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作品名:終焉の先 作者:TAK

第24回   03-6 神話
予定では、レジェと会わない5日間、街中を適当にうろついて刀の修練ができる場所を捜そうと考えていた。しかしセルビナの宿での一件から、ヒロオミは予定を変更している。
クレール卿にお願いをして、教会内の学生のための図書室への紹介状をしたためていただいた。少し、神について知識を得ようと思ったのである。文字を読むのは得意ではないので、正直5日間で何がわかるのかと思わないでもないが、それでも全く何もしないよりはいいだろう。
図書室の入口で雑用をしている司書に声をかけた。司書は最初、ヒロオミに驚いていたが、クレール卿の招待状を手渡し、素直に自分の勉強不足なことと、神について知りたいという目的を告げると、心よくいくつかの本を探し出してきて、ヒロオミを通してくれた。

今、ヒロオミは室内のテーブルについて、差し出してくれた本をじっと読んでいる。ところどころ、少し読めない文節があるが、我慢強く読みつづけていると、だんだんとイメージが頭の中に湧いてくる。ヒロオミは、想像を膨らませながら1日中、文字を追い続けていた。


今からだいたい900年以上も前のこと。
世界中に、「秩序の沈黙」と呼ばれる大災害が発生した。一説には空から災厄を持つものが降り注いだと言われているが原因ははっきりしていない。しかし、その大災害は、それまで人が築き上げてきた叡智も、成果も、全てを飲み込み、無に帰してしまった。
人々はもはや地上の支配者ではなく、地上に僅かに残った「残党」でしかなかった。細々と営みを続けながら、大災害の爪痕を嘆き、苦しみぬき、遠くない滅びを待ち続けるだけの時を過ごしていたが、ある日、突如として、後に言う「神の一族」が地上に降臨したのである。

彼らは、失われたはずの大いなる叡智を、あるいはそれ以上の力を持ち合わせていた。

彼らが現れた最初の日、エザリムがその力を振るった。
人間にとって、最早恐怖でしかなかったその広く荒れ果てた大地は、瞬く間に安住の地となった。彼女が操る風は大地の上の全ての悪しき物を追い払い、人は地上を再び歩くことができるようになったのである。

次の日、ミーゼリアが現れた。
ミーゼリアは安住の地を見渡して、エザリムに声をかけた。「これではただ、寂しいばかりですね。」エザリムが同意をすると、ミーゼリアはにっこりと笑って、大地に光を降らせ、全ての生命にその命を謳歌する力を与えた。人は安住の地に、瞬く間に草原が広がり、あるいは木々が育ち、鳥が歌い、馬が力強く走るようになる様を、喜びを持って見た。

さらに次の日、フィランゼが現れた。
フィランゼは、生命を謳歌する生物が世界に溢れているのを見渡した。そしてエザリムとミーゼリアに言った。「これでは、いつかは生きることに疲れてしまう。」エザリムもミーゼリアも同意をした。そこでフィランゼは、光を遮り、闇を生み出した。おかげで、全ての生命が休息を楽しむことができるようになった。人もまた、次の光までのつかの間の安寧を得られるようになった。そしてさらに、全ての生命に対して、その命を誇る時間を限りあるものとした。こうして、未来永劫、ただ生き続けなくてはいけない罪から生命は免罪されることになり、人は「次への命」を紡ぐことを覚えた。

そして、翌日にはダルセが現れた。
安住の地に命は根付き、彼らを守るために光と闇が交互に満ちるのを見渡しながら、ダルセは少し首を捻った。「だが、まだ彼らはただ生きているだけだ。」エザリムもミーゼリアも、フィランゼも同意した。そこでダルセは、道具を作り上げる叡智を人に与えることにした。人間は叡智を得て、様々な道具を作り始めた。時には争いも起こるようになったが、それでも人々は生きることに目的を見つけ、あるいは目的を探すことを知った。

最後の日。ゼアノートが現れた。
既に世界は完成している。生きることに意味を見つけた命が安住の地に広がり、彼らは光と闇の恩恵を受けている。先の神々は、その様子を満足そうに見ている。しかし、ゼアノートは神々に言った。「あと1つ、足りないものがありますよ?」神々は口々に、それは何か?とゼアノートに尋ねた。ゼアノートは、大地に水を与え、そして人々に文字と言葉を与えた。水は、高いところから低いところへ、命に必要なものを運び続け、最後にまた空を得て高いところへと返っていった。人々は言葉と文字を覚え、次の世代へと自らの生で得た者を伝えることができるようになった。「こうして、次へと続いていくのです。」他の神は感心して、ゼアノートを賞賛した。

こうやって世界は再び動き始め、人の営みも途絶えることなく続けられるようになったのである。神々は人間から大いなる賞賛を受けていたが、自らの仕事が終わると再びその姿を隠してしまった。


「その本、結構面白いですよね。」
「あぁ、どうも」
司書が手にいくつかの本を抱えながら、ヒロオミに声をかける。
「これも、読みやすいと思ったので。よかったらどうぞ。」
「ありがとうございます。」


5日間と書かれているが、恐らくは解りやすくするための表現なのだろう。
実際には神は各地で色々なことをしたという伝承が残っていて、それらがまとめられた本も手元にある。ぱらぱらと流しながら読んでみると、神々は各地で「奇跡」と呼ばれる技を披露し、あるいは広めて周ったようだった。それらは信じがたいものから、信じられるものまで多々あるようだ。目に付いたものを読みながら、ヒロオミは学生が図書館に現れる夕方前までには司書が薦めてくれた本に一通り目を通した。
「ふむ…」
目が疲れてきたので、そろそろ撤退するか。ヒロオミはつぶやいて、本を閉じようとした。
ふと、文章の一節が目に入ってきた。

── エザリムは世界を周って彼女が唯一求めていた…を探しつづけた。しかし、何もかもが揃った世界の中に、とうとう…だけは見つけだすことができなかった。彼女は、深く絶望した。その心は風に乗って拡がり、人々の心に「悲しみ」として根付くことになった。

読めない単語がある。本を返却するついでに、と思い、ヒロオミはページに指を挟んで他の本と一緒に入口に歩いていった。
「ありがとうございます」
「ああ、お疲れ様でした。」
「それで、すみません、ひとつだけ、教えていただきたいのですが」
「なんでしょうか?」
ヒロオミは本をカウンターに丁寧に置いて、指を挟んでいたページを開いた。
「この、これなんですが、なんて読むのでしょうか。」
「ん〜…ちょっと見せてください。」
司書は手元の眼鏡を取り上げて、ヒロオミの指し示した部分をじっと読んだ。
「あぁ。これは、「ハル」と読むのです。」
「春?」
「いいえ、季節ではありません。それに、意味はわからないのですが、私たちはこれを、「大切な何か」と捉えています。」
「大切な何か?」
「そうですね。何なのかは、神のみぞ知る、ということです。」
司書がにこりと笑う。ヒロオミは本を閉じて手渡し、丁寧に礼を述べて図書室を後にした。

ハル。なんだろう、それは。
後でレジェに聞いてみるかな、ヒロオミは首を捻って音を立てながら部屋へと戻った。


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