レジェは1日、何も聞いてくる様子もなく、また急かすそぶりも見せない。 なんとなく顔を合わせずに過ごしていたから、もしかしたら夕食の時に聞かれるかも、と思っていたが、今こうして食事をしていても、一向に普段通りで、何かを聞きたそうな表情もしていない。きっと自分が「明日話す」と言ったからだろうが、少しだけ予想外で、きっかけを失ってしまい、ヒロオミはなんて切り出そうか迷っていた。
書簡には、非常に簡潔に用件が書かれていただけだった。人探しを頼みたい。そのために、受けてくれるにしろ断るにしろ、一度顔を出して欲しい。この文章からはもちろん詳細など窺い知ることはできなかったが、恐らく困難なことになるだろうなという予感はしている。多分侯爵は、自分の居場所などとっくの昔に知っていただろう。だけど今まで連絡がなかったのは、侯爵の温情で自分を呼び戻さず、ここでこのまま生活をしてもよいという意志の現れだったのではないかとヒロオミは考えている。にも関わらず、侯爵は突然、ヒロオミに頼まなくてはいけないことができてしまったのだ。しかも、急ぎで。
そうなると、レジェは連れて行けないな。 もしかしたら、何年も死ぬほど危険なところをうろつかなくてはいけないかもしれない。 ヒロオミはそう結論付けた。 後はどうやって、それをレジェに伝えるか、である。
「今日は…」 「ん?なに?」 思わず過敏に反応してしまう。 「野菜、ちゃんと食べてますね。めずらしい。」 「あ?うん。美味いよ。うん。」 初めて自分が上の空だったことに気がつく。レジェはヒロオミの皿を見ながら、意外そうな顔をしている。 「…なんだよ、俺だって、野菜くらい食べるぞ。」 「まぁ…そうですね。でも、セロリとか苦手だって言ってたので…。」 「あ。うん。」 皿を見る。確かに、今まで味なんて考えてもしていなかった。 「…レ、レジェの料理が美味いからだな。」 「それはよかったです。」 ヒロオミは勢いで一口、セロリを食べた。今まで気がついてなかったが、確かに苦手な味と食感が口に広がる。でも引っ込みはつかないので、平静を装って食べる。 「あ、あのさ。」 「はい?」 レジェはフォークを器用に使いながら、ヒロオミを見る。どきっとする。 「…。」 「どうしました?」 「え、えっと…なんだったかな…。」 明らかに自分は挙動不審だ。 「?」 「あ、そうだそうだ。今日村にでかけた時にさ。もうすぐ布屋の若奥さん、子供が産まれそうだって言ってた。」 「あら、そうなんですか。そういえばそろそろでしたね。じゃぁ、聖水とか準備しとかないと。」 「あ、あぁ。」 沈黙。…沈黙が重い。レジェは全く普通に食事をしている。 「あの…。」 「ん?なに?」 「ほら。ソース、落ちてますよ。」 手元を見る。フォークの先に肉が刺さっている。ぽたぽたと、テーブルにソースが落ちている。 「あっ。」 「まったく、子供みたいですね、ヒロオミ。」 レジェが苦笑しながら席を立った。台所で布巾を絞って、ヒロオミの傍に来る。ヒロオミがフォークを置いて手をよけると、レジェは器用にテーブルを拭く。 「ご、ごめん…。」 「もう、考え事なんかしながら食事をとってるからですよ。」 ぎくっとした。レジェは普段通りの笑みを浮かべて、ソースを綺麗に拭き取る。 「はい。ちゃんと食事に集中する。」 「う、うむ。」 何事もなかったかのように、レジェは台所に布巾を戻すと席について食事を再開する。 ヒロオミは、皿を見た。気がつかないうちに半分くらい食べている。 「…俺、考え事してるみたいに見える?」 「してますよね?」 おそるおそる聞いてみた。レジェはきょとんとした表情で即答する。 「え、うん。」 思わず即答で返してしまう。 「まぁ、普通に考えて見たらわかりますよ?旅のことでしょう?」 ガシャン。ヒロオミは思わずフォークを滑らせてしまった。 「え?違った?」 レジェがもっときょとんとした表情になる。 「いや、うん。その通りだ。」 「…。」 レジェがじっと見つめてくる。フォークを手に取り直して、ヒロオミは心臓をドキドキさせる。 「な、なんだよ?」 「…いえ。あのですね。」 「う、うん。」 「何か困ってることがあったら、話してくれていいですよ?」 「えっ。う、うむ。」 レジェはにっこりと微笑む。 「今さら遠慮なんてしてると思ってませんけど。なんでも、言ってください。力になります。」 「あ、ありがとう。」 「うん。」 ヒロオミは、心臓のドキドキを感じながら、にこっと笑って見せた。ちょっと引きつっていたかもしれないな、内心びくびくしているが、レジェはまた食事を再開する。
まさか、どうやって切り出そうかなんて相談できないし。 ヒロオミは心の中でそっとため息をついて、再び食事を始める。
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