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作品名:終焉の先 作者:TAK

第42回   06-2 侯爵の使い
「本当にすみませんでした。」
テーブルについてから、兵士は何度も頭を下げた。

レジェは4人分の紅茶を居間に運ぶ。
「もういいですよ。」
「いや、私たちの配慮が足りませんで…。」
「ま、しょうがないさ。余程急ぎの用事だったんだろ?」
レジェがソファーに座るのを確認して、ヒロオミが話を促す。
「あっ、そうなんです。侯爵より、急ぎでということで書簡を預かってきました。」
兵士は、気がついたように、腰に下げた筒をヒロオミに手渡す。
「内容については、私たちは知らされていません。ただ、急ぎだと。」
その言葉を受けて、レジェは、それを見ないように目線を避けて、紅茶を飲む。兵士たちも、自分の前に並べられた紅茶に手をつける。ヒロオミだけは、ソファーに体を預けるようにして、筒のふたを開け、書簡を読んでいる。
「ふむ…返事までに、どれくらいの猶予があるのだろうか?」
「侯爵様は、2・3日は返事をするまでに時間がかかるだろうと。」
「なるほどね。」
ヒロオミは書簡を丸めて、再び筒に戻す。
「じゃぁ、遠慮なく時間をもらうよ。」
「はい。もちろんです。」
「レジェ。お願いがあるんだが、彼らを客室に泊めてもいいだろうか。」
「もちろんです。」
レジェは紅茶を置いて即答する。
「我々は、野宿でも一向に…」
「いえ。大丈夫ですよ。部屋が余ってるくらいですから。」
兵士2人は顔を見合わせた。
「…それでは、お言葉に甘えさせていただきます。」
それから、ヒロオミをじっとみる。
「ん?何か?」
「あの、1つだけお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「うん。」
「差し支えなければ…また、戦争が?」
兵士がおずおずとヒロオミの顔を見ながら問い掛ける。実は、レジェも同じことを気にしている。
「いや。違う。争いごとじゃない。」
ヒロオミはあっさりと答えた。兵士とレジェの表情に安堵が浮かぶ。
「じゃぁ、客室へは俺が案内しよう。レジェ、今日の飯は温かいものがいいな。少し酒も欲しい。」
「はい。」
ヒロオミが立ち上がる。残りの3人も、つられるように立ち上がる。

ヒロオミは、内容については全く触れなかった。
兵士2人も、特にヒロオミに問い詰めることはもちろんしなかったし、レジェもきっと後からヒロオミが話してくれるだろうと触れることはしない。
食事の間の会話も、だから当り障りのない雑談だった。
いつもと違い、兵士2人とレジェ・ヒロオミが向かい合った席で、レジェの作った酒に合う料理が並んでいる。

レジェが色々と問い掛けると、兵士2人は恐縮しながら色々なことを教えてくれた。気にしたこともなかったが、ヒロオミは実はかなり部下に慕われていた隊長だったらしい。今回の戦争でも活躍したが、陣が崩れた時にヒロオミが怪我を負って倒れてしまったこと、ヒロオミの指示のおかげで陣形を立て直したが、ヒロオミを回収する余裕もなかったこと。そして、次の朝には何故か急転直下で和解をして、軍が一斉に引き上げてしまったこと。あまりに死傷者が多くて、ヒロオミを探したものの、断念して帰らなくてはならなかったこと。
「隊長が本当にお元気になっていて、とても嬉しいです。」
「部隊に戻ってきていただけなかったのは残念ですが、こんなに綺麗な奥方まで。」
「あぁ、まったくだ。」
兵士2人は、人懐こい笑顔で、レジェを見る。
ヒロオミは、酒を呑みながらプルプルと体を震わせる。
「ん?笑ってらっしゃいますか?」
「おかしいこといいましたか?」
兵士2人がヒロオミを見て、不思議そうな顔をする。
「どうぞ、お酒を。」
レジェはにっこりと、本当ににっこりと笑ってワインのボトルを掴む。
兵士2人は、不思議に思いながらも、グラスを差し出す。
「隊長、震えてますよ?」
「多分、とってもおかしいんだと思いますよ?」
レジェは兵士2人のグラスに、並々とワインを注いだ。兵士2人はその量に驚きながらも、礼をいいながらワインを飲む。
「教えてください、どうして隊長は笑っているのですか?」
とうとうヒロオミはのけぞって大笑いをはじめた。
それをみて、レジェが苦々しそうな笑顔をしながら、兵士に言う。
「それは多分、私が奥方ではないからです。」
「え。そ、そうでしたか、失礼しました。」
「私も失礼しました、…しかし、大笑いの理由にはなってないような?」
「もっとワイン飲みますか?」
レジェはボトルを掲げる。兵士はグラスが空になっていないので、レジェを見る。
「え、えっと…?」
「まぁ、男のお酌で申し訳ありませんが?」
2人の兵士は顔を引きつらせた。
「ヒロオミ、笑いすぎです。あなたのこともばらしますよ?」
ヒロオミは笑いの余り涙目になりながら、口を押さえた。

