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作品名:終焉の先 作者:TAK

第27回   03-9 求める物(前編)
「おまたせしました、ヒロオミ〜。」
レジェは、ノックもせずにドアをあける。
「ご飯を食べにいきませ…あれ?」
予想外に部屋は真っ暗だった。誰もいないのかと耳を澄ませてみると、微かに人の寝息が聞こえる。
「寝ちゃってるんですか?」
ドアを静かに閉めて、暗い室内へと入る。ヒロオミはベッドに大の字になって気持ちよさそうな寝息を立てている。
「ヒロオミ、起きてください、夕食食べにいきましょう。」
レジェが軽く腹をぽんぽんと叩くと、ヒロオミが何か呟きながらもぞっと動いた。
「うー…ん、レジェ?」
「はい、5日間、お待たせしました。」
レジェはテーブルの上のランタンに灯りをいれる。部屋の中が明るくなる。
「あぁ、もう夜か…。」
「結構眠ってました?」
ヒロオミは大の字のまま伸びをして、勢いをつけて跳ね起きる。
「おう、祭典見てからすぐ眠ってしまったよ。」
「あはは、じゃぁ随分寝ましたね。」
「うーむ」
ヒロオミはおぼつかない足取りでベッドから立ち上がり、水差しに手を伸ばす。レジェはコップを手にして、ヒロオミよりも早く水差しを掴み、水を注いでコップを手渡す。ヒロオミはコップを受け取って、一気に水をあおる。
「うまい…今日、ちゃんと祭典見たよ。」
「うんうん。初めてでしたもんね。感想はどうですか?」
「びっくりした。」
ヒロオミはテーブルにコップを置いた。
「びっくり?」
「うん、きっと俺はレジェに聞かれるだろうなと思って、言葉を色々考えたんだけど。」
「うん。」
「びっくりだ。」
「そうですか、びっくりですか。」
レジェはにっこり微笑む。なんだか、ヒロオミは司祭の話が頭に残ってしまっていて、少しレジェを見る眼が変わっている自分を感じる。
「そうそう、私がいない間、図書室に篭ってたそうですね?カロレさんか聞きました。」
「カロレさん?」
「司書の方です。きっと街中で遊んでるかと思ったのに、私も少しびっくりしましたよ?」
「あぁ、うん。」
レジェは既にいつも一緒に居る時のローブになっている。行こう、と手だけで合図をして、2人は部屋を出る。
「ちょっと調べ物をしたかったんだよ。」
「神のこと?」
「うむ。あんまり知らないのもアレだよなぁって思って。それで、夕飯なんだけど、外でもいいよな?」
「もちろんいいですよ。」
「じゃぁ、1件、ちょっといいところ見つけておいたんだ。酒場だけど、今日は飯だけで?」
「はい、流石に1日何も食べてなかったので。あ、そうそう。明日、夕食をクレール卿と取らなくてはいけませんよ?」
「うん、そうなんだろうなと思って。店を捜しておいた。いいかどうか、今から見てくれよ。」
「はい。」
回廊に出ると、1日の勤めが終わった後だけあって、人が多く歩いている。
「レジェ司教。本日はお疲れ様でした。」
「お疲れ様です。」
「さすが、とても素晴らしかったですよ。」
「ありがとうございます」
通りすがる神官の格好をした人たちが、口々に声をかけていく。レジェはいちいち頭を下げて、挨拶を交わしていく。
「ううむ、なんかレジェがすごい人に見えてこないこともない。」
というか、実際にすごい人なんだよな、と口中で呟く。レジェは笑う。
「馬鹿いってないで、おなか空きました。早くいきましょう。」


