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作品名:終焉の先 作者:TAK

第49回   07-4 食事
飯の前に風呂に入ろう。ヒロオミに誘われて風呂へと向かう。
レジェはなんとなく予感はしていたが、やはり風呂も木で仕立てられていた。
「何か、いい香りがします。」
「これは、使ってある木材の香りなんだよ。」
入ってみると、いつもより熱めのお湯だが、とても心地よい。
「大きなお風呂ですね。」
「道場に通う人たちも、入るからね。」
なるほど。2人でなんとなく並んで入り、雑談などをする。のんびりと気持ちよく楽しんで、風呂を出ると、2人の服がなくなっていて、変わりにきちんと折りたたまれた服が用意されていた。
「あれ、服は」
「多分洗ってもらえてるんだな。これ着よう。これが浴衣だよ。」
ヒロオミは体を拭いて、きちんと折りたたまれた服をばさっと開いた。なんともシンプルな、バスローブのような服だ。ただ、袖だけがバスローブよりもかなり膨らんでいて、ゆったりとしている。
「これで結構きちっと着るの難しいからな。着せるよ。」
「は、はい。」
ヒロオミは背後からレジェに浴衣をかける。レジェは袖に腕を通す。布は思ったよりしっかりとしていて厚手だが、肌触りは心地よい。ヒロオミはレジェの前に回ってきて、レジェに布のベルトを手渡した。レジェが大人しく持つと、前をきちっと合わせ、器用に腰のあたりで折り目をつけて長さを調節し、最後にベルトを巻く。
「苦しかったりはしないか?」
「大丈夫です。思ったよりもしっかりした着心地ですね。」
「ははは。」
ヒロオミは自分も浴衣を羽織る。とても慣れた手つきだ。
「なんていうか、肌触りが固いようで、でも結構気持ちよくて。変わった布ですよね。」
「布はただの麻なんだけどな。染め方で変わってくるのかな。」
「色も、濃いけどきつくはない色です。」
レジェは藍色の、ヒロオミは茶色の、どちらも渋めの色をしている。最後にレジェは、上げてあった髪の毛を下ろして、それで2人は部屋に戻った。
「うん、思ったより歩き難くはないんですね。」
「ははは。普段着だからね。動きが邪魔されちゃ大変だ。」
なんとなく、これを着ていると、この村の風景に馴染んだ気分になる。レジェは心が浮き立つのを感じる。
部屋に帰って、座り方などの所作を教えてもらったりしていると、ヒロオミの兄がやってきた。
「おや、レジェさん。似合ってますね。」
「あ、お風呂をいただきました。」
「どうぞどうぞ。なんでも遠慮なくしていただいて結構ですよ。」
ヒロオミの兄は2人を見て、笑顔になる。
「座り方もサマになってる。さぁ、食事にしましょう。」
3人は部屋を出て、歓談をしながら食事をする部屋へと向かう。

てっきりテーブルを囲んで食事するのだと思っていたレジェは、部屋について驚いた。そこは座布団の前に、1人1人の食器を載せるだけの小さなテーブルが置かれているだけだ。ヒロオミが座り、レジェに隣に座るように促す。ヒロオミの兄は、「親方を呼んで来る」と言ってそのまままた部屋を出て行ってしまう。
「こ、これも、木ですね。」
黒く塗られて艶のある1人用テーブル。テーブルと呼ぶが、本当に小さい。
「これはお膳だな。」
「おぜんですか。」
「それと、これが箸。これだけで食事をするんだ。」
「はし、…棒?」
ヒロオミが、レジェの膳に置かれた箸を取り上げ、レジェに手渡す。
「こうもって…そう、で、人差し指と中指でこっちをこう挟んで…。」
結構難しいな。レジェはヒロオミに形を作ってもらいながら、指を動かす。ヒロオミが自分の箸を持って、見本を示してくれる。何度か手を直されているうちに、なんとなく慣れてくる。
