いっそ、こちらから水を向けたほうがいいのかな。 レジェは内心、戸惑っている。
1日ほとんどヒロオミは外出してて気にはなっていたけど、やっぱり夕食の時、予想通り不自然な様子だった。恐らく侯爵の件で自分に言いたいことがあるのだろうが、切り出せないで困りきっている。「明日話す」と言われた手前、こちらから聞くのは気が引けた。それでレジェはなるべく平静な素振りでいたが、本当は早く話をして欲しいなと思っている。 今も普通に食器を洗いながら、背後に居間にいるヒロオミの視線をちらちらと感じている。食器を棚に納めるために体を動かすと、ヒロオミが顔を背けるのが視界の端にちらちらと入る。 …ちょっと居心地の悪い状態だなぁ。レジェは内心ため息をつく。
とりあえず、なんとかきっかけを探そうと思った。ヒロオミの言い出しそうなことを予想するために、レジェは今までのことを整理することにした。
一番最初に気になったのは、兵士たちだ。 兵士たちは会話の中でちらっとヒロオミが生きていることが予想外だった、みたいなことを言っていた。確かに、ヒロオミは元々居た場所では、死んでいると思われてもおかしくない。怪我をしてここに運び込まれ、1年以上もここで暮らしている。だけど、兵士がここに真っ直ぐ来たということは、侯爵はきっとヒロオミがここに居ることを知っていたのだ。かといって、ヒロオミが連絡を入れたのだろうか。それは考え難い。恐らくヒロオミのことだ、連絡を入れるならレジェに言うだろう。ということは、誰かが見かけたか、あるいは侯爵が情報を集めて知ったか。
次に、内容がやっぱり気になる。 戦争ではないとヒロオミは言ったので、本当に違うのだろう。だとすると、別の用事。 しかも、1年以上も放置したヒロオミに緊急で頼みにくるほどの用事。 簡単な内容ではないのだろうなと思う。
最後に、ヒロオミの結論。 考えていたらなんとなく見えてきた。 もう侯爵の所に出向くと答えは出ているのだから、それ以外に考えることといったら、1人で行くか、自分を連れて行くか。それくらいしかない。
どちらの結論を出したのかな。 心の中で呟く。
ヒロオミが言い出すのを待つしかないが、いい加減に探りあいのような状態もやめにしたい。どうしたら、無理がなく水を向けられるかな。レジェは最後の皿を拭きながら、考えた。 …そうだ。 ふと思いついた。ワイングラスを2つ棚から出す。貯蔵庫を開く。
「ヒロオミ。」 「おう。…あれ、それは。」 レジェは片手にワインの瓶を、片手にワイングラスを2つ持って、居間に入った。 「そうです。ヒロオミが隠しておいた、鍛冶屋さんのワインです。」 「む…。」 「約束ですから。すっかり忘れかけていましたけど。」 「よく見つけたな…。」 「今日偶然、貯蔵庫の掃除をしたんですよ。夕方。ヒロオミこそ、上手い場所に隠しましたね。」 レジェはテーブルにワイングラスを置いて、コルクを抜く。 「木は森に、ワインはワイン棚に隠せ、ですね?」 「むむ…他に場所が思いつかなかったんだ。」 ヒロオミがバツの悪そうな顔をする。レジェは静かに2つのグラスにワインを注いだ。 「おや、すごくいい色をしていますね。」 「なんでも秘蔵物だって言ってたよ。」 微かにワインの甘い芳香が部屋に拡がる。 「じゃぁありがたく秘蔵物をいただきましょう。」 ワイングラスを1つヒロオミに手渡して、レジェは自分からヒロオミのワイングラスに自分のグラスをぶつけた。カチン、と乾いた音がする。 「…こりゃ、美味いな。驚いた。」 「ほんとですね、これはかなりのいい出来です。」 2人とも、後は無口にグラスが空になるまで、ワインを楽しむ。 「…うまかった。」 「うん。美味しいです。」 ヒロオミは瓶を取って、レジェのグラスに注いだ。それから、自分のグラスに注ぐ。 「あのさ。」 「はい。」 「その…侯爵の件。俺、考えたんだ。今日。色々と。」 「はい。」 レジェはワインを出してよかったな、と思いながらも、なるべくいつも通りの表情をして、ヒロオミを見た。ヒロオミは瓶を置いて、ゆっくりと姿勢を戻す。 「それで、その…。」 「はい。」 「…行ってくる。」 そっちの結論を選んだのか、とレジェは内心少しがっかりする。でも、ヒロオミにも何か理由があるのかもしれない、そう思い直して、考えていた言葉を言った。 「もしよかったら、どうしてそう考えたのか、聞いてもいいですか?」 なるべく、穏やかに。レジェは細心の注意を払って聞いた。ヒロオミはちらりとレジェを見て、それから目線を下に移して頭を掻いた。 「うん…。」
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