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作品名:終焉の先 作者:TAK

第34回   04-6 変わらない朝
心のどこかに家族が減った寂しさはあったが、2人はそれを徐々に埋めながら、2人だけの生活を送った。
いくつもの季節が流れ、2人だけの生活にも慣れていき、やがて父親がいなくなって何度目かの春を迎える。

「おはよう〜。」
「遅い。遅すぎるわ。さっさと顔を洗って、着替えて。」
エザリムが忙しそうに朝食を作っている。既にテーブルの上には食器が並べられている。
「だって昨日、ねぇ…」
「何か?」
「何でも。ふぁあわぁ。」
隆治は大きな欠伸をしながら、手を伸ばして洗面所へと向かう。
エザリムは視界の端にそれを見ながら、出来上がった料理をフライパンから皿へと移す。
「今日って朝から会議だっけ。」
「そうよ。…って、なに、そのネクタイ。」
隆治は、ワイシャツを着てネクタイを結びながら戻ってきた。視界の隅に再び入ってきたそれを見て、エザリムが声をあげる。
「少しは組み合わせを考えてよ。」
「俺的にセンス抜群なんだよ。」
「やめてよね」
フライパンを戻して、エザリムは手を洗い、タオルで拭きながらクローゼットへ走る。扉をあけて、吊るされたネクタイをいくつかよけて、1本を選び出す。
「はい、これに変えて。」
「もう締めちゃった。面倒くさい。」
「…あのね。」
エザリムが隆治の首に収まったネクタイを掴んで、隆治を引き寄せる。ネクタイをあっという間に外して、自分が選んだネクタイを首にかける。
「わかってるのかな?私、忙しいのよ?誰の朝食を作ってると思ってるの?」
「えー…エザリムだって食べるんじゃ?」
「そういうことを言ってるわけじゃない、でしょ?」
きゅっとネクタイを締めると、隆治が咳き込んだ。無視して、再び台所に戻る。
「酷いじゃないか、うぇ…。」
「酷くない。さぁ、座って。」
コーヒーをカップに注いで、隆治の前に置く。
「あーあ…俺のかわいい奥さんはどこに行ってしまったんだろう…」
「ここにいるわよ?」
背後から隆治に抱きついて、頬にキスをする。
「あ。いたいた。こんなところに。驚いちゃったよ。食べてもいい?」
「どうぞ。」
隆治はおどけながら、手を合わせて「いただきます」と声を出す。
「もうすぐパンが焼けるから。」
「んー。うまいね、かわいい奥さんのスクランブルエッグは格別。」
「はいどうぞ。こちらのパンもかわいい奥さんが作ったらしいわよ?」
バターを落として、焼きあがったパンを出す。自分も座って、一緒に食事をする。
「エザリムは、今日は午後から?」
「そう。午前中に外を周ってからいくから、少し後ででかけるわ。」
「おう。あぁ、今日の夜はちょっと遅くなると思うよ。」
「夕食は?」
「出ると思うから、いらない。」
「はーい。」
慌しい、いつも通りの朝。
2人とも、朝食を済ませて、隆治はネクタイを締めなおし、立ち上がる。
「さ。いってこよ。」
「はい、いってらっしゃい。」
隆治がいつも持っていくかばんを手にとって、玄関までついていく。
「いってらっしゃいのちゅう。」
「したかったら、もうちょっと早く起きてよね。」
「…キスすんのにどんだけ時間かかるっていうんだよ。」
笑いながらかばんを手渡す。ついでに、軽くキスも。
「じゃ、また後で。」
「うん、午後にね。」
隆治がドアをあける。家の前ある公園の桜が満開だ。今日は窓を開けて掃除をしてからでかけよう、と心でつぶやきながら、見送る。

朝食の片づけをして、窓を開ける。
温かい風が室内にも入ってくる。とてもいい天気で気持ちのよい日だ。
エザリムは、両手を伸ばして、思い切り息を吸い込んだ。
肺一杯に、春の空気が入ってくる。

しかし、まさに、エザリムが息を吸い込んだ瞬間。
隆治は空を見あげて、エザリムの名前を呟きながら、その呼吸を永遠に止めたのだ。

エザリムがそのことを知ったのは、1本の電話だった。
それは、警察からのものだった。


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