20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:終焉の先 作者:TAK

第45回   06-5 "Break" Both Side
少しの沈黙が続いた。
レジェはじっとヒロオミの言葉を待った。
ヒロオミは、頭の中で言葉を選び、文章を推敲する。

「レジェはきっと気がついていると思う。侯爵が、俺の居場所を知っているということ。」
「…そうですね。兵士さんたちの言葉で。」
「うん。それで、1年以上も何も連絡がなかったことも、きっと不思議に思ってる。」
「それはあまり…でも、どうしてかヒロオミにはわかる?」
「なんとなくね。」
ヒロオミは背もたれに背中を預けた。
「侯爵はとても器の大きな方だ。普段から情報をよく集めることに気を使ってるから、きっと俺が生きてることも、ここに居ることもすぐわかったんだと思う。けれど、多分俺を呼び戻すつもりはなかったんだよ。」
「うん。」
「多分、一生。今回みたいなことがなければ。」
「そうですか…。」
「用件は、詳しくは聞いてみないとわからない。けど、簡単には書いてあった。人探しを頼みたいそうだ。」
「人探し?」
「うん。内容はなくて、それだけ。」
「人探し…。」
レジェは少し首を傾げる。そして、思ったことを素直に聞いてみる。
「でも、ヒロオミをとっくに見つけるくらいの方なら、人を探すのも結構容易なのでは?」
「俺もそう思う。」
ヒロオミは頷いた。
「だから、多分、難しい内容なんだと思う。」
「うん。」
「それで、俺は考えたんだ。きっと長くかかるかもしれない。遠くまで行かなくてはいけないかもしれない。だとしたら、レジェを引きずりまわすわけにはいかない。」
「…他には?」
「え?他?」
「うん。」
レジェは穏やかに聞いた。ヒロオミはきょとんとしている。
「う…む。そうだな、何年かかるかもだし、放浪するかもだし…」
「うん。」
「危険かもしれないし、どうなるかわからないし…」
「うん。」
「場合によっては死ぬほど危険かもしれないし…」
そこでヒロオミは言葉が途切れる。しばらく考える素振りをして、レジェを見た。
「…そんなところか?」
「私を連れて行くと、問題がある?」
「俺が今言ったのは、問題じゃないと?」
「私には。」
「…。」
レジェがにこっと笑った。ヒロオミは唖然とした。
「ま、待て。いや、今の充分問題だろ?」
「そうでしょうか?」
のんびりとした口調でレジェが返す。ヒロオミは激しくかぶりを振る。
「いやいや問題だよ。うん、だめだ、そんな口調で言っても。」
「…ちぇ。」
「いやいやいや。」
「ヒロオミは、それで、私にどうしろと?」
レジェは軽く「騙されなかったか…」という表情を一瞬見せて、素早く次の質問をぶつけた。ヒロオミがまたきょとんとする。
「どうしろって…いや、別に…」
「1人で行くつもりなんでしょう?」
「う、うむ。」
「じゃぁ、私はその間、どうしてればいいですか?」
ヒロオミは真顔になって、深刻そうに考えた。
「…留守番…。」
「お断りします。」
レジェが即答する。ヒロオミはうろたえる。
「断られても…」
「私は旦那が留守の間、家を守る妻でもなんでもないんですから。お断りです。絶対に。」
「う…。」
ヒロオミはレジェに切り返されて、少し体をのけぞらせた。
「そ、そういわれると…そうだよな…」
レジェは頷いて、ワインを手に取り、飲み干す。自分のグラスに継ぎ足して、ヒロオミを見る。
「では、何を?」
「う…。」
ヒロオミは再び真顔になって、目を彷徨わせ、頭を働かせる。
「い、いや…だって、教会を何年も空けるわけにはいかないだろ…」
「あなたが心配しなくても、神官は沢山います。」
「…いやいや…」
ヒロオミは、頭に血が昇るのを感じる。しばらく真剣に考え込み、なんとかレジェの納得できる理由を探そうと脳を総動員させる。