ヒロオミが見つけた酒場へ行くと、にこやかに女将さんが個室へと通してくれた。ヒロオミが気を使って、今日と明日、あらかじめ予約を取っておいたと聞いて、レジェは少しびっくりした。
「うわぁ。ヒロオミ、すごいじゃないですか。」
「だってさ。クレール卿が来るかもって思ったからさ。」
「うん、ありがとう。」
レジェは素直に礼を言う。復活祭後は、禁欲が終わるだけあって、身分を問わず酒を呑んでお祝いをするのが普通だが、やはり枢機卿が普通の酒場のテーブルにいると、ゆっくりとはしていられない。
「料理も結構いける。聞いてみたら、酒もいいものが入っているらしいし。」
「よく見つけましたね。」
「実は受付の人に聞いたんだよ。」
ヒロオミが照れくさそうに頭を掻く。やがて、料理が運ばれてくる。
「俺も酒は明日の楽しみにしよう。」
「飲んでもいいですよ?私は今日はやめておきますが。」
「いや。一緒に飲んだほうが美味い。」
2人は、早速食事に手をつける。
「ん。おいしい。」
「だろ?」
よくある食材ばかりを用いた、豪華とは言えない料理が並んでいるが、どれも一工夫がされていて飽きない味だ。レジェは柔らかめのものから手をつけて、徐々に胃を慣らしながら食事を進める。
「そうだ。ひとつ、聞こうと思ってたんだよ。」
「なんでしょう?」
ヒロオミは水のグラスを手にしながら、思い出したことを聞くことにした。
「ハルって一体なんなんだろう。」
「ハル?…あぁ、主たる神の探しているものですね?」
「うん。」
確かにレジェに知らないって言われたことはないんだよなぁ。ヒロオミは、感心しながらレジェを見る。レジェは話し方がおっとりしているし、普段はあまり自分のことを語らず、人の話を聞くタイプなのだ、と今更ながらに思う。
一方、レジェはどきっとした。表情に出すほどではなかったが、清めの風呂で考えていたことを言い当てられたような気分になったのである。ヒロオミはしかし、普通に疑問として自分にぶつけている、そんな表情をしている。まさか、そんなわけがあるはずもない。
「本当はエザリムを祭る教会なら、もう少し詳しいことがわかるのかもしれないですが…」
レジェは少し考えるように、視線を空中に向ける。
「一応、私たちの教会では、それを「何か大切なもの」として教えているはずです。」
「うん、司書さんに聞いた。」
「でも、それが何かを、ヒロオミは知りたい?」
「ううーん、そこまでは思ってなかった。」
「そうですか。」
「でも、レジェは知ってる?」
「まさか。」
レジェは苦笑する。
ヒロオミは料理を口に運んで、気楽にこの会話を楽しんでいる。
「そうですね。沢山の本を読んで思ったことですが…。」
「うん。」
レジェは言葉を選ぼうとした。それで、ふっと思い当たった。
「もしかしたら、物ではなく人なのかも。」
「人?」
ヒロオミは予想外だ、という顔をした。
「絶望するほど捜しても、見つからない人?」
「あぁ、本当かどうかはもちろんわかりませんよ?」
レジェは慌てて言葉をつけたす。
「う、うん。」
「でも、神が世界を作った時の話は読みましたか?」
「うん。」
「大地を治し、光と闇を作り、道具を与えて、最後に知識を渡した。簡単に言うとそうなるんですけれど、決して神は人を創ってはいないのですよ。」
「…あぁ。確かにそうなるね。」
「うん。他の全ては創ったけれど、それらは人に与えるためだった。ということはですね。神々は、人以外のものはすべて創ることができるんです。」
「なるほど、探し物は、創れないものってことか…。」
「ま、私のあてずっぽうです。」
レジェはにっこりと笑って、料理を口にする。
「ふーむ、なんか納得した。レジェはやっぱり頭がいいんだな。」
「やっぱり?一度も褒めていただいたことなどありませんでしたよ?」
「司書の人に聞いた。」
ヒロオミは思い切って、口にすることにした。実際、頭の中だけで考えているのに、そろそろイライラと来ていた。見る目が変わってしまいそうな自分に嫌気がさしてきた、とも言える。
「…なんて?」
レジェが、表情を変える。穏やかな微笑み、しかし先ほどまでの手放しの微笑ではない。
「うん、少しだけだけどね。レジェの年で司教なことはめずらしい、ましてや大司教を放棄してまで辺境の村に赴任したことは、とてもめずらしいって。」
内心、ドキドキしながらヒロオミは答える。
「そうですか…それで、」
レジェは一旦言葉を区切って、ヒロオミを真剣な眼差しで見つめた。
「それで…私を見る目は変わってしまいますか?」
「え…。」
ヒロオミは突然、核心を突かれた気分だった。
レジェは、微笑みを崩さずに、でもじっとヒロオミを見つめている。
なんて答えよう。ヒロオミはじっと考える。
「…なーんて。」
ヒロオミが何も言えずにいると、レジェがいつもの笑顔に戻った。
「実際には、それほどでもないんです。大司教には、クレール卿の我侭でつけられそうになっただけで。ヒロオミ、噂をあまり間に受けてはだめですよ?」
「あ、あぁ。」
レジェは、再び料理を食べ始める。ヒロオミも手をつける。
「うん、明日はここの料理屋にクレール卿を連れてきましょう。きっと喜びます。」
「そうだね。」
躊躇してしまった自分に気を使ったのか?ヒロオミは心の中で考えた。躊躇した自分を恥ずかしいとも思った。レジェは目の前で、いつもと変わらない様子でいてくれる。
料理はおいしい。でも、さっきより味気ないな。ヒロオミは心に引っ掛かりを持ったまま、食事を続けた。


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