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作品名:終焉の先 作者:TAK

第2回   01-2 生き残りの兵士
顔には随分と細かい擦り傷がある。
髪は黒く、強い意志を示すかのような眉、すらっと伸びた鼻、全体的に見ると精悍な顔立ち。目は閉じたままなので、瞳の色はわからない。無精髭が頬と口元に伸びている。
その青年を見つけたのは4日も前のことになる。

ティアガラードとヤマの国境にある平原で大規模な戦争が行われた日の翌日のこと。数十年ぶりの国家間戦争ということで、国境堺の村は緊張と不安に包まれていたのだが、様子を観に行った村人が、どういうわけだか両軍共に撤退してしまって平原は死体が転がっているだけだと、村の小さな教会の神官であるレジェにも教えてくれた。
なぜ戦争が終わったのか理由などさっぱりとわかるわけがないのだが、ともあれ死体が放置されているのなら、弔いをするべきだ、とレジェは考えた。もちろん、死体を放置しておけば悪い病が流行る恐れがあるという現実的な理由もあるのだが、ともかく、村の男手を何人か募って、自らも戦場へと出向いたのである。

両軍共に、ある程度の死傷者の引き上げは行ったようで、平原は予想していたよりも遥かに片付いてはいたのだが、やはり戦争が行われた中心から離れれば離れるほど、死体はぽつぽつと放置されている。どの死体も酷い怪我をしていて、戦争の酷さを無言で語っているが、幸いと冬の終わりがけという季節もあって、どれもまだ異臭を放つほどではない。レジェたちが平原に到着した頃には、既に近隣の村からも、同じような理由で弔いに現れた人たちが集まりつつあって、誰もが無言ながら、何時の間にか分担をするような形で埋葬を行っている。レジェたちもまた、その中に参加して、無言で作業を始める。

寒風の中、ようやく太陽が頂点に昇り、少し背中が温かくなりかけた頃。
黙々と硬い表情で作業をしていた村人が、短く「あっ」とだけ声を出した。
「どうしましたか?」
「神官様、この人、息があるようだ。」
レジェは、慌てて駆け寄る。折り重なる死体の中に、他の死体と同じように酷く怪我をして倒れているいる青年。脈を取ると、確かに微かながらも生きている証が得られる。
「本当ですね。連れ帰って手当てをしましょう。」
なんて運のいい青年なのだろう。死体ばかり見ていて気分が滅入っていた村人たちが、少しだけ安堵の息を漏らす。レジェは、道具を詰めて引いてきた荷馬車に青年を運ぶように村人たちを指示して、数人の村人と共に先に戻ることにした。
青年は教会へと運ばれ、村に唯一いる医者によって手当てを受けた。
肩に酷い怪我を負っていて、随分と血を失っている。
助かるかどうかはわからないが…。医者の暗い表情を見ながら、それでも祈らずには居られなかった。折角助け出された命なのだから、このままどうか失って欲しくない。


青年は、レジェの看病のおかげで一命は取り留めた。しかし、依然として意識は戻らないし、何より熱が下がらない。医者が言うには、怪我を治すために体が頑張っているためなので、ある程度はしょうがないのだということだったが、同時に、意識が戻らないと栄養が取れないので、また命が危なくなる、とも言っていた。レジェは、看病を続けながら、神に祈る思いでいた。
肩も、手は尽くしたものの、未だに少し出血が続いている。痛み止めと化膿止め、そして出血止めの薬草を混ぜたものを塗りつけ、こまめに清潔な布に取り替えているが、次に取り替えるまでに、布には血が染みてしまっている。
レジェは、日常の仕事をしながら、時間を見つけては青年にかかりきりになっていた。手当をして、青年の冷たい手を自分の手で包み、温めながら声をかける。
せめて名前がわかればと思いながら。
「兵隊さん、頑張ってください。きっと助かります…。」
村の人たちも、レジェの話を聞いて心配したのか、それぞれの家で伝わる自家製の色々な薬を持ち寄ってくれる。それらをお礼を言って受け取り、場合によっては作り方を聞いて、ヒロオミに与えていく。飲み薬であれば、口移しにしても飲ませる。

それでも、目が覚めないままで、1週間が過ぎた。

1日の仕事が終わった後、レジェはそっと青年を寝かせてある部屋を訪れた。やつれた表情のまま、静かに眠りについている青年の横に椅子を引き寄せて置き、座る。一昨日辺りから、青年は痛みで表情を変えることすらなくなっている。
青年の手を取る。指先が冷たい。手の甲にはやはりいくつもの傷の跡がある。大きくて、指もごつごつとして太い、厚い手。青年はきっとこの手に剣をしっかりと掴んで、きっと色々な戦いを経験したのだろうと、ぼんやり思う。
気疲れと体の疲れを感じる。青年の指先を温めながら、独り言をつぶやく。
「兵隊さん、私はあなたが誰かもわからないけれど…でも、きっと、あなたにも自分の住んでいた場所には、大切な人が待っていると思うのです。私はまだ、大切な人を失ったことはないのですが…それでも、今まで、何人も、大切な人と別れていかなくてはいけない人たちを、沢山見る機会がありました。…そんな時、誰もが泣かずにはいられなくて、誰もが悲しさを隠すこともできなくて…そんな風に、別れを告げていました。兵隊さんが死んでしまったら、あなたの大事な人たちは…悲しむでしょうし、もしかしたら、知ることもできないんですよ?」
少し明るさを絞ってあるランタンが、僅かな空気の揺れに合わせて、揺らめく。青年は、静かに眠り続けている。
「きっと、助かって、帰ってあげてください。私も頑張りますから…兵隊さんも…」
レジェの声が途絶えた。レジェの目は閉じている。意識しないうちに、うとうとと眠りについてしまったようである。
それでも、レジェは指先を手にとったままだった。


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