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作品名:終焉の先 作者:TAK

第48回   07-3 一本勝負
「道場、一緒に行こう。」
部屋を出ると、ヒロオミがレジェに言った。
「どうじょうって?」
「剣の練習をするところさ。この敷地にあるんだ。」
「へぇ。私が行ってもいいんですか?」
「いいさ。ひとりじゃ退屈だし、まだ変わったものが見れるよ。」
「じゃぁ、遠慮なく。」
ヒロオミがにっこりと笑う。緊張が溶けた直後なので、なんとなく安心する。
2人は、再び廊下を歩いて、自分たちが泊まる部屋の方向へと歩き出す。
「すごく緊張しました。なんだか威厳のある方ですね。」
「ははは。なんだか昔っからそうなんだ。けれど、とても優しいよ。」
ヒロオミが笑いながら答える。レジェも、にっこりと笑う。
「うん、きっとそうですね。なんとなくそんな気がしました。」
泊まる部屋は素通りして、さらに廊下を歩く。
「どうじょうへは、つながっているんですね?」
「うん。ほら、あっちがわに建物見えるだろ。廊下だけ続いてる。あれだ。」
ヒロオミが中庭越しに見える建物を指差す。家とは少しちがう、板ぶきの壁で造られた建物だ。
「…結構大きな建物ですよね?」
「ま、剣を練習するからね。村の人たちも通ってる。兄さんが師範なんだ。」
「しはん?」
「先生のことだな。」
「なるほど。」
中庭をぐるっと囲むように廊下を歩いて、2人は道場へと到着する。ヒロオミは、引き戸を開けた。普通のドアというのはないのだな、とレジェは思う。板の引き戸は、あけるとがらっと音がした。
「ユキトさん!お久しぶりです。」
声を出しながら中に入っていくので、レジェも「お邪魔します。」と言いながら後に続く。

中は、板がはりめぐらされている、ひとつの大きな部屋だった。
ヒロオミの兄と同じか、少し下くらいの年齢に見える男が1人、木でできた剣を手にしてこちらを見ている。
「おお、ヒロオミ!元気だったか?」
「ユキトさんも。お元気そうですね。」
「お前、大変だったんだってな。…ん、そちらの方は?」
「はじめまして。」
今日は本当に初めてのことばっかりだなぁ、と思いながら、レジェは会釈をする。
「こちらこそ。…ヒロオミ、お前、まさか。」
「俺の友人で同い年の男だよ。それ以上言うと怒るからやめてくれ。レジェっていうんだ。」
ヒロオミが笑いながら答える。
「おっと…それは失礼、レジェさん、ユキトと申します。」
「ユキトさんですね。なんだかいつものことなので、気にしないで下さい。ヒロオミは笑いすぎ。」
ヒロオミが咳払いをする。目は笑っているが、あまり言わないことにして、レジェは中を見渡す。奥には、ほんの少しだけ畳のスペースがあるようだ。両側の壁には、沢山の木製の剣と、多分本物の剣が数本かけられている。
「待ってたんだよ。久しぶりにどうだ?」
「いいですね。相手してもらえるなら喜んで。レジェ、こっちへ。」
レジェとユキトは並んで歩き出す。レジェも呼ばれて後に続く。
「これ、レジェさん、どうぞ。」
またも座布団を出されて、レジェはユキトに礼を言いながら受け取り、壁際に座る。ヒロオミは、壁にかけられた木刀に何本か目を移して、1本を取り上げる。
「ユキトさん、ちょっとだけ待っててもらってもいい?」
「いいよ。」
「レジェ。今から一本勝負をするよ。」
「一本?」
「そ。防具はつけないから、寸止め…ま、つまり本当に相手に当たる前に止めるんだけど、相手の頭か、手、胴体なんかに先に剣を当てることを「一本」っていうんだ。刀と同じような戦い方だから、結構珍しいと思う。見ててごらん。」
「はい。」
レジェが頷くと、ヒロオミは「お待たせしました。」と言いながらユキトの傍に走っていく。それから、部屋の真中あたりで、2人が向かい合って会釈する。レジェはその様子をじっと見る。やがて、2人は腰に構えていた木の剣を抜くような動作をして、お互いに切っ先を向け合った。どちらが声をかけるでもなく静かに始まるのを、不思議に思いながらレジェは見る。

