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作品名:終焉の先 作者:TAK

第4回   01-4 生きて還る
レジェは、はっと目が覚めた。
いつの間にか、青年の傍でうたた寝をしていたようだ。
しかし、そんな事はどうでもよかった。

目が覚めたのは、青年の指が動いた気がしたからだ。

意識が急に眠りから引き戻されて、頭の中が冴え渡る。
「兵隊さん!?」
椅子から腰を浮かす。顔をのぞき込む。青年の表情に変化はない。けれど、手の中で、今も確かに、青年の指が一瞬動いた。きっと意識が戻ろうとしているのだ、根拠もないが、レジェは強く思う。
「兵隊さん!頑張って!」
指がまた動いた。
「兵隊さん!」
空いている手で兵隊の頬を撫でる。顔を近づけて強く呼びかける。
目の前で、青年の唇が動いた。
声は全くしないけど何かをしゃべるような動き。
「兵隊さん!ここに居ますよ、頑張って!」
手の中で、指が大きく動いた。
弱いけれど、はっきりとレジェの指を掴む。
青年の呼吸が少し乱れる。
「兵隊さん!」
「た……し…」
青年は、酷く掠れた声を出した。何を言ったのかよく聞き取れない。レジェは、何度も何度も呼びかける。やがて、青年のまぶたが、ぴくりと震えた。頬を撫でて刺激を与える。
「もうすぐです!もう少し!兵隊さん!」

まぶたがもう一度震えた。うっすらと、目が開く。

「兵隊さん!わかりますか!?」
「……」
僅かに開いた目の奥で、黒い瞳が焦点の合わない様子でじっとしている。青年はもう一度指に力を入れた。レジェはしっかりと青年の指を握る。
「たは……し、…か…」
「兵隊さん!」
青年は、何を見ているのかわからない瞳をそのままに、唇を動かした。何かを言おうとしている。レジェは、唇をじっと見る。
「どうしました!?頑張って、もう1回言って下さい!」
「あ…てん…し、です…か…」
聞き取れた?…天使?

青年は、本当に僅かに唇の端を曲げた。そして、左手を力なくゆっくりと持ち上げた。レジェがじっとしていると、大きな手のひらがレジェの頬に触れた。思わず、その手に自分の手を重ねる。
「…天使って言いましたか…?」
つぶやくと、もう一度、青年の唇の端が僅かに曲がった。今度は、レジェにも伝わった。青年は、僅かに微笑んだのだ。青年はレジェの頬を撫でながら、もう一度繰り返した。
「あ、なた…は…天使…です、か?」



青年にかけられたシーツを少しだけよけて、肩に当てた布をゆっくりと剥がす。
青年は特に痛そうな表情も見せずに、少し頭を傾けて、レジェの手元を見ている。レジェはここのところ毎日そうしていたように、手際よく肩の傷に薬を塗りつけて新しい布を当てる。
「痛みはどうですか?」
「…あ…いや、それほど、今は感じません…。」
青年の声は、低く穏やかな声だった。今は力が隠っていないが、もしも普通の状態で声を聞けるとしたら、恐らく「心地よく思える」声に違いない。
「俺は…どれくらい、眠っていましたか?」
「戦争の日からは、8日間ですね。戦争は1日で終わったようですよ。」
「8日…」
レジェは、薬瓶の蓋を閉めながら答える。
「ここは…?」
「ここは教会です。ティアガラードの東の端にある、辺境の村の。ここから半日も歩けば、隣のヤマに入れる程の端っこですね。」
「そう、ですか…。」
「…あ」
青年に呼びかけようとして、レジェは大切なことを聞き忘れていたことを思い出す。
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「俺、ですか?…俺は、ヒロオミと言います。」
「ヒロオミさん、ですね。私は、レジェといいます。」
「レジェさん…」
「それで、ヒロオミさん。少しつらいと思いますが、起き上がって欲しいのです。ずっと同じ姿勢だと背中が痛んでしまいますし、それに薬湯と、ほんの少しだけでも食事を。」
「あ、あぁ…もちろんです…」
ヒロオミは、起き上がろうというそぶりを見せる。慌ててレジェは制止した。
「あぁ無理はしないで、今手伝います、ひとりでは肩がきっと痛みます。」
「い、いえ、なんとか…。…っ!」
「ほらほら、だめですよ。」
レジェは、ヒロオミの肩に手を回した。ヒロオミの鼻先に、ほんの微かにレジェがつけている香水か何かの匂いがする。とても落ち着く匂いだな、と瞬間的に意識がそちらへ無垢が、それよりも今は起き上がることだと意識を戻す。なるべくレジェに負担をかけないように、左手を使ってゆっくりと上半身を起こしていく。思ったよりも遙かに重労働で、左腕が細かく震えるのを感じる。
「大丈夫です、ちゃんと支えますから…ゆっくりと。」
「すみ、ません…」
大げさな時間を費やして、ようやくヒロオミは座る姿勢になることができた。レジェは、ヒロオミの背中の辺りに引いてあった布を取り払って、ベッドの下から新しい布を拡げて、キレイに敷き直す。
「腰の後ろに枕を置いておきます。すみませんが、そのままの姿勢で少し待っていて下さいね。今、薬湯の支度をしてきますから。」
レジェの作業は、本当に手際がいい。「止まる瞬間」というものがない。まるで流れ作業のようにスムーズに次々と仕事をこなしていく。ヒロオミの、まだ少しぼんやりした頭では、今何をしてもらっているのか理解が追いつかない程だ。あっという間にヒロオミのベッドを整え終えて、ヒロオミの肩にショールをかけ、テーブルの上の薬瓶や古い布をまとめて手にすると、部屋を出て行こうとする。なぜだか突然気持ちが焦って、ヒロオミはレジェに声をかけてしまう。
「あ、あの、…レジェさん」
「?どうしました?」
レジェがドアノブに手をかけたまま、くるりと振り返る。
「あ、いや…その、ありがとう、ございます。」
にっこりと。レジェが微笑んだ。まるで花が咲いた瞬間のようだ。
「いいえ。気にしないで下さい。大丈夫、すぐに戻りますね。」

レジェは部屋を出て行った。


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