再び話は、レジェとヒロオミの時代に戻る。
レジェとヒロオミが村に戻ったのは、結局村を出てから半月近くも経ってのことだった。いつもの日常に戻り、やがて初夏を迎え、熱い夏が訪れる。静かな村にも季節による彩りは変わらず訪れ、雨季が過ぎ、緑が濃くなり、畑の作物は背を伸ばし、やがてその首を垂れるころには、秋が訪れていた。村の北にある山は燃えるように紅くなり、レジェとヒロオミは何もない日常の景色の中で、相変わらずな生活を送っている。
もちろん村も平穏な時間が通り過ぎていた。 その平穏を突然壊したのは、2人の兵士だった。
最初に見つけたのは、畑でもうすぐ収穫になる作物を手入れしていた村人だった。 真っ黒な軍馬に乗り、暗く銀色に輝く鎧に青い衣を身に纏った2人の兵士が、村への道を勢いよく走ってくる様子は、それだけで村の大騒ぎの元となるには充分だった。 その騒ぎは、あっという間に村中に広がり、もちろん村の教会にも知らされた。
レジェとヒロオミは、午後の礼拝が終わって小休止を取っていた。 そこへ、村人が転がり込むようにやってきた。
「どうしたんですか?そんなに慌てて。」 レジェは村人にかけよって、背中を撫でる。ヒロオミはコップに水を入れて持っていく。レジェがヒロオミから渡されたコップを村人に手渡すと、村人はそれを受け取って一気に飲み干し、なお荒い息の下からレジェにすがるように言った。 「大変だ、村に兵士が攻めて来た!」 レジェはヒロオミを見た。ヒロオミは立ち上がって部屋へと走っていく。刀を持ってくるためだ。レジェは村人を抱き起こして、椅子へと座らせた。もう一度、コップに水を注いで手渡す。 「沢山来たのですか?」 「いや、わからん。畑から逃げてくる人の話を聞いただけで…。村の広場へ向かってるって」 ヒロオミが刀を腰に差しながら走ってくる。 「ここで待っててください。」 レジェは村人に言い聞かせて、勢いよく飛び出すヒロオミの後を追う。
村人は大騒ぎで、広場の周りの建物に逃げ込んでいる。まばらな人たちも建物に入ろうと走っていて、唯一とどまっていたのは村長だけだ。 兵士はそんな村人には目もくれずに広場までまっしぐらに走りこんで、そこで馬を止める。 「教会はどこだ!?」 広場にいたのは老人1人だったので、兵士は老人に頬面の中から大きな声で聞いた。老人は厳しい表情で、毅然と言い放つ。 「お前たちは何様だ!ここは平和な村だぞ!」 「教会に用があるのだ!」 「教えるわけがない!立ち去れ!」 「急いでいるのだ!教会はどこにある!?」 兵士の声が荒くなった。遠巻きに、あるいは建物の中から見ている村人は、一様に緊張する。村長だけは毅然とした態度で、まっすぐと兵士を見上げている。 ヒロオミはその場面でようやく広場に到着した。長老が2頭の馬の前に立ち、緊迫した空気が漂っている。腰の左に差した刀に手をかけて、広場へと駆け込む。 「待て!…村長、危ない、下がって!」 村長はヒロオミを見ようともせずに、兵士を睨みつけている。ヒロオミは村長の横に走りこんで、兵士に険しい目線を向けた。 「何の用件だ!…って、あれ?」 ヒロオミは青い衣に刺繍された紋章を見て、声を弱めた。 「ヒロオミ!」 少し遅れてレジェも荒い呼吸をしながらヒロオミの後ろにつく。 「ここでいきなり争いは…って、ヒロオミ?」 「なんだ?お前たちは。」 ようやく村長がヒロオミに目を移す。ヒロオミは刀に手をかけたままだったが、警戒しているというよりは、呆然としている状態だった。ヒロオミがもっと殺気だっているのではと思ったレジェは、意外な様子に少しとまどった。 「これは!隊長どの!本当にご無事だったんですね!」 馬の上の兵士は、先ほどとは打って変わった、明るい声をかけてくる。 「隊長?」 レジェと村長は、ヒロオミと兵士を何度も見る。 「…おまえたちか。」 ヒロオミは刀から手を離す。兵士たちは2人とも、馬を下りる。 「侯爵様の使いで参りました。」 ヒロオミは困惑したようにレジェを見た。「知り合いだ。」と、短く伝える。レジェは拍子抜けしたようにヒロオミと兵士を見ていたが、突如烈火のように怒り出した。 「あなたがた!ここをどこだと思っているんですか!」 兵士2人は、その突然のレジェの変貌にたじろぐ。 「ここは戦場ではないのですよ!見なさい、あなたがたの周囲を!」 ようやく兵士2人は周囲を見て、目の前の神官が怒っている理由を理解したようだった。 「レジェ、すまない、それくらいにしてやってくれ。」 「…!」 「2人とも、兜を脱げ。ちゃんと謝っておこう。」 「は、はい。」 2人が両手で兜を外す。 「皆さん、すみません。彼らは、俺が昔、一緒に働いていた人たちなんだ。」 ヒロオミは大きな声で、周囲を見渡しながら村人たちに言った。 「すごく急ぎの用事があって、つい慌てて村に駆け込んでしまったようです。どうか、俺に免じて今回は許してやってください。…村長も、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。」 「申し訳ありませんでした!」 「申し訳ないです!」 ヒロオミにあわせて、兵士たちが周囲に何度も頭を下げる。 ようやく、村人たちが建物から出てくる。 「本当に兵隊さんの知り合いか?」 村長が念を押すように聞いてくる。 「はい。俺が所属していた軍隊の、元部下だった者たちです。」 「ふむ。なるべく脅かさないようによく言ってくれ。」 「本当にすみません。」 「申し訳ありません!」 兵隊がまた頭を下げる。 「皆の衆、大丈夫なようだ!仕事に戻ろう!」 村長が声をかけると、ようやく周囲の緊張が溶けた。 「レジェ、教会にきてもらってもいいか?」 「…わかりました。」 怒りをおさえて、レジェが頷く。 「皆さん、兵士さんたちには教会にきていただきます。本当にごめんなさい、安心してください。」 「驚いたなぁ」 「ホントびっくりした。なんもなくてよかった。」 村人たちは雑談をしながら、安心した表情でそれぞれの場所へと戻っていく。 「…本当にすみませんでした」 「まぁ、次回からは気をつけてくれ。」 「お願いしますね、もう。」 村長はようやく笑い声をあげて、自分も仕事に戻っていく。レジェは軽く睨みながら言う。兵士2人はバツが悪そうに、ぺこりと頭を下げる。
兵士2人は馬を引いて、レジェとヒロオミに続いて広場から立ち去った。
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