しばらく、2人はじっとしたまま動かなかった。レジェは、2人の間の緊張感を感じて見守る。やがて、突然ヒロオミが1歩、足を前に踏み出して剣を振るう。途端に、ユキトも動き出す。カンカンカン、と木の剣が何度もぶつかり合う。まるで、2人ともお互いの動きがわかっているかのように、剣が同じ方向に振られ、突き出される。何か動きにパターンでもあるのかとレジェはじっと見るが、そういうわけでもなさそうだ。機敏な動きでお互いの剣をかわしたり、剣で防いだりしている。やがて、ヒロオミが片手を離して、瞬き程のほんの一瞬鋭く剣を振り上げ、相手の剣を弾き飛ばした。ユキトの木の剣は、からん、と音を立てて床に落ちる。
「まいった。」
ユキトが、息の上がった声で言った。ヒロオミがにっこりと笑う。
「やっぱりユキトさんは強い。」
「お前、また腕を上げたな。どうかしてるよ。」
2人とも息が上がっている。レジェは素直に凄いと思った。2人は向かい合って軽く会釈をして、そしてヒロオミが駆け寄ってくる。
「どうだった?」
「すごいです。2人とも、お互いの動きを知ってるみたいです。」
「ははは。まぁ、なんとなくわかるんだよ。」
「見た目も変わってますが、かたなは普通の剣とは全く違った使い方なのですね。」
「うん。そうだね。普通の剣みたいに使ったらすぐに折れてしまうからね。」
ユキトは汗を拭きながら、「水飲んでくる」と声を出して、部屋を出て行く。ヒロオミはレジェの横にどかりと座った。
「普通の剣はね、どちらかというと、斬るというよりは、相手を叩き潰す使い方をするんだよ。」
それからヒロオミは、刀と呼ばれる細身の剣と、普通の剣の違いをレジェに丁寧に説明してくれた。レジェは色々とイメージをしながらヒロオミの話を聞いた。教会では武器としての刃物は使うどころか持つことも禁止されていたので、レジェは剣を手にしたことがない。なので、想像で考えるしかなかったが、それでもヒロオミの話は充分に面白かった。
「お、まだ話し込んでいたのか。」
話が終わりかけたころ、ユキトが戻ってきた。
「うん、レジェはこの地域に来るのは初めてだからね。色々と。」
「そうかそうか。それにしてもヒロオミ、雰囲気変わったな。」
「そうかな?」
ユキトも、ヒロオミとレジェの傍にどかりと座り込んで話に加わる。
「前はちょっと粋がって張り詰めてた感じがしてたけどな。なんだ、大人になったな?」
「からかわないでくださいよ。まいったなぁ」
ヒロオミが苦笑する。
「大真面目だよ。随分と落ち着いたし、ゲンイチロウさんもびっくりしてたぞ?」
「兄さんが?そうかなぁ…。」
今度は照れくさそうな笑顔になる。ユキトは真面目な顔で頷く。
「ねぇ、レジェさん。こいつ、最初はすごい殺伐としてなかった?」
「さ、殺伐って。酷いですよ。」
「う〜ん、どうでしょう。殺伐とは思わなかったですけど、確かに柔らかくはなったかな?」
「ほーら。レジェさんだって言ってるじゃないか。」
ユキトは味方を得て、得意そうな表情になる。ヒロオミは憮然とした表情になる。
「ははは。さて、俺はそろそろ戻るよ。親方によろしくな。」
ユキトは笑顔のまま、立ち上がる。
「あ、ありがとうございました。」
「こちらこそ。なんか長旅らしいが、頑張れよ。」
「はい。」
ヒロオミも立ち上がって、頭を下げる。レジェも立ち上がる。ユキトはレジェを向いて軽く会釈すると、道場を出て行った。
「俺たちも部屋に戻るか。」
「はい。」
2人も、道場を出た。


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