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作品名:終焉の先 作者:TAK

第52回   08-1 水の都の少女(後編)
「ごちそうさまでした。」
「うまかった!」
「ね、ここの料理、おいしいでしょ?」

エルは、レジェとヒロオミに子供らしい笑顔で自慢気に言った。
「あぁ、本当にうまかった。」
ヒロオミは椅子の背もたれに背中を預け、食後のお茶をのんでいる。
「エルさん、よくこんなお店見つけましたね。」
「色々と探してみたの。ここは少し大通りから外れてるから、そんなに混雑してないし。」
「ええ、とてもいいお店です。」
レジェはエルのグラスに水差しの水を注ぎながら、にっこりと答える。
「ね、もっとお話を聞きたいわ?」
食事の最中、レジェとヒロオミはエルに沢山の質問を浴びていた。どこから来たのか、何をしているのか、どうしてここに来たのか、当り障りのないことは素直に答え、そうでないことはぼかしながら、2人はエルに代わる代わるにエルの知らないことを話して聞かせた。エルは2人の話に目を輝かせ、子供そのままの興味を見せて嬉しそうに聞いた。
「私、この街から出たことがないの。もっと自由に色々と行ってみたい。」
「ははは、まぁ、なかなか遠くへ行くのは大変だぞ?」
ヒロオミは子供を諭すように答える。
「ヒロオミはすぐ私を子供扱いするのね。」
エルは怒ってはいない様子で、頬を膨らませる。レジェはにこにこと笑っている。
「だって、子供だろ?今年いくつだ?」
「13よ。もう大人よ。」
「ううむ、13なら大人じゃないだろう?」
「そんなことないわよ。」
エルは頬をもっと膨らませてヒロオミを軽く睨む。
「女の子は大変だな。俺は13の頃、自分のことは子供だと思っていたよ?」
「もう!やっぱり子供扱いなのね!」
「ヒロオミ、からかってはだめですよ?」
「だって本当にそう思ってたからなぁ…。」
「ヒロオミがそうなだけよ!私はもう大人よ。だって。」
そこで、エルはふっと真顔になった。
「…ん?」
「…だって、私、来週には結婚するのよ?」
「け、結婚?」
ヒロオミが目を丸くする。レジェも驚いた表情になる。
「結婚って?」
「結婚は結婚よ。ね、大人でしょう?」
「うう〜む。」
ヒロオミもレジェも、なんとなく気がついていた。エルは快活な少女だが、恐らくはそれなりにいい家の子供なのだ。そもそも従者をつけていることでもわかるが、子供らしい服も、よく見ればいい生地を使っている。それにちょっとした動作が「きちんと躾られた」感じがする。
「結婚か…」
「なんだか実感がわかないんだけどね。」
「エルさん、誰か好きな人と?」
レジェはびっくりしたまま、エルに問う。
「ううん。」
エルは少し寂しそうな表情になった。
「お父さんの決めた結婚だから。本当は、私、顔もまだ見たことがないの。」
「ええ?」
レジェも目が丸くなった。変わりに、ヒロオミが真顔になる。
「うーむ。そうか。まったくわからないのか?」
「姿は全然。あ、でも。話だけは聞いてるわ。年上なんだって。」
「年上?どれくらい?」
「10くらい。」
「お、俺と同じくらいか…。」
「そうなんだ?ヒロオミはいくつなの?」
「俺は24。レジェもだよ。」
「じゃ、カーベルと同じなのね。」
少女がぽつりと独り言のように呟く。
「カーベル?」
「あ…。」
少女は少し口元を押さえた。ヒロオミが不思議そうにしていると、何故かほんの少しバツの悪そうな表情になる。
「えっと…うちでずっと働いてくれている人なの。とっても言葉は少ない人だけど、すごく優しい人。」
「へぇ。従者連れていたり、親が結婚決めたり、家で働いてる人がいるってことは、エルはやはり大きな家の子なんだな。」
「う〜ん。そうね、大きな家、と言えなくもないかしら。」
”子”と言われたことには特に反応も見せず、少し安心したように小首を傾げる。
「まぁ、家は置いといて…でも、流石に少し結婚が早くないか?」
「早いのかな?でも、お父さんが決めたことだし、嫌がったら困らせちゃうし。」
ヒロオミは結婚の話を聞いて内心、引っ掛かりを覚えていた。最初は手広く商売をしている商家の娘か何かかと思っていたが、年端もいかないうちに親の約束で結婚、となると、少し違うような気がしてきた。どちらかというと、それは「政治的な」意味合いを含んでいるような気がしてきたのだ。
「ううむ、それは親孝行だな…。だが、恋とか愛とかぴんとこないだろ?」
エルは憮然とする。
「わ〜。すごく失礼ね。ヒロオミはぴんとくるっていうの?」
「む…。」
思わずヒロオミは口篭もる。
「お、俺だって恋愛のひとつやふたつ…。」
「怪しいわ。」
「な…。」
「だって、ヒロオミ女性への態度がなってないわよ?」
「そ、そんなことは…いやいや。」