食後のお茶にも誘ったが、兵士2人は平謝りしながら客室へと戻っていった。それが疲れているからか、気を使ったからか、レジェが怖かったからかは、わからない。ともあれ、レジェはいつもの通り、2人分のお茶をいれて居間へと持っていく。
ヒロオミはソファーに座って書簡を読み返している。レジェは特に自分から何かを聞くつもりもなかったので、お茶をヒロオミの前に置いて、自分は床に座り、適当な本を開いて読み始める。
そのまま会話がなく時間が過ぎ、そろそろ眠りに着くような時間になってようやく、ヒロオミが書簡をテーブルに置いて、レジェに声をかけた。
「レジェ。」
「はい。」
レジェはほとんど視線を落としていただけの本をぱたんと閉じる。
「侯爵が一度、俺に会いたいって書いてある。俺は会おうと思う。」
「そうですか。」
「うん。明日、兵士たちに伝えるつもりだ。」
「わかりました。」
「寝よう。」
「はい。」
本当に簡単な会話だけで、ヒロオミは書簡を筒に戻して立ち上がる。レジェも、2人のカップを台所に戻す。
「…考えて、明日話すよ。」
「はい。待ってます。」
寝室へ向かう廊下で、ぽつりとヒロオミが言った。レジェはこともなげに答えた。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
それだけで、2人はそれぞれの部屋へと戻った。

翌朝、返事を聞いた兵士2人は旅支度をあっという間に済ませて、レジェに手厚く礼を述べ「今から出発しようと思います。」と伝えた。レジェはそれを聞いて、驚きながら「朝食を召し上がっていってはどうですか?」と言ったが、兵士2人は恐縮しすぎるほどに恐縮しながら答えた。
「いえ。今なら、まだ外に出ている村の方たちも少ないですし、驚かさずに村を出ることができます。それに、一刻も早く出発して、侯爵にお伝えしないと。」
レジェは気を使わなくてもいいのに、と思いながらも、彼らは本当に早く出発したそうだったので、簡単な朝食と水を彼らに手渡した。
「それでは隊長、私たちはでますので。」
「うん。半月後くらいになると思う、侯爵にくれぐれもよろしく頼む。」
「はい。」
まだ朝の涼しい時間帯に、彼らはそうして、教会を出発していった。

その日は、ヒロオミは1日外出をしていた。
色々と旅の仕度を調達しているようだったが、レジェは特にヒロオミのすることに口は出さず、自分の仕事をこなしていた。朝から慌しかったので、結局、再びゆっくりと顔を合わせたのは夕方になってのことだった。
「ただいま〜」
「おかえりなさい。」
レジェは出来上がった夕食をテーブルに並べながら答える。
ヒロオミは調達してきた荷物を居間に置いて、食卓につく。

荷物さえ居間に見えなければ、まったく普段通りの生活。
2人は食事を始める。


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