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作品名:終焉の先 作者:TAK

第54回   08-2 エレミランゼ(後編)
船着場は仰々しいことになっていた。
聞き覚えのある声は、夕方に見かけた「後を追っていた」従者たちの声だった。
船が船着場にはいると、階段の上に人が数人、集まる。

ヒロオミは先に船を降りた。
手を伸ばして、エルとレジェを降ろし、左手を腰の刀に添えて、先頭をきって階段を昇る。
エルを前にして、レジェは最後尾に階段を昇る。
「お前は誰だ!」
待合の広場に昇り終えて、ヒロオミは目を丸くした。
従者たちだけではない、遠巻きにしている沢山の人たちがいるのだが、仰々しい鎧をつけた兵士が沢山混じっている。
「エレミランゼ様!ご無事ですか!」
「2人とも、姫から離れろ!」
エルは困った顔をしている。レジェはヒロオミと同じように、目を丸くしている。
「聞こえないのか!」
従者たちが、強張った大きな声でレジェとヒロオミを威嚇する。
「レジェ。エルを。」
ヒロオミは振り返らずに、小声でレジェに言った。エルにかけられたマントの裾を持ち、エルの肩に手を置いていたレジェは、短く「はい」と返事をして、エルの肩をそっと押して2人で前に進む。
「ごめんなさい、レジェさん、ヒロオミ。」
エルは困惑した顔で、小声で2人に向かって言うと、足を前に進める。
「エレミランゼ様、こちらへ!」
従者たちは、3歩ほど下がった位置でエルに向かって緊張した声をかける。
「レジェ。マント、ありがとう。」
「はい。」
レジェはエルの肩にかかったマントを取った。エルが1歩前へ進む。
「これは一体、なんなの?」
「なんなの、ではございません!さぁ、こちらへ!」
従者が少しだけ、促すように手を伸ばした。エルは、ゆっくりと従者に近寄った。
従者がエルの肩に手を触れた、その瞬間。
「囲め!」
後背に控えていた兵士たちが前に進んで、あっという間にエルと2人の間に壁を作る。
「レジェ、俺が刀を抜いたら、階段を下りて船に乗るんだ。」
「わかりました。市場で?」
「うん。」
ヒロオミは本当に小さな声で、囁くようにレジェに言う。
レジェも、ヒロオミに視線を移さずに、囁くように答える。
「ちょっと!」
兵士たちの背後から、エルの声がした。
「何を考えているの!その方たちは、私を安全に送り届けてくれたのよ!」
「姫の安全のためです!」
兵士たちが緊張しているのが、レジェにも伝わる。
それ以上に、ヒロオミが緊張しているのも。
エルは、大きな声を出し続ける。
「カーベル!いないの!?いるんでしょ!」
「カーベル殿はあちらの馬車です!姫、どうかここは私たちにお任せください!」
「恩人に対してこのような態度を取るのに、何を任せられるっていうのよ!カーベル!!」

兵士の壁の向こうで、少し人が動いた。
レジェは、じっと奥を見つめる。
誰かが歩いてくる音が聞こえる。
ヒロオミは、右手を指先まで張り詰めさせている。

「カーベル!これをなんとかして!」
「エル様。もとはというと、あなたがいけないんですよ?」
若い青年の声が聞こえてきた。この状況の中で、酷く落ち着き払った声だ。
「謝るわよ!でも、恩人にこんなことをするのは今すぐやめさせて!」
「わかりました。」
「カーベル殿!」
兵士の後背から声だけが聞こえてくる。
「ここは私にお任せいただけませんか?」
青年はあくまでも落ち着き払っている。何事か小声の会話が続けられているような声が聞こえ、やがて青年の低く豊かな声が聞こえた。
「下がれ。」
兵士たちの緊張が解けて、兵士たちは大人しく下がる。壁がなくなる。

