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作品名:終焉の先 作者:TAK

第51回   08-1 水の都の少女(前編)
ヤマの北側に、永らくどこの国からも放置されてきた土地があった。その土地は、その大地のほとんどを大湿地帯と湖に覆われていて、そこに住むものは移動をしながら狩猟を行う生活を送っていて、それを知る人たちからは「狩猟民」と呼ばれていた。
120年程前までは、そこは狩猟民たちの狩場であり、他の国にとっては「空白地」であった。
しかし、そこに狩猟民を束ね、組織化して軍を整えたカリスマが現れた。
周辺諸国はその人物の登場に驚き、制圧にかかった。
しかし、不慣れなぬかるんだ土地は、周辺諸国の兵士を多く消耗させ、慣れた狩猟民からは格好の餌食とされた。それでも制圧戦争は長く30年も続き、ようやく空白地の「首都」である城にたどり着けた僅かな兵士と王たちは、その城を見て愕然とした。

空白地の首都と名乗ったその城は、湖の中に建っていたのである。

自然の地形を利用して天然の防壁とし、城を建てて街が発展するというのはよくあることである。ヤマの城は実際に険しい山脈を背景に発展しているし、ティアガラードは山と河を周囲に備えている。しかし、山など全く存在せず、あるのはぬかるんだ土地、そして湖だけだった空白地の首都は、湖の浮島に大きな工事を行いそびえ立っていた。
もちろん、周辺諸国は兵糧攻めを始めとして、その城を落とすことに尽力した。
しかし城は結局落ちることがなく、空白地は新たな国として認められることとなり、以来、「空白地」ではなく、その城のある街の名前を取って「エタモメント」と呼ばれることになった。それから100年近く経った現在では、エタモメントもすっかり国としての体裁をなし、各国から続く街道を抱え、商業都市、観光都市として発展している。


