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作品名:終焉の先 作者:TAK

第36回   05-1 秩序の沈黙
もう少し、1000年以上前の時代の話が続く。

後の世界で「秩序の沈黙」と呼ばれる大災害が発生したのは、春の陽気もうららかな午後のことだった。
具体的には、突然、脈絡もない場所で次々と爆発が発生したのである。
平日の午後だったこともあって、人々は普段どおりの生活を送っていたから、被害は相当なものだった。最初は事故対処のための公的機関が移動するけたたましいサイレンの音が人々の阿鼻叫喚の中で鳴り響いていたが、それもやがて聞こえなくなり、ただ人が逃げ惑うパニックの状態になってしまった。

爆発は、同時に違う場所で、何度も何度も発生した。
美しく整備されていた町並みは、どんどんと形を変えていく。
爆発により無惨に姿を変えたビルは、他の爆発によって、さらに崩れ、形を変えていく。
もはや「逃げる場所」すら失った人たちが、それでもどこかに逃げながら、それらに巻き込まれて死に絶えていく。既に僅かに残った「平たい場所」は、死体が累々と転がる状態だ。


フィランゼは、不愉快な気分で目を醒ました。
起きた直後は、てっきり自分は死んだのだと思った。なぜなら、そういった死体が累々と転がっているのを見たからである。ここは地獄なのかな、と考えたが、どうみても自分がいるのはベッドだし、壁が崩れて大きな穴があいているが、確かに見慣れた部屋には間違いない。

体を起こして、まずは伸びをしてみる。異常がない。
ゆっくりと足を床につけた。恐る恐る足を動かしてみる。異常がない。
立ち上がる。違和感もない。そこまで確認をしてから、もう一度、壁の穴から外を見る。
遠くで爆発音が地鳴りのように響いて、何度か風を感じる。
これは一体、何事か。

ゆっくりと、遡って考えることにした。
予定通りであったなら、3日前のこと。
自分は、手術を受けるために眠りについた。病気だったわけではない。自分の研究成果を確かめるために、彼女は手術を受けることにしたのだ。研究には結構自信があった。

研究は、人工人体への「メモリーダウンロード」。今の時代、人体の限界を感じていた科学者たちが競うように争っていたテーマである。結局のところ、人間は老いを緩めることはできても不老にはなれず、ましてや不死になることはできなかった。人間の体には生物学的にどうしても「消耗」というものがあり、それを超えることは不可能だったのである。次に注目されたのが、人間の「意識」を人工人体に移すということだった。人工人体はジェネノイドに使われているもので、消耗がない。だから、ジェネノイドは不老なのだが、人間も同じ体を手に入れることに躍起になったのである。
しかし、人間の「意識」は、それはそれは膨大なもので、結局のところ死後にメモリーを吸い上げる作業はできていたが、それらを実用的な時間内に人工人体に納めることができずにいた。何年も何十年もかかってしまったら意味がないし、そもそもそれだけの時間、問題が発生しないわけがないのである。中にはその時間すら厭わずにチャレンジした人たちもいたが、いずれも満足な「再生」には至らなかった。どこか欠損してしまい、あるいは失われてしまったのである。

フィランゼは研究所で、この「永遠の課題」にチャレンジしていた研究者の1人だ。彼女は精度を高めたまま高速でメモリーを転送するための画期的な方法を思いついた。これならいける、強く確信をもった彼女は、それをどうしても実証したくて、自らを実験体にすることを思いついたのである。もちろん、別にメモリーがあるならきっとそれを使っただろうが、そもそもメモリーは入手が困難なものだったから。

そうそう、決める時、大変だった。
他の研究員はともかくとして、1人、とても噛み付いてきた研究員が居たのである。
ダルセ。彼もまた優秀な研究者で、何かとフィランゼに議論をふっかけてきていた。フィランゼは議論を楽しんでいたし、多分ダルセもそうだけど、その激しい「言い争い」は、研究所内である種の「名物」として認定されるほどだった。
ダルセはフィランゼの論文を読み、そしてフィランゼが自らで実験をするという話を聞いて、激しく反対をしてきた。彼は至極まともな意見を述べた。「メモリーが手に入るまで待てないのか?」と。
メモリーは死体からしか作成することができない。また、あまりに膨大過ぎるので欠損事故も多い。フィランゼはメモリーのアップロードからダウンロードまでの理論を組み立てていたので、両方を試したかったのだが、さりとて死体、しかも2日以内の死体を手に入れる方法なんてそうそうない。人間だって、寿命が伸びてなかなか死ななくなっているのだ。だから、自分を使うことにしたのだ。よくよく考えてのことだ。
言い争いは数日間続き、結局ダルセが折れた。フィランゼを止められなかったのである。
もしかしたらこのまま死んでしまうことに、彼は最後まで苦しい表情を見せていたけど、作業も結局のところ、彼は引き受けてくれた。

そんな経緯があって、フィランゼは3日前に死んだはずである。
今、こうして自分が起きているのは、ダルセがきちんとしてくれているなら、研究が成功したという証拠のはず。しかし、おきてみるとこの風景。
一体何があったのだろう。

ぼんやりと考えていると、また数箇所で爆発が起こった。
それで我に返って、ともかくここを出て確認しようとフィランゼは思い立つ。
と、突然、大穴があいた壁の反対側、ドアのある位置で大きな音がした。激しい音だ。一瞬、爆発が起こったのかとフィランゼの体が硬直する。
しかし、音は打撃音らしく、何度も繰り返している。
「誰かいるの?」
大きな声で呼びかけてみた。
「フィランゼ!目が覚めたのか!」
音がぴたりと止んで、返事が返ってくる。ダルセの声だ。
「ドアから離れていろ!電源がないから開かないんだ!」
「大丈夫、離れてる。」
再び打撃音が始まる。フィランゼは、ドアが外からの圧力で膨れ上がるのを見つめる。
壁の穴の外では、爆発音が響いている。

とうとう、ドアは激しい音と共に内側に倒れてきた。床に倒れて、埃が上がる。
「フィランゼ!」
ダルセは手にした鈍器を捨てて、部屋に駆け込み、フィランゼを見て一目散に抱きつく。
「ちょっと!痛いってば!」
「生きてた…!生きてた…!」
痛いくらいに抱きしめられる。ダルセがこんな反応をするなんて、余程のことが起こっているらしい、他人事のようにフィランゼは考える。
「ねぇ、一体何が起こってるの?」
「わからないんだ。」
「はぁ?」
「本当だ。わからない。突然、信じられない程の爆発が発生している。」
ダルセはようやく手を離して、フィランゼの顔を見ながら答える。
「もう、情報伝達手段は全滅している。情報は入らないし、出すこともできない。」
「…なんなの、一体…。」
「ともかく、逃げないといけない。」
「どこへ?」
「わからない。だが、爆発で平地になった場所には爆発は起こってないみたいだ。そっちへ逃げよう。」
ダルセは真剣な表情をしている。まだ、多分冷静。だとしたら、その判断力を信じてもよさそうだ。フィランゼは考えて、同意をする。

2人は研究所を出た。爆発は遠くで次々と起こり、とどまることなくビルを平地に変え続けている。


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