隆治は、まっすぐ成長していた。 恐らく母親似の顔立ちは、父親に比べると柔らかい印象だが、きりっとした目元と口元が印象的で、中学を卒業する頃には、周囲の恋を知った女の子から随分ともてるようになっていた。 彼は素直でまっすぐな性格をしていたので、実際のところ、エザリムはすっかり彼が成長すると、むしろほとんど手をかける必要はなかった。叱るべきことは何もしなかったし、隆治は自分のことは大抵、自分できちんとできるようになり、エザリムは「保護するべき母親の代わり」から、「よき助言をする周囲の大人」へと、ゆっくりと自分の役割をシフトしていった。
「ただいま〜」 「おかえりなさい。お風呂沸いてるわ〜。」 「やった。先に入ってくる!」 玄関から、顔にいくつもテープを貼った隆治が走りながら風呂場へと向かう。高校生になってから、彼はサッカーをやるようになった。最初、怪我をして帰ってくるのにエザリムはびっくりしていたが、本人はかなり楽しんでいるようだ。やがて、家に帰ると最初に風呂に入って汗を流すのが日課になっていた。
エザリムは幸せだ。 自分の存在意義を疑う必要もなく、毎日が充実した生活を送ることができている。 隆治は、もう立派に一人前になった。 この先、彼がもう少し成長したら、きっと彼の一生の相手を連れてくるに違いない。そして、隆治がしっかりと自分の家庭を持って、父親が老後を楽しめるようになったのなら、自分は役割を果たしたことになる。 その先のことは考えていないけど、でも、そこまでたどり着けたなら、きっと自分は満足をすることができるだろう、エザリムはそう思っていた。
「父さんは?」 「今日は泊りがけで懇親会だそうよ。」 「へー。大変だね。でも土産楽しみだな。」 髪を拭きながら、ラフな格好で隆治が食卓に座る。 エザリムは料理を並べている。 「なんだか今日は変わった料理だね?」 「うふふ〜。実は、会社で教えてもらった料理にチャレンジしてみたの。」 「うはは。きた、エザリムの初挑戦だ」 隆治は笑い声をあげながら、ミネラルウォーターをグラスに注いで飲む。 「今日は大丈夫なんだよね?」 「さぁ、どうでしょう。」 エザリムは趣味らしい趣味を持っていなかったが、父親の手伝いで会社に行くようになってからは、料理が趣味のようなものになりつつある。時折とんでもないものを作るので、隆治は「エザリムの初挑戦」と呼んで、新作の料理を怖さ半分、楽しみ半分で食べるようになった。実際の確率は、半分より少し分がいいくらいなので、「食事という日常作業」という観点からすると、かなりの賭けとも言える。 「お。今日は当たりだ。ラッキー。」 いただきます、と勢いをつけて食べ始めた隆治が、意外そうな顔で感想を述べる。 「結構最近は外れてないんだから。」 エザリムはにこにこしながら、自分も食べ始める。
「はいコーヒー」 「ありがとう。」 隆治は居間でサッカーの試合を見ている。昼前にエザリムに連絡をいれて、録画をしてもらったものだ。 「そういえばもうすぐバレンタインデーだね」 エザリムも、近くに座って一緒に試合を見る2m四方ほどの空間に、サッカー選手が突如として現れたり、小さくなったり。3Dというのは本当に忙しい。 「うーん、俺甘いものあんまり好きじゃないからなぁ」 試合に夢中になりながら、あまり乗り気じゃない声で隆治は答える。 「今年も沢山もらえるかしら、私は甘いもの好きよ?」 隆治は毎年、沢山もらってくる。サッカーを始めてからは、さらに量が増えた。最初は断っていたらしいのだが、エザリムが「全部断りきれないのなら、全部もらったほうが多分いいと思うよ?」と教えてからは、大人しく全部受け取っているようだ。本人は甘いものがあまり好きではないので、結局エザリムに全部手渡されるのだが。 「あぁとられた…なんでチョコなのかな〜って思うよ。誰だろうバレンタインなんて考えたのは。」 ひいきのチームがボールを奪われた不満も篭めて、隆治は愚痴る。 「さぁ。でも、毎日じゃないんだからいいじゃない。」 「毎日あったら困るよ。エザリムだって太るだろ?」 「…私は太らないから。」 エザリムが憮然とした表情をする。 「よし!そのままゴールだ!…それに、俺はどうせ食べないし、女の子にも悪いよ。」 「あら。一応悪いと思ってるんだ。」 「そりゃそうだ…あぁはずした!もう、いっつもチャンスに弱いんだよなぁ」 頭を両手でくしゃくしゃと掻き毟っている。 「またチャンスが来るでしょう」 「そんな甘いこと言ってたらいつまでも点数なんて入らないよ。」 隆治はコーヒーを飲んで、エザリムに、まるで自分が指揮をしているかのように偉そうな口調で述べる。 「それにさ。」 「うん。」 「本当に欲しい人からもらえなかったら、意味がないんだ。」 「あら。」 そっちに話が飛ぶんだ。エザリムはコーヒーを飲みながら思う。 「欲しい人がいるんだ?」 「そりゃ、俺だってお年頃だもん。」 あ、赤くなった。かわいいなぁ。エザリムはその事は口にせずに、笑顔で見つめる。 「あぁハルも成長してるのねぇ…もう少し成長したら、きっと紹介してもらえるかしら?」 隆治はコーヒーを飲みながら、眉をひそめた。 「そんなのわかんないよ。っていうか、そういう意地悪はお年頃の子供にどうかと思う。」 「あららごめんなさい。意地悪なんかしてないつもりだけど?」 「まぁいいや。エザリムも、今年もちゃんとくれよ?」 「えー。」 「面倒臭がったら、俺は今からだってグレるからね。」 そういえば、沢山もらえるようになってから、1回だけ、何もあげるものを用意しないことがあった。隆治はそれを知って酷くエザリムに怒った。こういうのは毎年の積み重ねが大事なんだ!と、それはそれは変な理論だったけど、怒られても用意しない理由もなかったので、それ以来、きちんと用意している。今年も。 「あんなに沢山あるのにねぇ…。」 「そういうことは言わないの!」 「はいはい。」 「あ、きた、ゴールだ!」 歓声が上がる。隆治がガッツポーズを取る。
エザリムはその様子を見ながら、幸せだな、とこっそり思う。
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