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作品名:終焉の先 作者:TAK

第53回   08-2 エレミランゼ(前編)
その後の会話は、本当にただの雑談で、3人は笑いながら店を出た。
すっかり辺りは夜に包まれていて、冴え渡るような月が天に昇っている。

「さぁ、帰る時間だな?」
「なんだかもっとお話していたいけど。」
ヒロオミの言葉にエルは心から残念そうに返す。
「私もです。でも、もうすっかり夜です。」
「そうね。」
レジェが空を見た。エルとヒロオミも空を見る。月明かりがとても綺麗だ。
「まぁ。危ないから、送っていくよ。」
ヒロオミが空を見たまま、エルの頭にぽんと手を置く。
「いいだろ?レジェ。」
「ええ。」
レジェは相槌を打つ。
「じゃ、船着場までお願いしようかな。」
エルは月明かりを見たままで答える。

3人は、船着場まで歩いていき、船頭だけが乗っている船へと乗り込んだ。
来た時と同じように、ヒロオミとレジェの間にエルが座った。
船は時間通りに出発して、大きな水路へとゆっくりと動き出す。
遠ざかっていく市場は、多くの店が閉まっている。
宿屋だけが、夜をこれから楽しもうという人たちの賑わう声を漏らしている。
しかし大きな水路に出ると、その声も聞こえなくなり、船頭が操る梶の軋む音、船のへりにぶつかる水音だけが響く。
「今日泊まる宿屋どうしましょう?」
「まだ船はあるだろうから、また戻ればいいよ。」
「そうですね。」
エルはなんとなく、黙ってレジェを見た。レジェは水面の月に目線を落としている。それから、ヒロオミを見た。ヒロオミはレジェを見ている。なんとなく続く会話が、静かに夜の空気に溶けていく。
「なんだか、いいな。」
エルはぽつりと呟いた。
「ん?」
「なにがでしょう?」
ヒロオミとレジェはエルを見た。
エルはヒロオミの方を見る。
「2人とも、すごく優しい顔だわ。」
「そうか?いつもと変わらないぞ?」
ヒロオミが少しだけ笑顔になる。
ほんの少しだけ涼しい夜風が水路にゆっくりと通り過ぎていく。
「ヒロオミはレジェさんが大好き?」
「ん?」
ヒロオミは首を傾げた。
「ううむ。そうだな。大好きというか、大事だ。」
「大事?」
「あぁ。レジェは俺にとって、とても大事だ。自分と同じくらい大事かな?」
「自分と…?」
エルも小首を傾げる。
「自分と…。」
「自分は、大事にしなくちゃいけませんよ。」
レジェは微笑を浮かべて、のんびりとエルに言う。
「自分のために、それに、自分を大切にしてくれる人のために。」
「自分を大事に…。」
エルは小声で繰り返した。目線を落とすと、そこには水面の月。
ゆっくりと船は進んでいく。水面が揺れて、月も揺れる。
エルは何度も心の中で繰り返した。
自分を大事にする。
「風が少し涼しいですね。」
「結構北に来たからな。暑さも薄れてる。」
レジェが言うと、ヒロオミは自分のマントを器用に外す。
「肩に羽織っておけ。」
ヒロオミはエルの肩に乗せるようにマントをかける。レジェがそれをきちんとエルに羽織らせる。
「ありがとう。」
「ヒロオミは?寒くないですか?」
「ん、俺は平気だ。まだ1枚着てるしな。」
ヒロオミは袖をまくっている。落としたままの視線を移して、ヒロオミの腕を見る。
「ヒロオミ、怪我の跡が沢山あるのね。」
「ま、仕事が仕事だからな。」
「なにをしてるの?」
「今は傭兵だろうか?」
ヒロオミはあごに手を当てて口を一文字にしながら、少し悩んだように答える。
「レジェさんも?」
「私は神に仕えているんですよ。」
「神官さんだ。」
「そうですね。」
エルはなんとなく、ヒロオミの手に自分の手を伸ばした。
「どうした?」
「ううん、大きな手だなって思って。」
「傷跡だらけだ。」
ヒロオミはエルの前に手を伸ばし、そのままレジェの手を持ってエルの前に差し出す。
「手はレジェがすごい綺麗だぞ?」
「綺麗ってほどではないですよ。」
エルの目の前に、ヒロオミとレジェの手が片方ずつ差し出された。
エルは、2つの手に、手を伸ばす。
「レジェさんの手、本当に綺麗ね。」
白く、細く、真っ直ぐに伸びた長い指。爪の形もいいな、とエルはぼんやりと思う。
ヒロオミは、手がとても大きくて、指が太い。傷跡は沢山あるけど。
「エルさんの手も綺麗です。」
「そうかな。」
「ええ。」
エルは2人の手に交互に触れてみた。
「ヒロオミの手は、カーベルに似てるわ。」
「そうか。」
「うん。こんなに怪我の跡はないけど、でも大きいし、厚くて。」

やがて、水路の景色がゆっくりと変わってきた。
大きな屋敷や家が並んでいる。
「そろそろつくかな?」
「そろそろかな。」
ヒロオミがつぶやいて、エルの手を持ち、そっとエルの膝に戻す。

ほどなく船は、再び細い水路へと入っていく。
両側に建物が立ち並び、水路は軽くカーブしている。

「この先ね。」
「そうか。」
やがて、少し風景が開けて、先に船着場が見えた。
「ん?」
今までの穏やかな声から、少し声色を変えて、ヒロオミが目を凝らす。
「あれは?」
レジェも気がついたように船着場を見る。
「あっ。」
エルは短く声を上げた。
船着場には、沢山のランタンの明かりが見えた。人が大勢いるようだ。
船が近付くと、どこかで聞いたような声が遠くから聞こえてくる。
「エレミランゼ様!」
「いたぞ、船に乗っていらっしゃる。」
ヒロオミとレジェは目線をかわして、それから驚いたようにエルを見た。
「もしかして、あれは迎えか?」
「う〜ん、そうかも…」
エルは困った顔になって、小声で答えた。


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