このエタモメントに、レジェとヒロオミは夕方に到着した。
街に入るために1本だけ湖に架けられた橋を渡り、街の入口で馬を預け、後は徒歩と水路の小船を利用して移動をする。レジェは、その風景に目を丸めて、きょろきょろとあたりを見渡している。
「おいおい。上ばかり見てると水路に落ちるぞ?」
「すごく綺麗な街です。」
大通りは、両側に人が3人程並べる幅の歩道を備えた水路があり、水路には沢山の小さな橋が架けられている。その橋をくぐるようにしていくつのも小船が往来し、人を運んでいる。空の夕焼け色が水路の水面に反射して、なんとも言えず異国情緒に溢れた風景だ。
「本当に、綺麗。まるで夢のような町ですね。」
「気に入った?」
「ええ、とても。」
ヒロオミはレジェに並びながら歩く。
「今日は商人を尋ねるのはやめにして、市場近くの宿をとろうと思うんだ。」
「市場?」
「うん。この街の台所みたいなもんだな。小船で移動しよう。荷物もあるし。」
大きな荷物は馬と一緒に預かり場へと置いてきたが、多少の衣服等を持ち歩いている。レジェは船に乗ると聞いて目を輝かせる。ヒロオミはそんなレジェを子供を見るように笑顔で見ながら、船着場へと階段を下りていく。
「ここの船は、ギルドが一括で国から料金を受け取ってるからね。無料なんだよ。」
「すごいです。街の一部なのですね。」
「うん。大きな荷物とかも全部小船で運ぶ。」
小さな船着場へ降りると、水面が足元近くになる。
「水も綺麗。」
「湖の水を、水路を作ってきちんと引き込んでいるようだよ。」
「へぇ」
小船が船着場へと到着すると、数人の人たちがそれに乗り込んだ。小船の船頭が「市場行きだ」と案内をしている。
「さ、俺たちも乗ろう。」
「はい。」
ヒロオミが先に小船に乗り、レジェの手を引く。レジェはおそるおそる、船へと足を乗せる。小船とは言っても大人が4人くらいは並んで座れる大きさだ。船頭は、長い棒のような梶を持って水路を上手に進んでいく。
「ここに座ろう。」
ヒロオミは後ろの方の席を選んで器用に座った。レジェは少し危ういバランスで、ゆっくりと席に座る。
「市場行きだ!もう乗る人はいないか?」
船頭が頭上の歩道に向かって声を出す。
「水の音っていいですよね。」
「うん。そうだな。」
船のヘリから、水がちゃぽちゃぽっとぶつかる音が聞こえる。
やがて船の上にはそれなりの人数が席につき、船頭が出発の声をあげる。
「市場行き、出発するぞ!」
「待って!待って!」
船頭が梶をしっかりと持ち直した瞬間、頭上から子供の声がした。
船頭も、船に乗っていた人たちも皆頭上を見上げる。もちろん、ヒロオミもレジェも。
見ていると、歩道から階段へと、1人の少女が軽やかに降りてきた。
「私も乗るわ!」
少女はスラックスを履いて、とても快活そうに見える。実際、慣れた軽やかなステップで船に飛び乗る。少女が乗った拍子に、船がほんの少し揺れる。
「ありがと!ええと…」
少女は船に乗って、船頭ににっこりとお礼を言うと、席を見渡した。
ヒロオミとレジェの目線が、少女と合う。少女がぱっと笑顔になる。
「ね、そこの人たち!」
少女は席の間を器用に歩いて通り、2人の傍に来た。
「間に入れて!早く!」
「え?え?」
レジェとヒロオミは、思わず少し間をあけた。少女が割り込んで、椅子に座り、背中を丸める。
「早く!そのマントで隠して!」
「隠すって…」
「早く!」
思わずレジェが自分のマントを少女の上にかける。ヒロオミも、その上にさらに多い被せる。
「船頭さんに早く出るように言って!」
小さいが鋭い声で、少女は2人に言った。船頭はその様子を見て目を丸くしている。
「船頭さん、すぐに出て欲しいそうです。」
「ん?あぁ、」
レジェが声をかけると、船頭は思いついたように梶を握り、船を船着場から離した。船は水音を立てて、ゆっくりと進みだす。水路を滑り出すとまた頭上から声がした。
「見つけたか!」
「いえ、居ません!」
「もっと先かもしれない!探せ!」
男の声が数名。ヒロオミとレジェはじっと頭上を見る。
「船に乗ってはいないのか!」
声がして、歩道から兵士が顔を覗かせた。船に乗った人たちは、黙ってそちらを見つめている。
「…いません!」
「他の船も見ろ!注意しろよ!」
やがて、足音は後方へと遠ざかっていく。そして、普通の雑踏だけに戻る。
「…行ったようだけど?」
ぼそりと、ヒロオミが言った。
「本当に?」
マントの中からくぐもった少女の声が聞こえる。
「ええ。どうやら。」
レジェが答える。少女がゆっくりとマントから顔だけを出す。
ヒロオミは、呆れ顔になりながら少女に小声で言う。
「お前、何か悪さでもしたのか?」
「してないわよ。」
レジェは心配そうに問い掛ける。
「ん〜。さっきの人たち、随分真剣に探しているようでしたけど…。」
「従者なの。あんまりうるさいから逃げ出してきたわ。」
「お前、逃げ出すって…それじゃ、従者の人たち困るだろ?」
「お前お前って言わないで。」
「む…」
「私はレジェです。こちらはヒロオミ。お名前を聞いてもいいですか?」
少女は周囲を確認して、ようやく2人のマントを払いのけた。
「私はエル。レジェさん、ヒロオミ、ありがと。」
「俺だけ呼び捨てかい。」