そこには、黒髪で黒いマントを羽織った青年と、その傍にエル、そして従者が立っていた。
兵士たちは素早く動いて、大きな円になる。
「知らぬこととはいえ、大変失礼をいたしました。」
青年はその場で、すっと洗練された動作で軽く会釈をした。
「そこの御仁。誓って兵に剣など構えさせませんので、剣から手をお放しいただけるでしょうか。」
レジェは、ようやくヒロオミに目線を配る。ヒロオミの背中から、緊張した空気が溶けていくのを感じる。
ヒロオミは、ゆっくりと左手を下ろした。
「感謝いたします。このたびは、姫を護衛いただいたにも関わらず、大変無礼なことをして申し訳ない。」
青年はまたも、すっと頭を下げる。
「あの。」
レジェは、ともあれ危機が去ったのだろうと思い、ようやく普通の声を出した。
「姫、とおっしゃいましたか?」
「はい。」
青年はどこまでも落ち着いた声だ。堂々としていて、風貌もきりっとした感じがするので、品格さえ感じさせる。
「こちらは、当代国王シルファ2世の第二王女、エレミランゼ・エタモメント王女です。」
内心驚きながらも、レジェは表情には出さずに答える。
「そうですか。知らぬこととは言え、失礼いたしました。」
レジェはヒロオミの表情を見たいので、ヒロオミの隣に並ぶ。
ヒロオミは、険しい表情を崩してはいない。
「私はカーベルと申します。姫のお傍に控える者です。失礼ながら…」
カーベルは、至極真顔で、険しい表情のヒロオミと、レジェに視線を移した。
「お名前をお伺いしたい。旅のご夫婦とお見受けいたしますが。」
ヒロオミが口を開きかけるのを、レジェは腕を掴んで引き止める。ヒロオミがレジェを見る。
「なんだ?」
レジェはヒロオミの問いかけは無視をして、にこりと笑った。
「はい。主人はヒロオミと申します。私はレジナ。この国が綺麗だと聞いていたので、観光に参りました。」
ヒロオミはレジェを見たまま、ほんの少しだけ、表情に驚きの色を浮かべる。
「主人は、武人を生業としていますので、今まだ少し緊張をしていますが…。」
「私たちが無礼を働きましたので、どうかヒロオミ殿も、お許しいただければ。」
カーベルは、真顔で、そして大して気にもしてないような無表情で答える。
その隣で、エルは目を丸くしている。幸いと、身長差からカーベルの目に入ってはいないようだ。
レジェはカーベルがエルの表情に気がつかないことを祈りながら、ヒロオミの腕を掴んだ手に力を少しだけ入れる。
「誤解が解けたのなら、いいですよね?」
表情は、すっかり安心したというような笑顔にする。ヒロオミはやはりほんの少し、複雑な表情でレジェをじっと見ている。
「どうかしましたか?」
「…え?あ、いや。」
意図が掴みきれなかったのか、ヒロオミはそのままの表情でようやく声を出した。
レジェをじっとみて、それからカーベルへ視線を戻す。
「俺も少し配慮が足りなかった。カーベル殿、妻が言うように、少し緊張をしているだけです。」
「そう言っていただけると助かります。」
エルはますます、目を丸くする。カーベルがすっと頭を下げた隙に、レジェはほんの少し、エルに目配せをした。エルはそれに気がついて、慌てて表情を真顔に戻す。
「それじゃ、俺たちは宿を探さなくてならないので。」
ヒロオミは、レジェに気がつく程度のほんの僅か、声をうわずらせながら言う。
「カーベル。」
「なんでしょうか、エル様。」
カーベルは視線を落として、エルを見る。
「この方たちとは、市場で出会って一緒にお食事をしていただいたの。」
「はい。」
「その上、こうして私のために護衛までしていただいて。」
「はい。」
「お礼をしたいのだけど?」
エルがほんの少し、カーベルに微笑む。
カーベルは真剣な表情のままで、少しエルをじっと見つめて黙った。
「お、お礼なんて。」
ヒロオミの表情に少し焦りが浮かぶ。
「…では、エル様。今日はお泊り戴いて、明日の夕食にご招待するというのはいかがでしょうか。」
「いいわ。」
「かしこまりました。」
カーベルは再び、2人に視線を戻す。
「ヒロオミ殿、レジナ様。もしよろしければ、王女のご招待をお受けいただきたいのですが。」
ヒロオミは困惑した表情でレジェを見た。
レジェは全く動じる様子もなく、微笑んでいる。
「え〜と…。」
「私、せっかくなのでお城にご招待いただけるなら、是非お受けしたいです。」
レジェは、ことさらにこやかにヒロオミに言った。ヒロオミはレジェの方を見ているが、視線は彷徨っている。
「だめですか?」
レジェは小首を傾げてみせる。
「あ〜…。」
「私からも、お願いいたします。」
やがて、眉間に皺を作りながら、弱弱しい声で、ヒロオミは言った。
「…お前がそういうなら。いいとも、お受けしなさい。」
「ありがとう。では、謹んでお受けいたします。」
「ありがとうございます。」
カーベルは無表情のままで、大してありがたそうもなく、すっと頭を下げた。


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