ダルセとフィランゼは、昏々と眠るエザリムを置いて、自分達の研究所に併設された気象学研究所へと足を向けた。理由は1つ、衛星を手に入れるためである。 少なくとも、衛星は問題なく稼動をしているはずで、問題は衛星からのデータを受信し、衛星を制御するための機械がきちんと作動しているかどうかということであるが、ダルセとフィランゼは、驚く風景を目の当たりにした。 「あれ。お客さんだ。」 なんと、人が居て、衛星を既に操作していたのである。
「あらら。他にも生きている人がいるなんて。灯台下暗しってこういうことを言うのねぇ。」 居たのは2人。小柄な青年と、随分おっとりとした女性。 ダルセとフィランゼは、突然の非礼を詫びた。 「ごめん、正直、俺たち以外に生きている人がいると思わなかったんだ。」 「すみません。勝手に入ってしまって。」 小柄な青年は、茶色の髪を短く刈り上げている。丸く小さな眼鏡をはめ、いかにも学者といういでたち。おっとりとした女性は、プラチナブロンドの長い髪を1つに編み上げて、前に垂らしている。 「いえいえ。私たちだって気がついてなかったんですから…。ねぇ。ゼアさん。」 「まぁ、この緊急事態に細かいことを言ってもしょうがいないしね。」 それから、お互いに自己紹介をした。 「俺はダルセ・レジナルド、隣の生命研で研究してます。」 「私はフィランゼ・ミュシャ、同じく隣で研究してるわ。」 「僕はゼアノート・クレスト・ジュニア。地質と水脈を研究してる。」 「私はミーゼリア・フォン・ノイマン。宇宙工学を研究してます。」 「それで…。」 ダルセが口火を切る。 「他の方々は?」 「多分君達と同じだね。今日は休みだろ?研究所に来てた数少ない連中以外は町でどうなったかわからない。ここに偶然居た、幸運な連中もパニックを起こして飛び出していった。」 「うん、確かに同じだな。」 ゼアノートは肩をすくめる。 「結局、ここに残った方がよかったわけだけど。」 「まぁ、ゼアさん。私はのんびりしてただけですし、ゼアさんだって論文を選んで逃げ遅れただけで…。」 状況に非常に不似合いなお嬢さんだな、とダルセはミーゼリアを見て思う。フィランゼも、突然の拍子抜けに、少しテンポがついていけない様子だ。 ダルセは咳払いをした。 「まぁ、じゃぁ、結局。この広い研究所で、いるのは俺たちだけ?」 「多分ね。君らはどうしてここへ?」 「フィランゼ?」 ダルセが肩をぽんぽんと叩く。フィランゼがはっとしたように動き出す。 「あ、あぁ…。実は、調べたいことがあったの。」 「なんでしょう?お役に立てるかしら?」 「きっと。数箇所の爆発地点を調べて、残骸物がなんなのかを知りたい。」 「残骸?」 ゼアノートはおかしなことをいう、とゼスチャーで表現をする。 「建築物の破片、それと死体。だろ?」 「そう、その建築物の破片よ。」 「ふむ…何かわかるの?」 「ゼアさん、調べましょう。きっと何かあるのよ?」 どうも、ミーゼリアのノンビリした口調は、この災害を置き去りにしてしまう力を感じる。ゼアはミーゼリアを見て、フィランゼを見た。その目は半信半疑の眼差しだったが、まぁ大して手間じゃない、と呟いて、両手の指をわきわきと動かし、液晶パネルの操作を始める。
「どれでもいいのかい?」 「うん、どれでも。」 ゼアは手際良く操作をしている。瞬く間に衛星のレンズは地上を捉え、シールドの中へと入ってくる。 「少し画像が重くなるよ。解像度はなるべくよくしておきたいから。」 「ゼアさん、しっかりね。」 ダルセとフィランゼは画面をじっと見る。まるで自分が空から地上に急接近するような錯覚さえ覚える。 「これなんかどうかな?」 ゼアは、爆発の後を捕らえた。 フィランゼは、それを見て、やっぱりという口調で呟く。 「ねぇ。これ、残骸が多くない?」 「え?」 ダルセは画面を見つめなおす。 「ゼアノートさん。」 「ゼアでいいよ。」 「じゃぁゼアさん。AMCCセンターのビルの残骸を探し出せる?」 「もちろん。」 ゼアは液晶パネルを操作する。あっという間に座標を探し出して、ビルの残骸を映し出す。 「ダルセ。AMCCセンター行ったことがある?」 「前を通ったくらいだな。」 「あのビルの形、覚えてる?」 「えー…四角い。」 「そうよ。四角い。丸とか何にもない、昔からあるビル。単なる直方体よね。」 「あ!」 ゼアが声をあげた。ゼアも気がついたようだ。 「まぁ。確かに、これは多いわね。」 ミーゼリアも、フィランゼの言葉で気がついたようだ。 「え?なんだ?」 「破片を数えて。ビルの角の。」 「ん。ん?」 ダルセも数を数えて、ようやく気がつく。 「なんだ?多いな。」 「そう、これ、ビルが2つ…もしかしたら3つ分くらいの残骸じゃない?」 「…まさか…。」 「おかしいな。爆風でとんだにしては、おかしい。」 ゼアは思いついたように、パネルを操作して、次々と残骸を映し出す。 「これもだ…多い。というか、周辺の建物の残骸を見たけど、どれも多い。」 「不思議ねぇ。どれかが多くてどれかが少ないなら別にして、どれも多いのは…どうして、増えたのかしら。」 「まさか…。」 ダルセだけは、ようやくエザリムの言葉の意味を理解しかけているようだ。フィランゼは、やはり、と口の中で呟いた。これは、エザリムが「近くに寄せた」からなのだ、と。 「君達は、この理由を説明できるのか?」 ゼアノートは、ありえないという表情をして、フィランゼとダルセを見た。
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