「これで挟むんですね。」
「挟むし、ほぐしたり、切ったりもする。力が入らないうちは難しいけどね。」
不思議な食器だ。そうしているうちに、老人とヒロオミの兄が戻ってきた。レジェとヒロオミは箸を置いて、会釈する。
「ん。そうか、レジェさん、フォーク持ってこようか?」
ヒロオミの兄が2人を見て気がつく。
「いえ。頑張ってみます。」
「ははは、そうか。まぁ箸は慣れないうちは難しいからね。いつでも言ってください。」
老人も心なし、穏やかな顔つきだ。老人とヒロオミの兄が座ると、さっそく女性が大きなトレイに載せて食事を運んでくる。食事が小さな膳にどんどんと載せられ、レジェは目を丸くした。
「さぁ、食べよう。」
「いただきます。」
老人の声で、食事が始まる。レジェは箸を手に取りながら、ヒロオミを見る。
「ん?」
「すごく綺麗です。」
どの皿も、その皿だけできちっと盛り付けられ、花の形に切った野菜などで彩られている。
「なんていうか、一皿一皿がまるで作品ですね。」
「うん、まぁ、庭と同じかな。料理人の趣味でもあり、心意気でもあり、腕でもあるね。」
「すごい。どれも、食べられるものばかりですか?」
「そうだね。食べられないものは、敷いてある葉っぱくらいじゃないか?」
ヒロオミの兄と老人は、2人のやりとりをにこやかに見ている。
「ヒロオミ。葉っぱだって食えるぞ。」
「そうなんですか。」
「すこし香味が強いですがね。」
「う…俺は食べられないんだ。」
椀に入った汁物に手を伸ばす。澄んだ汁の中に、これもきちっと具が盛られている。レジェは恐る恐る、ヒロオミを見真似して箸を使う。味付けも、魚の風味がして慣れない味だが、薄く舌に染み渡るようにおいしい。
ヒロオミをちらちらと見ていると、箸の使い方がだんだんとわかってきた。確かに、この箸は、箸の先でなんでもできる。器用に切り分け、ほぐして、掴んで口に運ぶ。不便なようでいて、もしももう少し慣れたら便利なんだろうなと思う。
あらかた食事が終わりかけた頃、また女性が現れて、膳の上の食器を片付け、変わりに変わった香りのするアルコールと簡単な食事を置いていった。ようやく、老人が口を開く。
「レジェ殿。これはこの村で取れる酒だ。米を使って造る。」
昼間に比べると、とても柔らかい声だ。
「米ですか。」
「もし酒が苦手であれば、他の物を用意するが」
「いえ、いただきます。」
「爺さん、レジェは酒好きなんだよ。」
「ヒロオミ。」
ははは、とヒロオミが笑い、レジェの膳に載せられた細長い水差しを手にして、とても小さな、一口分のコップに注いでくれる。
「これは徳利と猪口っていうんだ。」
「とっくり、ちょこ、ですか。」
「うん。一口分しか入らない。お互いに何度も注ぎあって飲む。さ、くっと。」
レジェは猪口を手にする。口元に持っていくと、少しアルコールの香りがきつい。ヒロオミに促されるままに、くっと飲み干してみた。口の中にすっきりした風味が広がり、舌が熱く感じる。
「…おいしいです。」
「それはよかった。」
レジェはヒロオミの膳から徳利を手に取り、ヒロオミが手にした猪口にお酒を注ぐ。ヒロオミも飲む。
「レジェ殿は普段は何をされているのかな?」
大分お酒が入ってきたところで、老人が猪口を手にしながらレジェに語りかけた。
「あ、はい。私は神官です。」
「神に仕えているのか。年はいくつかな?」
「ええと…今年で24になります。」
「ではヒロオミと同じだな。しかししっかりとした方だ。」
「俺がまるでしっかりしてないみたいじゃないか。」
