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作品名:終焉の先 作者:TAK

第3回   01-3 目覚めの時
子供の頃、爺さんについて大きな街の教会に出かけたことがある。
今思えばあれは首都の大聖堂だったのだが、とにかく何もかもが初めての体験だった。あんなに沢山の人が世の中にいることは全く知らなかったし、見えなくなるまで建物が続いている風景というもの初めて見た。

爺さんは、旧知の知り合いを訪ねるために教会を訪れたようだった。

教会は見たこともないような建物の格好をしていて、今まで村で見たどの建物よりも大きく、天井は高く、そしていたるところに絵や彫刻が置かれ、不思議な匂いが漂っていた。
爺さんの知り合いは俺の頭を温かい手で撫でてくれた。「今から少しお話をしているから、今、遊んでくれるお姉さんがくるからね。」その声はとても低く、優しい声だった。言われた通り、間もなく女性が現れて、手を引いて、教会の色々な場所へと案内してくれた。ほとんど今となっては覚えていないが、たったひとつ、最後に連れて行ってもらったひときわ大きな部屋は、時々大人になった今でも思い出す。

そこは、大聖堂だった。
まだ小さかった俺には、どこまでも広がるような高い高い天井と、それを支える壁に配置された、ステンドグラスを入れた窓から差し込む光は、まるで夢の世界のようだった。
女性に手を引かれたまま、俺は口を開けて上を見続けた。
色とりどりの光が降り注ぎ、教会の白い壁を照らしている。
天井には、浮き彫りにされた沢山の彫刻物が生き生きと存在している。
そして、真正面には、真っ白な浮き彫り。今考えても、生涯であれほどの感動を覚えた瞬間はない。そこには、子供心に「美しい」と感じる程の人が、自分を見つめてたたずんでいた。



いつの間にか、暗闇の中で、細い細い糸のように自分の意識が繋がるのを感じた。何も見えない、少しの光の欠片もない空間でヒロオミは、ぼんやりとあの「天使」のことを思い出している自分に気がついた。
ここは?
ふと思いつく。自分は、一体どうしてこのような場所にいるのだろうか。
少し暑いと感じる。空気もねっとりとして、自分にまとわりついている感じがする。しかし、それ以外の刺激は全くない。音も、光も。…いや、感触すらない。感触というか、自分が確かに肉体を持っていて、そして自分と自分以外の区別がついているという確信すら持てない。

意識に戦慄が走った。ここは、どこなんだ?
思考が混乱してくる。落ち着こう。自分は、まずは何をしていたのだろう。…そう、戦争をしていたはずだ。そうだ、すごく大きな戦争があって、自分も出陣をした。そして、斬られたのだ。斬られてからどうした?倒れた。地面に倒れて、そして、自分の右肩から血が流れ出しているのを見た。その後は?
その後が思い出せない。もしかして、死んだのだろうか。
死んだ、その言葉が頭の中で反芻される。
確かに死んだと仮定すると、この状況はぴったり来るような気がする。おおよそ生きていて、これ程の暗闇の場所というのはあり得るのか?自分の指先も見えない程の暗闇など、体験したことがない。そして、自分がこれ程不確かに思えたこともあるのだろうか。…ない。

死んだのか…。
「すとん」と心の中のパズルに正解が滑り降りてきたように、納得する。改めて、心許なく周囲を見渡す。本当に、何も見えない。そして、暑い。戦争だから、死んだのは自分一人ではないはずだ。なのに、周囲に誰かがいる気配すら感じない。もっとも、死んだ後に「気配」というものがあれば、のことだ。もしかしたら、人は死んだ後、孤独になるのかもしれない。



あの大聖堂で、ヒロオミは女性に聞いた。
正面の、このとてもキレイな人は誰なのだと。
女性はにっこりと笑って、自分と同じ目線まで腰を下ろして教えてくれた。これは、人が天に召されるとき、神様の使いとしてやってくる天使なのよ。「テンシ」という言葉を初めて聞いたので、その時は名前だと思っていた。
自分は死んでこうして暗闇に居るが、天使というものはいないようだ。
いや、気を失っている間に、実は天使がここに連れてきてくれたのだろうか。それにしても、随分と何もない空間だ。ヒロオミは、心許ない気分で、今後どうするべきなのか、待つのか、待たされるのか、手だてがなくてじっとしている。

不意に、指先に何かが触れた気がした。
それは予想外の「衝撃」だった。自分の体すら、あるのかないのか判らない感覚の中で、突然、指先だけがはっきりと「指先」とわかったのだ。指先に触れた何かはとても温かく、そして優しい感じがした。その感触は、ただ触れただけではなくて、明らかにヒロオミの「指先を知っている」動きで、何度もヒロオミの指先を撫でていた。
手を動かしてその正体を探ろうと集中する。徐々に、意識が強く明確になってくる。比例するように、自分でも今やはっきりと「指」がわかるようになった。指先から始まった「確信」は、意識の強まりと共に体に広がっていく。自分の体が、他と区別できるようになってくる。

やがて、指先を動かせると、突然に確信を感じた。
思い切って、全ての力を指先に込める。
指がゆっくりと動く。
何かを、掴む。


温かい、柔らかな「何か」は、ヒロオミの力に気がついたようだった。
手の中で、ほんの一瞬、それは震えた。


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