「だめだ、どこも同じだ。」 ダルセは部屋に戻って最初にフィランゼにそう言った。 「そう…。」 フィランゼは眠る女性を見ながら、心のどこかで予想していた通りの状態にため息をつく。 「目が覚めた?」 「まだ。」 ダルセは手にした資料をフィランゼに手渡して、部屋に置いてあった椅子にどかりと腰を下ろした。フィランゼは資料をぱらぱらとめくりながら、その内容に目を通す。
今の地上にに、人類が生存可能なエリアは8カ所。どこも地上の環境を遮断する大きな「シールド」に囲われて、人は普段はそのエリアに密集するように生活をしている。人類は、自らのせいで地上の環境を悪化させ続けた結果、今となってはそのように生活するしか方法がなくなっていた。 だが、今や、このエリア同様、世界中に点在する他のエリアも悲惨極まりない状態に陥っていた。酷いエリアは、シールドを発生させるための設備そのものが破壊されてしまい、最早人類が生きていられる状態とはとても思えない状況になっている。 ダルセが持ってきた資料には衛星写真が載っている。赤茶けた大きな大地の中で、真っ黒になってしまっているエリアの図。きっともっと拡大すれば、そこには死体が累々と積み上がっているに違いない。
「ここと、あと1カ所だけだな、シールドが残っているのは。」 フィランゼが眉をひそめながら資料に目を通すのを見ながら、ダルセは諦めの口調で言う。この星での人類の営みは、多分もう終わりだろう。そういう口調。 「それにしても…本当に、この女がやったんだろうか。」 「今、何も起こってないわ。」 フィランゼは資料をダルセに返した。ダルセは、資料をテーブルに放り投げる。2人は、ゆっくりと眠る女性を見つめる。 「そう、ジェネノイドだったわ。」 「へぇ…。」 「特に検査したけど、おかしいところは何も。」 「改造とかも?」 「詳細に検査しないと細かいことはわからないけど、少なくとも表面上は何も出てこなかった。単なる特注の一体物ジェネノイド。」 「そうか…。」 ダルセもフィランゼも、疲れた声をしている。 しかし休むことができないのは、この眠る女性が次にどうなるか、全く予想もできないからだ。もしかしたら、女性が目を覚ました瞬間に、自分たちは死んでしまうかもしれない。 かといって、放り出しておくわけにもいかない。確かにこの女性が気を失ってからは、全く周囲は静かな風景に戻ってしまった。何かしら、彼女が爆発に関わっているのは疑いもないことだ。 「なんなんだろうねぇ…。」 「わからないわ。」
女性が、呻く声がした。2人とも、今までの疲れ切った表情を一変させて、女性を見つめる。気がつきそうだ。緊張を感じる。 女性は、眉根を寄せてもう一度、呻き声を出した。やがて、ゆっくりと目を開く。フィランゼは、再びそのブルーの瞳に光が当たるのを、じっと見つめる。 「…ここは?」 初めて、言葉になった女性の声を聞いた。自分たちは死ななかった、フィランゼはそのことを瞬間的に思いながら、女性に言葉をかける。 「ここは、私たちの研究施設。あなたは私たちに連れられて来たの。」 「…。」 「あなたは、ジェネノイドね?」 「…そうよ。」 エザリムは、ちらりと、初めて2人に視線を送った。その視線は、さっきのように鋭いものではなく、むしろ弱々しい。 「名前を聞いても?」 フィランゼは、彼女の様子をじっと見つめながら、ゆっくりと言葉を与える。エザリムは2人を交互に比べるように視線を送って、それからフィランゼをじっと見ていった。 「私はエザリム。」 「そう。私はフィランゼ。それから、後ろにいるのがダルセ。」 「フィランゼ…ダルセ…。」 エザリムはもう一度、2人に視線を送った。 ダルセは固い表情でエザリムを見つめ、フィランゼは微笑みを見せている。 「ねぇ、エザリム。1つ、聞きたいことがあるの。」 フィランゼは安心させるように、ゆっくりと柔らかい声でエザリムに質問をすることにした。背後のダルセが緊張しているのが伝わってくるが、聞かないわけにはいかない。 「あの爆発を起こしていたのは、なぜ?」 「…爆発?」 エザリムは首をかしげた。まるで「爆発なんてあったかな?」という感じで。ダルセがいらっとして声を出そうとするが、フィランゼは片手でダルセの動きを止める。ダルセはひとつため息をついて、大人しくなる。 「…あぁ。あれ?わからないわ。私はただ、人を捜していただけ。」 「人を?」 「そう。ハルよ。」 「ハル?あなたが捜している人の名前?」 「そう。タカハルっていうの。知ってる?」 