劣勢になってヒロオミは少し声が弱くなったが、ぐっと切り返す。
「俺はいいんだ。俺は。エルはどうなんだ?」
「そういうの女性に聞いちゃうのがおかしいのよ。私だって恋したりとかあるもん。」
エルは当然という口調で答える。
「近所の男の子とかか?」
話題が自分から逸れたのでヒロオミはにやりと笑う。エルはヒロオミに憮然として答える。
「違うわよ。そんな子供相手にしないもん。」
「こ、子供…。」
お前はどうなんだよ、というとまた話が戻ってしまうので、ヒロオミは言葉を飲み込む。そこに、レジェが今まで黙っていたのに会話に入ってきた。
「じゃ、わかりました。」
「ん?」
「え?」
2人とも、レジェに視線を向ける。レジェは、ほんの少しだけ微笑を浮かべて、体を傾けて、エルの耳元に顔を近づける。エルもその動作に、思わず少しだけ体をレジェの方へと傾ける。レジェは、小声のような、しかしヒロオミには普通に聞ける程度の声で言う。
「カーベルさん?」
エルがぱっと顔を赤くした。レジェはやっぱり少しだけ微笑を浮かべて、エルをじっと見る。ヒロオミはなんとなく、レジェが耳元で囁くとみんな顔を赤くするのかななどとどうでもいいことを考えてしまう。
「ふふ。当ててしまいました。」
「まだ何も言ってないわ」
「表情を見たらわかります。」
「…レジェさん、なんだか本当に女性みたい。」
エルは口を尖らせて、テレを隠すように呟く。
「私は男ですよ?」
「そんな綺麗な顔でにっこり言われると、やっぱり信じられないわ…。」
レジェは笑顔でそれをスルーして、食後に運ばれてきたティーポットを手に取り、3人のカップに紅茶を注ぎながら言葉を続ける。
「でも、カーベルさんのことはいいのですか?結婚なんて。」
「え?」
エルは意外そうな表情になった。
「だって、好きな人がいるってお父様にお話はしないんですか?」
レジェはのんびりとした口調で言った。ヒロオミがおや?という視線をレジェに投げる。レジェはちらりとヒロオミを見るが、目線をすぐにエルに戻してしまう。
「…しないわ。お父さん困っちゃうもの。」
「でも、かわいい娘の言うことですよ?」
「無理よ。」
エルはレジェの手元を見ながら、ぽつりと呟いた。ヒロオミは黙って会話を聞く。
「どうして?」
そののんびりとした口調は、レジェが会話を楽しんでいるように誰もが聞くだろう。しかしヒロオミは気がついていた。レジェは、少し「親の決めた結婚」を不合理に感じているのだ。ようやく、レジェが今までの会話に入ってこなかったことにヒロオミは気がついて、それから少しだけまずいな、と思う。
「どうして…ん〜…どうしても。大事なことだから。」
エルが少し困った表情を浮かべる。
「エルのことも大事ですよ?」
「レジェ。」
はっきりと、ヒロオミは感じた。これはまずい。
「はい?」
レジェがのんびりとした口調のままで、ヒロオミに返事をする。ヒロオミは何を言っていいかわからなくて、ただじっとレジェの顔を見つめる。エルは口を閉じて、ヒロオミをじっと見る。当のレジェは、さほど不思議そうにも思っていない表情で、じっとヒロオミを見つめ返す。
「…その…。」
思わず会話が止まってしまって、ヒロオミは困った顔をした。本当になんて言っていいのかわからない。ただ、ヒロオミは感じたのだ。エルに質問を続けると、エルが子供ながらに決めた心を乱してしまいそうな感じが。
「どうしたの?ヒロオミ。」
エルがおそるおそる、口を開く。
「ん?いや…。」
ヒロオミは頭を掻く。その様子を見て、レジェは軽くため息をつく。
「わかりました。ごめんなさい。」
「う…うむ。」
「えっ?」
エルが驚く。
「どうしたの?」
「ヒロオミが。」
レジェは表情を変えた。すこし悪戯っぽい微笑みになる。
「ヒロオミが?」
少女はオウムのように繰り返す。
「あまり、女性に根掘り葉掘り聞くんじゃないって。」
「う、うむ?」
ヒロオミは中途半端に相槌を入れる。
「ええ?嘘でしょ?」
少女はもっと驚いた。ヒロオミが憮然とした顔になる。
「う、嘘じゃないぞ。」
「嘘よ嘘。そんなデリカシーはヒロオミから感じない。」
「断定するなよ…。」
ヒロオミはもう一度、頭を掻いた。レジェがくすくすと笑う。
「エルさん。ヒロオミは、すごく女性には紳士的なのですよ?」
エルは驚きから困った顔になった。
「…レジェさんが言うと、なんだかおかしいわ。」
「そうですか?」
レジェはにっこりとしている。エルは少しだけ口篭もりながら言葉を続ける。
「だって…。きっとレジェさんには優しくしてるんじゃないかって思っちゃう。」
「ふふ。どうでしょう?」
「否定してくれよ…。」
ヒロオミは弱りきった口調で言った。
レジェは最後のお茶を、ヒロオミのカップに笑顔で注いだ。


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