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作品名:終焉の先 作者:TAK

第26回   03-8 復活祭
朝から町の中央広場には大勢の人が集まっている。
教会の大聖堂入口からは長蛇の列が伸び、大聖堂には人のざわめきが満ちている。
今日は復活祭当日。

「すごい人ですね」
「ええ。今日は街の人口が2倍くらいになっていると思いますよ。」
ヒロオミは既に席に座っている。隣から答えを返してくるのは、司書をしていた神官だ。結局ヒロオミは5日間ほど図書館に通い詰め、その間に司書とすっかり仲良くなってしまっていた。
司書は、復活祭を見るつもりだとヒロオミに聞いて、ヒロオミが適当に行くつもりです、と答えたことにたいして、驚いて席を確保してくれた。なんでも、こういう祭典は長蛇の列が当たり前で、大聖堂に入りきらない人が集まることも多々あることらしい。
「特に今年はレジェ司教が祭礼をされるということで、人が少し多いです。」
「え。」
レジェがやると人が余計に集まる?ヒロオミはびっくりして司書の顔を見る。
「ご存知の通り、眉目秀麗な方ですし祭礼がかなり映えるということもあるんですけれど」
「あ、あぁ」
「そうではなくても、何かと話題の多い方なので。なかなか表に出てこない方なので、こうしてたまに出てこられると、他の神官も見に来るんですね。」
「そ、それは知らなかったな」
なんじゃいそりゃ、珍しい動物か何かか、とヒロオミは内心で呟いて、相槌を打つ。
「そんなに話題が多いのですか?」
「ええ。ご存知ない…ですよね。」
司書はヒロオミの顔を見て、苦笑する。
「例えば、あのお若さで司教をされているということで、おわかりいただけますか?」
「い、いえ。さっぱり…。不勉強ですみません。」
「そうですか、普通はレジェ司教くらいの年の方ですと、ようやく司祭になりはじめるくらいですね。」
「ふ、ふむ…。」
「クレール卿のご子息ということで既にかなり注目を受けていたと思いますが、レジェ司教は神学校始まって以来の秀才というお話です。」
「えええ」
「…近くにいると、案外とわからないものなのかもしれませんね。」
司書がにっこりと笑う。
秀才?レジェが?確かに聡いとは思うが、普段の生活から全く何も見えてこなかったのは、もしかして俺がすごい鈍かったのか?とヒロオミは腕を組んで考える。
「ううむ、しかし、村では普通に神官として生活していましたが…」
「そうそう。6年ほど前に、大司教に推薦された時もとても話題になりました。」
「大司教ってすごいですか?」
「クレール卿は2年ほど前まで大司教でいらっしゃいました。」
「むむ…それは、すごい。」
軍隊で言うなら、自分の年で中将になっちゃうくらいか?いやいや大将かも?例えて考えてみるが、ちょっと実感が湧かない。
「ところが、突然、よりによって辺境の村への赴任を希望されて、これもまた話題になりました。」
「そ、そうでしょうな…。」
「クレール卿も随分と反対されたようですが、結局、レジェ司教は大司教にならずに赴任されてしまいまして。こうして、2年に1回、祭典に出られるほかは、全く表に出てこなくなってしまわれたんです。」
「う、う〜む…。」
「もしかして大司教になられていたら、今のガーディアンはレジェ司教だったかもしれませんね。と、これは大きな声ではあまりいえないことなのですが。」
「国王…。」
「そうです、現王は、若くして正規軍を指揮していたルーカス王なのですが、王かレジェ司教か、などと教会では結構色めきたっていました。結局のところ、レジェ司教が降りられたということになるのでしょうか。」
司書はここまで話して、あっと声をあげた。
「そろそろ始まると思います。」
ヒロオミはつられるように前を見る。

大聖堂の高い高い天井から、いくつもの白い絹が垂れて、舞台上でゆらゆらと舞っている。舞台は思いの他小さくて、両側には紫色のケープを纏った老人が並んでいる。もちろん、クレール枢機卿も、神妙な顔つきで並んでいる。1人だけ、赤いケープを纏い、他の老人に比べて明らかに若い顔が居た。レジェの話だと、あれはガーディアン、「ルーカス王」なのだろうか。軍人らしい厳しい顔つきの壮年の男で、赤いケープがあまり似合わない。
揺らめいている布地の間から、人が現れた。レジェだ。
レジェは、真っ白で手足まですっかり隠れてしまうような長いローブを身に纏っている。肩には緑色のあのケープを纏い、髪はいつもと違って束ねられていないようだ。
大聖堂に木霊するほどだった雑多な声が、しんと消えた。誰もが舞台に注目している。レジェは前に進んで膝を折り、布を全て掴むんで両手を広げ、じっとする。その緊張に溢れる様子を見ているだけで、ヒロオミは自分も緊張を感じる。手の中に汗がにじむ感触すらしてくる。
「大聖典、2章、復活の祈り。」
枢機卿の中でも一番高齢だと思われる人物が、朗々と宣言をした。

大聖堂に、音楽が響き始める。
レジェが動いた瞬間、光が舞ったかのように思えた。
薄い布地はレジェの動きに応じるかのように空中を自在に舞い、ステンドグラスから落ちる光を散らせ、あるいは大地へと降らせている。
ヒロオミは頭の中が真っ白になっていくのを感じる。
舞台の上では、レジェが激しく、しかし優雅に舞っている。時折髪が空を泳いで、布が全てレジェに集まり、あるいは広がり、そう、それはまるで、

…まるで、天使みたいだ。

ヒロオミは思った。
天使などというものを見たことはないが、もしも天使がいるとするなら、きっとこうなのだ。光を操り、身に纏い、そして人に夢のような光景を見せる。教会で最初にレジェを見た時にも思ったな、ぼんやりと考える。もしかしたら、本当にレジェは天使なのかもしれない。
音楽がだんだんと上り詰めていく。両側に控えていた枢機卿がゆっくりと立ち上がり、祈りの姿勢をとる。大聖堂に歓喜が満たされる。誰もが言葉を忘れ、全ての感情が浄化され、何もかもが白くなった瞬間に、レジェの動きが止まった。

音楽が余韻を残して空気に溶けていく。
布が空気を孕んで、舞いながら落ちていく。

ヒロオミは、心地よく体中の力が抜けるのを感じた。


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