「…いえ、残念だけど。でも、あなたが見てる方角に爆発が起こってた。」 「うーん…。」 エザリムは伏し目がちになって考える。 「…遠くを見てた。でも、よく見えなかったの。だから、私はよく見たくて、近くに寄せたわ。でも、ハルはいなかった。だから寄せるのをやめた。」 「…?」 何を言ってるかわからない。フィランゼはエザリムの言葉を心で繰り返す。「近くに寄せた」とはどういうことだろう。 「近くに…?」 「そう。よく見えるように。遠くのビルは、中までよく見えなかったから。だから、近くに寄せたの。」 「…空間を曲げたってことか?」 背後から、ダルセがぽつりという。その口調には、まるで自信がなさげだ。 「…それはわからないわ。そんなこと考えてもなかったけど。」 エザリムが答える。 「エザリム。大切なことだからゆっくり考えて。」 フィランゼは、エザリムの顔をのぞき込んで目線を合わせた。エザリムはフィランゼを見る。フィランゼは恐怖感を与えないように、慎重に自分から威圧感を除くことに努める。 「…私は、確かにジェネノイドだけど。でも、特別な力は何ももっていない。作られたのは16年前。母親を亡くした子供の母代わりとして。それだけ。」 「うん。実際、あなたは確かに、普通のジェネノイドだわ。」 「でも、とても大切なハルが、今朝死んでしまったの。」 「どうして?」 「事故で。」 ダルセはあっと声をあげた。フィランゼが振り返る。 「事故って、まさか…あの、AMCCの障害の?」 「何それ?」 ダルセは「あ、そうか、フィランゼは知らないんだ。」とつぶやいて、簡単に説明をする。フィランゼは、それを聞いて簡単に納得をする。 「ごめんなさい、話が逸れたわ。それで?」 「それから、私はハルの遺体と一緒に居た。どうしてか、わからなかったの。」 「どうして”いい”か、じゃなくて?」 「ううん。どうして、ハルが急に死ななくちゃいけなかったのか。わからなかった。」 「あぁ…そうね。」 不慮の事故に、理由などあるはずもない。 「考えていたわ。私は、ずっと遠い未来に、ハルとは別れなくちゃいけなかった。でも、こんなに突然なんて思いもしなかった。突然、ハルを失ってしまわなくてはいけないのが、どうしてか、考えたの。」 「エザリム…落ち着いて。」 エザリムの感情が昂ぶるのが雰囲気でわかって、フィランゼはエザリムの肩に置いた。そのまま、肩を撫でて、エザリムを落ち着かせるようにする。エザリムは、瞳を潤ませながら、一息つく。 「…それで。突然、思い出したの。」 「何を?」 「ハルが言ったことを。人は生まれ変わるって。」 ダルセはじっと黙っている。ダルセの感情の昂ぶりもフィランゼは背中に感じていたが、何も言わずにじっとエザリムを見つめる。 「…だから、捜してた?ハルの生まれ変わりを?」 「そう。」 エザリムはいたって普通に答えた。 「気がついたら、知らない場所にいたわ。ハルはどこにもいなくて、私は捜したの。遠くにあるもの全てを、自分の傍に寄せて。けれど、ハルはいなかった。だから、もういらないって思ったの。」 「いらないって思って?」 「目を離しただけ。」 「そしたら爆発した?」 「馬鹿な!」 ダルセがとうとう声を出した。椅子を後方に倒しながら勢いよく立ち上がる。フィランゼは振り返る。 「ダルセ、落ち着いて。」 「何もしなかった?ありえないよ。生まれ変わり?そんなことが…」 「ダルセ!」 「…すまない。」 ダルセは椅子を拾って、再び座る。 「ねぇ、エザリム。もう1つだけ教えて。」 「なに?」 「遠くって、どれくらいの遠く?」 「…わからないくらい。別のコロニーのシールドが見えるくらい。」 フィランゼはこともなげに、その言葉を受け取った。 「そう。わかったわ。それでね、エザリム。」 フィランゼはエザリムの視線をもう一度、ちゃんと捉えた。 「今、外は大変なことになってる。あなたも、疲れているわ。ハルを捜すのは、後から必ず手伝う。だから、今はもう少し、休んで。」 「…。」 「お願い。1人で捜すなんてとても無理だと思うの。あなたもきっと一杯捜したでしょう?私たちは、準備の時間さえくれれば、きっと役に立てる。だから。」 「…うん、ありがとう。」 フィランゼは心からほっとした。エザリムを、もう一度眠るように促して、ポケットに入れておいた皮膚吸入の薬を取り出す。 「これは、あなたがちゃんと眠るためのもの。安心して。」 少し、緊張しながら、エザリムの腕に押し当てて、薬を作動させる。 エザリムは、やがて目を閉じた。
|
|