね。でも、結局結婚することになっちまったのさ。」
「ふむ…。」
鏡の中のレジェを見ながらヒロオミは曖昧な返事を返す。レジェは苦しいからか、少し顔が赤くなっている。不意に、レジェと目線が合った。助けを求めるような目だったけど、ヒロオミは表情だけで「無理だ」と返す。
「髪もよく手入れされてる。」
「そんなに気を使ってはいないです…。」
「後ろでアップにしてまとめようと思ったけど、腰があってボリュームがでちゃうね。」
リサはしばらく髪を1つに束ねて、頭の後ろに巻いてみたり、前に降ろしてみたりと試した。
「1つに束ねて、首の横から前に垂らすことにしようかね。」
それからちょっと考え込んで、呟くように言うと、器用に髪を編み始める。
「リサさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
苦しそうな息だが、レジェが鏡越しにリサを見ながら声をかける。
「なんだい?」
「カーベルさんは、姫のことを?」
リサはほんの僅かな瞬間、手を止めた。
「…それは聞いてみないとわからないことさ。」
「リサさんはきっと知ってます。」
リサは手を再び動かす。しばらく沈黙が続いて、髪が編みあがった頃に、リサはぽつりと言った。
「多分、お互いにさ。」
「そうですか…。」
「でも、言っても仕方のないことさね。頑張っても結婚は決まってしまった。約束を守らなければ、大変なことになるさ。」
「下手をすると戦争かな。」
ヒロオミがぽつりと言う。
「…王様だってしたくてしてるんじゃないさ。」
リサは少し苦々しい口調で言った。どれだけ話をしても、手際が悪くなる様子はない。
「それでも、どうしてもしなくちゃならないから、仕方なくだよ。坊ちゃんもだから、諦めた。」
「お気の毒です…。」
「このことには触れないでやっておくれ。坊ちゃんも随分苦しい思いをしたさ。」
「…。」
ぱちん、とゴムの音がして、レジェの髪が綺麗に編み上げられる。
リサは最後にテーブルの上から宝石をはめ込んだチョーカーを取り上げた。
「さ、これで出来上がりだよ。」
リサはレジェの首にチョーカーをつけて、首の後ろで留めた。
「たってごらん。」
レジェは裾を持ちながら恐る恐る立ち上がる。
「どうだい?」
「うう〜ん…。」
レジェは鏡を見ながら、体を捻ったりして姿を確かめる。
ヒロオミも立ち上がって、レジェの前に回りこむ。
「うわ。すごいよリサさん。」
「すっかりあんたの嫁にはもったいないくらいに仕上がったでしょう」
リサがはははと大きな笑い声でヒロオミに自慢気な顔を見せる。
確かに、レジェはとんでもなく「美女」に化けおおせているな、とヒロオミは素直に驚きの顔をする。
「こんなに仕立て上げられると、すごい複雑な気分になります。」
「ははは。チョーカーを取ったらばれるからね。取るんじゃないよ?」
「ええ、もちろんです。」
「さ、もう1回座って。急いで化粧をするからね。」
「えええ化粧?」
「化粧もせずに人前に出る女性なんかいやしないさ。座りなさい。」
リサはテーブルの上の瓶を手に取った。
「その後は、簡単に作法を教えるよ。兄ちゃん、あんたもそろそろその礼服に着替えなさい。」
「わかった。」
ヒロオミは油紙に包まれたもう一つの衣装を慌てて手に取る。レジェがうんざりという表情で再び椅子に座る。
リサは、先ほどまでの話はまるでなかったかのように、楽しそうにクリームを指で掬い上げた。


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