ヒロオミの抗議に、老人がははは、と笑い声を上げる。貫禄はあるが、笑うととても優しい雰囲気になるのだなとレジェは思う。
「本当にお礼を言わせていただきたい。ヒロオミを助けてくださってありがとう。」
「いえ。人が人を助けるのは当然のことです。」
「ふむ。」
老人はレジェに優しい目線を向ける。
「それにしても、ヒロオミがここまでなつくとは大したものだ。」
「なつくって、爺さん、俺は犬じゃないんだぞ。」
「ははは、一匹狼だったのだから、似たようなものだ。」
「ちぇ。」
「ヒロオミは、前はどんな感じだったのですか?」
ふてくされるヒロオミを置いて、レジェが老人に質問を投げる。「ん?」と老人が答える。
「そうだな…。以前は1人でいることを好んでいたな。性根は優しいが、どこか一線を引いて人と付き合うことが多かった。」
「爺さん。」
ヒロオミが顔を赤くして抗議する。老人は優しい眼差しをちらりとヒロオミに投げて、目だけで抗議を却下する。
「レジェ殿には余程心を許していると見える。そのような友人を持てたのなら、それは幸せなことだ。」
「はい。私も、ヒロオミを信頼しています。」
老人は黙って頷く。
「それに、柄の髪。あれは北の国の風習であったかな?ヒロオミはレジェ殿に仕えているということだろう。」
「髪…あっ。」
少し考えて、にわかに思い出す。そういえば、自分の髪を柄にくくりつけたのだ。
「だから、刃だけ替えると…。」
「そうだよ。」
ヒロオミはすっかり不貞腐れた口調で、自分の猪口に酒をついで飲んでいる。
「ほほ、やはりヒロオミはあれを自分からやったのだな。あんな拙い柄を残して刃だけ替えろというから、何かと思ったが。」
「爺さん、俺を酒の肴にしすぎだ。」
「ははは、これはよい。ヒロオミ、お前は余程レジェ殿に惚れこんだのだな。」
「ちぇ…。」
ヒロオミはレジェの徳利を取り上げて、レジェに注ぐ。
「惚れるって…。」
レジェが思わず赤くなる。
「あぁいやこれは失礼をした。惚れるというのはな、そうだな。この場合は相手の人柄に、という意味だな。」
「あぁ…。いえ、それでも…。う〜ん…。」
老人は大きな声で笑い声をあげる。それから、ぴたりと笑うのをやめて、レジェをじっとみる。
「刀を持って戦う者を、この村では「もののふ」というのだが。」
「は、はい。」
「武士は、自らのために刀を振るうに在らず。自らが惚れた者のために戦い、命を賭けるのだ。」
「惚れた者…。」
「それは主君であったり、友人であったり。自分の命を賭してもなお、守りたいと思う相手がいるから、強くなろうと思うのだな。」
「はい、以前にヒロオミがそのようなことを言っていました。」
「うむ。ヒロオミは無骨で無頼だが、そのことはきちんと理解している。決して自らの欲のために刀を使わぬ。」
「はい。」
「レジェ殿。そなたはヒロオミの命の恩人であり、ヒロオミが命を賭して仕えたいと思う相手ということなのだよ。」
思わず、レジェは居住まいをきちっと正した。老人は相変わらず静かな、柔らかい笑みを浮かべている。ヒロオミは隣でふてくされたように酒の肴をつついている。
「レジェ殿が傍に居てくださるのであれば、心強い。どうか、私の息子をよろしく頼みます。」
「…はい。」
老人は最後の言葉を、本当に穏やかな声で言った。
レジェはその親心に心が温かくなる。同時に、引き締まるのを感じる。

その後は雑談で和み、ヒロオミはたっぷりと酒の肴にされた。
憮然としたヒロオミと、笑顔のレジェが食事の席を後にした頃には、すっかり夜も更けていた。


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