しばらく経って、ようやく思いついた。
「クレール卿だって、ただでさえ村にきてるのを寂しがってるじゃないか。」
これだ。ヒロオミは顔を輝かせてレジェを見た。そして、そのまま固まる。
「あ、あの…。」
レジェは顔を赤くしている。ふっと、ワインの瓶を見た。ほとんど残っていない。
「ああっ!」
「ヒロオミ。一生懸命考えてそれですか?」
レジェは赤い顔のまま、にっこりと笑顔を浮かべた。ヒロオミはワインの瓶とレジェを見比べる。
「レジェ、お前…」
「あのですね。」
レジェはワイングラスを置いて、立ち上がった。ヒロオミが視線を上にあげる。
「教会は、新しい神官を呼べばいいんです。私が留守番をする必要はないです。クレール卿は、それは寂しがりますけれど、私もいい大人です。自分の道くらいは自分で選びます。」
「は、はい…。」
「あなたは、私との約束を反故にするのに、その程度しか言い訳が思いつかないのですか。情けない。」
「え、す、すいません…。」
レジェはすっかり圧され気味になっているヒロオミに近寄った。
ヒロオミは逃げることも思いつかずに、背もたれに背中を押し付ける。
「私、酔ってると思ってますか?」
「え、ど、どうでしょうか…」
「酔っていません。」
「そそそうですね。」
レジェは顔をぐいっと突き出した。ヒロオミは目の前、鼻先に顔を近づけられ、ますます気を動転させる。
「一緒に、行きたいです。」
「そ、それは、でも…。」
「ここで待ってた方がいいですか?」
「できれば…」
「あなたがいつ帰るかもわからないのに?」
「で、でも、頑張って帰ってくるし…」
「ここが安全だから?」
「そ、そうです…。」
「…。」
レジェはうつむいて、大きくため息をついた。顔が離れて、ヒロオミが安堵する。しかしそれもつかの間、レジェが次に顔を上げた時、満面に怒りの色が浮かんでいた。再び、ヒロオミが口をぱくぱくとさせる。
「絶対に、お断りです。」
「ええ?」
「ここで平和に、あなたが無事に帰ることを毎日朝お祈りして暮らすなんて、絶対に。お断りです。」
「お、落ち着け。落ち着こうぜ。レジェ。」
「全く、問題なく、落ち着いてますよ。」
「いやいやいや。そんなに怒った表情で言われても。」
レジェは「あっ」と声を出した。
「うん、そうかもしれない。」
「え?」
「怒っても解決にならないかもしれないです。」
「そ、そうだよ。」
「泣くことにしようかな。」
「いやいやいや。酔っ払いすぎだって、レジェ。」
「酔っていません。」
レジェが憮然とした表情になる。ヒロオミは、背中が汗でぬれているのを感じる。間違いなく、冷や汗だ。そんなヒロオミに構わずに、レジェはふらっと体を傾けて、ヒロオミの隣にどさっと腰を降ろした。
「酔ってないです。本当に、酔えたらいいのに。」
レジェが前を向いたまま言う。
「…それで酔ってないなら、それはそれで問題な気がするよ。」
ヒロオミが額の汗を拭いながら、前を向いたまま答える。
しばらく、2人とも口を閉じた。

ぽつりと、レジェがしゃべる。
「置いていかないでください。」
ヒロオミは、何も答えない。
「ヒロオミの安全を、安全なところで祈って過ごすのは嫌です。」
「でも、レジェが危険な目に会うよりはいい。」
「私は、一緒に危険な目に会う方が、よほどいいです。」
「…。」
お互いに、前を向いたまま会話する。
「私は、安全な場所に居たいわけじゃないです。」
「じゃぁ、どこに…?」
「安心できる場所に居たいです。」
ヒロオミは、心でひとつ、ため息をついた。
「今の季節なんか、虫が多い。」
「うん。」
「冬は冬で、凍え死にそうだ。」
「うん。」
「天気に振り回される。歩くのが嫌になることもある。」
「うん。」
「雨が降れば震えながら冷たい物を食わなくちゃいけないし。」
「うん。」
「砂漠のど真ん中で水もなくって、体も喉も焼けて痛いのに、涙すら出ない。」
「うん。」
「布団で眠れる日は少ないし、強盗が多い場所だと、ゆっくり眠れることだって少ない。」
「うん。」
「まともな場所で死ねるとは限らない。」
「うん。」
「それでもいいか?」
「嫌です。でも、いいです。」
「そっか…。」
ヒロオミは、今度は肩を大きく動かして、ため息をついた。
レジェを見る。レジェは、振り向かない。前を見つめている。
ヒロオミは、横顔をじっと見つめる。
「じゃぁ、ついてきてくれ。」
横顔に向かって言った。レジェはゆっくりと、ヒロオミに顔を向けた。
「はい。」

(第6章 終わり)


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 9552