「だってあなた、なんかデリカシーなさそうだもの。」
「なっ」
少女は憮然とした声でいい、ヒロオミは憮然とした表情になる。
「ふ〜。大変だったわ。」
「エルさん、ですね?」
レジェは少し苦笑しながら言葉をかける。
「うん。」
エルと名乗った少女は、にっこりと笑った。年齢は12、3くらいだろうか。栗毛色の髪に、同じ色の瞳。髪は長く、ポニーテールでまとめられている。顔立ちは幼くかわいらしい感じで、大人になれば充分に綺麗になりそうだ。
「ごめんね、レジェさん。急に変なことお願いしちゃって。」
「いいえ。でも、本当に従者の人たち困るんじゃないですか?」
「だって、折角外出しているのに、本当にどこにも行かせてもらえないの。」
エルはぷくっと頬を膨らめて、不満そうに言った。
「ただ道を真っ直ぐ歩いて真っ直ぐ帰るなんてつまらないでしょう?」
「ふふ。確かにそうかもしれませんけど。でも、心配だからなのでは?」
「なんのために一緒にいるのかわからないわよ、そんなのじゃ。」
エルは手をひらひらと振る。それから、気がついたようにヒロオミを見る。
「ん?ヒロオミ。なぁに、怒ってるの?」
「い〜え。特に。」
ヒロオミは唇を尖らせて答える。
「だってね、ヒロオミ。レディーに向かってお前っていうの良くないと思うよ?」
「レディー。」
ヒロオミは目を細めて少女を見た。
「まぁ、レディーには確かに失礼だな。」
「…何がいいたいのよ?」
「まぁまぁ。」
レジェは笑顔で2人を止める。
「ヒロオミ、そんなにムキにならないでください。」
「そうよ。もっと女性には愛想よくするものよ?」
「へいへい。」
ヒロオミはレジェに声をかけられてムキになった自分が恥ずかしくなったのか、照れくさそうに頭を掻く。
「それで、この船は市場行きだが。この先どうなさるんですか、お嬢さん。」
「市場行きなんだ。じゃぁ、市場を見てまわろうかな。」
「ひとりで?危なくないか?」
ヒロオミは再び呆れ顔になってエルを見る。
「ひとりじゃ、確かに不安ね。ね、ヒロオミたちも市場をまわるでしょ?一緒に居てもいい?」
「な…。」
「変わりに美味しい料理屋さんに案内するわ。どう?」
言葉を失うヒロオミの変わりに、レジェが話に食いつく。
「あら、いいのですか?」
「うん。ここは魚料理で有名なんだから。とっておきの店を紹介してあげる。」
「ふふ、楽しみです。ヒロオミ、いいですよね?女の子1人じゃ危ないですし。」
ヒロオミは魚のように口をぱくぱくとさせてレジェに何かいいかけたが、しかしがっくりと首をうなだれた。
「ああ、いいよ。」
「やった、レジェさん、ありがとう!」
「ちゃんとヒロオミにも。お礼を言ってくださいね。」
「え〜。」
少女は甘えた声で頬を膨らめる。すっかりとレジェに懐いたようだ。
「え〜。じゃないです。私だけじゃエルさんの護衛なんてとてもできません。」
「…ヒロオミ。ありがと。」
「おう。」
ヒロオミは無愛想に返事を返す。エルはそれを見て、レジェに再び頬を膨らめて言った。
「ね。やっぱりこの人、女性に対して扱い方がなってないわよ。レジェさん、こんな人彼氏にすると大変よ?」
レジェは笑顔のまま、固まった。
ヒロオミは、目を丸くする。
「?」
少女は、2人の様子にきょろきょろと2人を見ながら、不思議そうな表情を浮かべる。
「何か、いけないこと、いったかしら?」
ヒロオミは少女の肩に手をかけて、軽くぽんぽんと叩いた。それから、こらえきれないように笑い声を漏らす。
「…ヒロオミ、笑いすぎ。」
「え?どうしたの?」
「エルさん、ヒロオミは彼氏じゃないし、私は男ですよ?」
レジェは笑顔を固まらせたままで、エルに言う。
「え?」
エルも固まった。ヒロオミだけが、肩を震わせている。
「ええ?」
エルは素っ頓狂な声をあげた。
「ええ?本当に?ごめんなさい、私すっかり…。」
「いいんです、よく間違えられます。ヒロオミを彼氏と言われたのは初めてですけど。」
「だって、だって…レジェさん、すごく綺麗な人だし。肌も白くて綺麗なんだもの。」
「ははははは」
ヒロオミはとうとう口を開いて笑い始める。
「ヒロオミ。」
レジェは眉を寄せてヒロオミを睨む。少女は顔を赤くして、その様子を見る。
「うん、すまなかった。でも、笑いが…。」
ヒロオミは息絶え絶えに笑いをかみ殺している。
「レジェさん、本当にごめんなさい」
少女は赤い顔になって、恥ずかしそうにレジェに謝る。
「いいんです。だいたいヒロオミもですね、初めての時に」
「あっ!あれが市場かな?」
ヒロオミが目に涙を浮かべながら真顔になって、指を差した。
「笑いは止まりましたか?」
「とまった。とまったから勘弁して。」
「?」
指を差した先には、船着場がある。大きな船着場で、いくつもの小船が止まっている。遠くから、人のざわめきが聞こえてくる。
「なぁに?レジェさん。最初の時に?」
「ふふ、今度ヒロオミが笑ったときに話してあげますよ。」
レジェはにっこりと微笑んだ。ヒロオミは焦りの表情で、自分の頬をぺちぺちと叩いて笑いを口元から消す。

船はゆっくりと、船着場へと入っていった。


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